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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第二十話 製糸開始

 『晩秋蚕ばんしゅうご』たちは全て繭になり、感謝されつつ『殺蛹さつよう』された。

「では、いよいよ糸を取る」 

 アキラが宣言する。

 食糧問題改善プロジェクトは一時停止だ。

 なにしろ、アキラの主目的は『養蚕』なのだから。

 ガーリア王国からもそう認められているし、フィルマン前侯爵からもそう認識されている。優先順位をたがえてはいけないのだ。


 繭の数は1万を超えた。

 着物1枚(1着)に必要な繭の数は2500から2800個と言われている。

 なのでうまくやれば着物なら4枚作れる。

 ドレス類も同じくらいと仮定すれば4着分となる。


 まずは糸繰りだ。

 王都から派遣された技術者たちは皆、羊毛での糸繰りは知っていたようだ。


 羊毛は太いので、1着あたりに使う糸の長さは絹に比べたら圧倒的に短い。

 つまり、純粋な手作業でもどうにかなる。

 『コマ』と呼ばれる、回転する重りを持つ道具の軸に羊毛の端を引っ掛けてコマを回せば、糸にりが掛かる。

 次々に羊毛を足していけば長い毛糸が紡がれるわけである。


 絹の場合は1本あたりが細いので、そのような手作業では間に合わない。


*   *   *


 アキラは王都からの技術者たちに、製糸工程を説明していった。

 今のところ、繭を糸にするには3工程掛けることにしたアキラたちである。

 すなわち糸繰り(繰糸そうし)、揚げ返し、り糸(撚糸ねんし)。


 糸繰りは繭から糸を引き出す工程。

 揚げ返しはその糸を巻き直す工程。

 り糸は糸にりを掛ける工程である。


 機械化されているなら1連の工程で済むが、まだまだ手作業に頼らねばならない今は無理だ。

「何か質問は?」

 すると紡績担当の技術者、ジャンヌ・ド・プレの手が挙がった。

「どうしてその『揚げ返し』が必要なんですか?」

 アキラは答える。

「ああ、それは、糸を引き出すときに繭を煮るだろう? そうやって引き出された糸は3割くらい引き延ばされているんで、そのままだと強度が低くなってしまうんだ」

 そこで一旦張力を落として改めてりを掛けて糸にする、とアキラは説明した。


「そこで、これを使う」

 ハルトヴィヒに作っておいてもらった『糸繰り機』をアキラは見せた。

「おお! これは面白いですね」


 日本昔話などでよく見られる糸車とは随分違う。

 あれは麻や綿を紡ぐ時に使うようにできている。


 こちらは、『小枠こわく』と呼ばれる、15センチ角くらいの組み立て式糸巻き(糸枠)に巻き取っていくのだ。

 この時、お湯から出てきた糸はまだ湿っているので放置すると糸に付着したセリシンのため、くっついてしまうおそれがある。

「そういった意味でも『揚げ返し』は必要なんだ」

「はああ、大変ですねえ」

 ジャンヌが感心したような声を漏らす。アキラは笑って、

「そうした手間を掛けるだけの価値はあると思う」

 と言った。

「確かにそうですね」

 技術者たちは、王都で見た絹の素晴らしさを思い出し、同意したのである。


「撚りを掛けながら『大枠おおわく』に巻き取り、糸を外せば、生糸の完成だ。この状態の糸を(かせ)という」

 このあと染めてもいいし、織ってもいい。また、用途によってはさらに何本か撚り合わせて太い糸にしていってもいい。


「だいたいこんなものかな」

 質問はもう出なかった。

「最後に、こうして糸を取ってしまうと蚕のサナギが残る。このサナギも肥料や魚の餌に使えるんだ」

 アキラは説明した。

「人間の都合で育て、糸だけ取って殺してしまうんだから、お蚕さんたちに感謝して作業をしてもらいたい」

 これは譲れない想いだ、とまで言い切るアキラであった。


「わかっておりますよ、アキラ様」

「生き物を大事にする、それは取りも直さずこの大地を、世界を大事にするということですからね」

 そして王都から来た技術者たちは、皆アキラの考えに賛同してくれたのである。

 いや、そういうメンバーが選ばれたのかもしれない。


*   *   *


 総掛かりで生糸の生産を行っていく。

 アキラの配下が25名。王都からの技術者が6名。

 1万個の繭とはいえ、31人がかりなら1人あたり300個と少し。

 1回に5個の繭から糸を取り出すとすれば約60回。

 1回が30分掛かるとして30時間。

 実際には、慣れてくれば25分くらいで終えられるが、それでも4日は掛かる作業であった。


*   *   *


 その間、アキラはフィルマン前侯爵に提言をしていた。

「いっぺんにいろいろなことに手を付けてしまうと収拾が付かなくなることは承知の上です」

 と前置きをし、クルミの木の植栽とリリウム、ヒマワリ、豆類の栽培を進めてほしいと言ったのである。

「ふむ、救荒作物となり、普段は産業となりうるわけか」

「はい。クルミの木は1年や2年で育つものではないので、早めに手を打っておく必要があると思いまして」

「確かにそうだ。桑畑の周りに植えるというのもよさそうだな」

「そうですね。境界がはっきりします」

「わかった。来年用にヒマワリの種とリリウムの球根も取り寄せよう。それに春蒔きの豆類も推奨しておく」

「さっそくありがとうございます」

 提言をれてくれた前侯爵に、アキラは頭を下げた。


「ところで、アキラ殿」

 前侯爵は話題を変える。

「最終的に桑畑はどのくらいの面積が必要になりそうかな? もちろん、我が領内で、の話だが」

「少々お待ちください」

 アキラは『携通』のデータを確認する。

 そして、

「反物、と呼びますが、おおよそで服1着分の布を作るのに桑の葉100キロ。そして桑畑1アール、つまり100平方メートルからはおよそ200キロの桑の葉が採れます」

「なるほど、1アール(10メートル四方)で2着作れると考えていいのだな」

「かなり大雑把に、ですが」

 服のデザインによっては使う布の量も違うので、本当にざっくりとした計算になる。

「セヴランから受けた報告だと、桑畑に利用できそうな山の斜面は50アールから60アールだという」

「それを前提に蚕の数を決めなければなりませんね」

 そもそもそれだけの桑の葉が採れるようになるにはまだ4、5年は掛かりそうである。

「いずれにしても、長期間の目を持たねばな」

 フィルマン前侯爵はそう言って笑ったのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は6月29日(土)10:00の予定です。


 20210430 修正

(誤)アキラの配下が25名。王都からの技術者が8名。

(正)アキラの配下が25名。王都からの技術者が6名。

(誤)1万個の繭とはいえ、33人がかりなら1人あたり300個と少し。

(正)1万個の繭とはいえ、31人がかりなら1人あたり300個と少し。

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