第二十一話 次の段階へ
繭は全て糸となり、製糸作業は一段落した。
「みんな、ご苦労だった」
アキラはメンバーを労った。
「やりましたね……!」
文字どおり、山のように糸が積み上がっていた。
着物ならおおよそ4枚分。
それを頑張って3日で終わらせたのである。
4日から5日掛かると思っていたアキラは、メンバーの頑張りように驚き、またその身体を心配した。
「明日は1日休みにする。そのあとは染めや織りだから、十分身体を休めておいてくれ」
「わかりました!」
「ありがとうございます!」
* * *
そして、もう一つの結果が出ていた。
染料の耐光性実験である。
「……やっぱり、クサギの青は色褪せしやすいか……」
南向きの窓にさらしておいた青い布は色褪せ、茶褐色のような灰色のような、くすんだ色になってしまっていた。
「残念ですね」
「あ……!」
クサギの青は失敗か、と肩を落としていると、リーゼロッテが声を上げた。
「ねえ、夜会服専用ならいいんじゃないかしら?」
「え?」
「ほら、日光にさらした絹って黄ばむじゃない?」
「ああ、そうだな」
一緒にさらしていた染めてない布もうっすら黄ばんでいた。
「絹だってこれだけの期間日光に当てていたら黄ばむんだから、少々の色褪せは仕方ないと思うのよ」
「なるほど」
そこで夜会服、とリーゼロッテは言った。
「最初はどのみち最高級品しか作れないでしょうしね。なら、表で着る服ではなく、室内専用にしてしまえばいいのよ」
長持ちしないはかなさを売りにしてもいい、とリーゼロッテは言い添えた。
「なるほど、その発想はなかったよ」
貴族令嬢であるリーゼロッテならではの発想だと言えよう。
確かに、絹のドレスを普段使いするわけにはいかないだろう。
まだまだ稀少すぎる素材なのだから。
「青い染料を開発する時間的余裕はまだまだある、か」
「そういうことよね。まずは作ってみましょうよ」
「わかった」
ということでアカネの赤、マリーゴールドの黄、クサギの青、ムラサキの紫、ヤシャブシの茶と黒がラインナップされた。
緑については、クサギの葉が意外といい結果を出してくれている。
「試してみたら実の青よりずっと堅牢なのよね」
「意外だったな」
これで青と黄色を混ぜなくても緑色を染めることができるようになったのである。
* * *
「ああ、ほっとしたよ」
一番面倒な工程を伝授し終えたアキラは『離れ』で寛いでいた。
「お疲れ様です、アキラさん」
ミチアが桑の葉茶を淹れてくれる。
「ありがとう。……ミチアも色々頑張ってくれて、ご苦労様」
「いいえ、お役に立てたなら嬉しいです」
「あとは機織りだけど、こっちは羊毛や麻でもやっているからな」
絹用の機織り機を見せるくらいだろうと思っている。
「で、少し横道に逸れて染め、だな」
とはいえ絹も羊毛もタンパク質なので、共通する注意事項は多い。
強アルカリで洗わないこと、だ。
「あ、絹用の洗剤を開発しないといけないかな?」
草木灰を水に溶かした灰汁はかなりアルカリ性が強いので、麻ならいいが羊毛やシルクにはあまり向かないのである。
「中性洗剤ってどうやったら作れるんだろうな……」
『携通』の資料では『合成界面活性剤』とだけ書いてあって、その製法までは載っていなかった。
「当面は弱アルカリ性の石鹸で行くしかなさそうだな」
絹製品の洗い方についてはきちんとまとめておかなければな、と気が付いたアキラ。
「とはいえ、俺も知識として知っているだけで、実際には……」
そこでミチアが、
「あ、洗い方ですか?」
と、話に乗ってくれた。
「うん。絹は弱いから、汚れを落とすならせいぜいぬるま湯で、擦るにしても軟らかいものでないとな」
「そういうことですか。……そうですね、洗い方は私が考えてみます」
「頼めるかな?」
「はい、お任せください」
洗い物の経験でいったら、圧倒的にミチアの方が上である。また、『携通』の書写をしたおかげで、知識もかなり持っている。
ここは任せるのが得策だろうとアキラは判断した。
「そうすると……」
アキラは織物について決めておこうと思い、ソファに寝転がってああでもないこうでもないと考えているうちに睡魔に負け、寝息を立て始めた。
「あら」
資料整理をしていたミチアは、いつの間にか眠ってしまったアキラを見て、ふふっと小さく笑った。
「毎日大変でしたからね」
王都からの技術者を指導し、説明するだけでなく技術的な資料を手書きで作成したり、ゴドノフ・イワノフらの作業も確認したりと、気疲れするような毎日が続いていたことをミチアは知っていた。
そしてアキラ自身も時間さえあれば製糸を手伝っていたことを。
「お疲れですね、アキラさん……」
もう秋も深まってきて、朝夕はかなり冷え込むようになった。
時刻は午後3時頃。短い秋の日はもう傾き始めている。
『エアコン』があるので『離れ』の中はほどよい暖かさで、ついうたた寝をしたくなるのだ。
しかし、さすがにそのまま風邪を引いてしまうかもしれないと、ミチアは毛布を持ってきて、そっとアキラに掛けた。
そこへやって来たのはリーゼロッテとミューリ。
「アキラ……あら、寝てるの?」
「毎日頑張ってらしたから、疲れが出たんですね」
と、ミチア、リーゼロッテ、ミューリは『離れ』の端に移動し、小声で話を始めた。
「染めの話をしようと思ったんだけど……気持ちよさそうに寝てるわね」
「アキラさんにしては珍しいですよね」
そしてそのままお茶会に。
「ミチア、アキラとの仲は進展しているの?」
「え、あ、は?」
リーゼロッテからいきなり発せられたストレートな質問に慌てるミチア。
「ああ、その調子じゃ全然ね……」
「あ、あぅ……」
「ちゃんと捕まえておかないと駄目よ。今やアキラは王国の重要人物なんだからうかうかしていると貴族の令嬢とかに横からさらわれちゃうから」
「え、ええと……」
(……どうすりゃいいんだ、これ)
途中で目を覚ましたアキラであったが、話が話だけに寝たふりを続けざるを得なかったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月6日(土)10:00の予定です。
20190629 修正
(誤)一緒にさらしていた染めてないもうっすら黄ばんでいた。
(正)一緒にさらしていた染めてない布もうっすら黄ばんでいた。
(誤)確かに、絹のドレスを普段使いするわけにはないかないだろう。
(正)確かに、絹のドレスを普段使いするわけにはいかないだろう。