第十七話 食糧事情の改善案
アキラは、フィルマン前侯爵に言われたことを考えていた。
中でも、技術者である自分が何とかできそうなものはと……。
「アキラさん、元気を出してください。私、なんでもお手伝いしますから」
ミチアが、アキラを元気づけるように言った。考え込んでいるアキラが、落ち込んでいるように見えたのだ。
「……うん、ありがとう。技術屋として何ができるのか、ちょっと1人で考えてみるよ」
『離れ』の戸を開けながらアキラが言った。
「はい。……では私は、お洗濯を済ませてしまいますね」
アキラは『離れ』で資料研究、ミチアは洗い場へ洗濯をしに向かった。
* * *
「食糧事情の改善か……」
まずはこれだろうと、アキラはテーマを絞ることにした。
「主な穀物は小麦と大麦だな……」
この場合、気になるのは連作障害であった。
同じ畑で同じ作物を作り続けて(連作して)いると、主として土壌に関係する理由により、次第に生育不良となっていく現象が連作障害である。
原因は幾つかあるらしい。アキラは、『携通』から書き写した資料を眺めながら唸っていた。
「うーん……」
その原因らしき項目の全てを取り除くことはできない。
「まずは肥料分の補充か」
特定の作物であるから、特定の養分を必要とする。それをくり返すことで、その養分だけが不足するわけだ。
「これは……肥料を与えるのがいいかも」
肥料の三要素と言われているのは窒素、リン酸、カリウムである。
窒素は植物体を作るので葉肥とも呼ばれる。
リン酸は主に開花結実に影響するので花肥もしくは実肥と呼ばれる。
カリウムは根の発育と細胞内の浸透圧調節に必須であるため、根肥と呼ばれる。
「窒素肥料は腐葉土、リン酸は骨粉、カリウムは草木灰、か……」
腐葉土は山から、骨粉は猟師から、草木灰は木くずを燃やせば手に入りそうだ。とアキラは思ったが、
「継続的にはかなり大量に必要になるな……入手経路も考えないといけないか……なら『輪作』はどうだろう?」
もう一つの手は『輪作』である。
「ええと、1730年代のイギリスで行われたノーフォーク輪作、か」
資料をめくるアキラ。
「カブ→オオムギ→クローバー→コムギ……か。カブってあったっけ?」
オオムギ、コムギ、クローバーはあることがわかっているが、カブは……?
それ以前に、農家の面々が、アキラの言うことを聞いてくれるかどうか……。
「輪作については保留にしよう。……ええと、連作障害の問題として、次に考えられるのは病害か」
全滅するほど酷い病害でなくとも、作物を弱らせることがある。
「うーん、魔法で工夫する方向かな」
幸い、この世界には魔法がある。薬剤に頼らなくていいのは、環境に対して優しいのではないかとアキラは思っていた。
「それに……線虫か……」
特定の土壌害虫が、餌となる植物(この場合は特定作物)があるために定着してしまうのだが、特に根菜(ダイコンや芋類など、地中にできる作物)類に害を及ぼし、病害の原因になったりする。
「マリーゴールドを植えるといいのか」
コンパニオン・プランツ、または共栄作物、共存作物ともいい、特定の植物同士を一緒に植えると、互いにいい影響を及ぼし合うものである。
マリーゴールドとトマト、ジャガイモや、スイカ、キュウリ、メロンとネギ類など、いろいろな組み合わせがある。
「マリーゴールドは、確か染料にも使えたよな」
これは使えそうである。
「よし、まずはこの辺から始めよう」
おおよその考えをまとめたアキラは、まずミチアに相談することにした。
そのミチアは、洗濯を終え、物干し台に干し終えたところだった。
「あ、アキラさん。考えはまとまりましたか?」
「うん、まとまったよ。聞いてくれるか?」
ミチアは頷き、アキラと共に『離れ』へと向かった。
* * *
アキラとしては、この世界については、自分よりもずっと詳しいミチアの意見を確認したかったのだ。
「……と、いうところなんだが、どうだろう?」
まずアキラがひととおりの説明を行い、ミチアは最後まで黙ってそれを聞いた。
「そうですね……どこから説明していきましょうか……」
ミチアも、頭の中で自分の知識とアキラから聞いたアイデアを照らし合わせていく。
「まず、『カブ』はあります」
「ある?」
「はい。でも、このあたりではあまり一般的な作物ではないですね」
「そうか……」
大量に作っても売りさばけなければ意味がない。アキラは、ノーフォーク輪作は一旦諦めることにした。
「マリーゴールドを植えるのはいいですね。終わりかけた花を集めて染料にできますし」
明るい黄色が染められるマリーゴールド。花を摘んで乾燥させておけば、いつでも使える。
「それから、骨粉も大丈夫でしょう。……フォンを取ったあとでもいいですよね?」
ミチアが言うフォンとは、骨を煮出して取った西洋風出汁である。
鶏ガラで取った出汁でラーメンのスープを作るように、牛や豚の骨を煮出して取ったフォンは、シチューやスープなどに使うのだ。
「ああ、いいと思う」
「でしたら格安で手に入りますね」
うま味を全て煮出してしまい、あとは捨てるだけなので、回収するだけで有り難がられそうだとミチアは言った。
「草木灰ですが、雑草を集めて燃やすことになるかと思いますが、その際、燃料代が馬鹿にならないかと思います」
「ああ、そうか……」
「……冬枯れの草を集めて燃やすのでしたら、よく燃えるので燃料は最小限で済むでしょうけれど」
「その手があるか。……幸い、もうすぐ冬だ。雪が来る前にできるだろう」
ミチアはさらに、
「腐葉土ですが、これも人の手間ですね」
今は秋、木の葉はそこら中に降り積もっている。
「集積所に大穴を掘って、そこに集めて堆肥を作るのもいいかもしれません」
「なるほどな」
ミチアのおかげで、農業への改善提案がまとまりそうだ、とアキラは喜んだ。
「今日いっぱいで案をまとめて、明日もう一度前侯爵に提案しよう」
「はい、お手伝い致します」
これで、食糧事情改善としての農業改革の第一歩を踏み出せそうだとアキラは喜んだ。
「そうなると、次は救荒作物だな」
これは、もう秋なので今年は無理。
ということで、検討だけ行い、早くても来春からとなるだろう。
「そっちについても相談に乗ってくれ」
アキラはミチアに頼んだ。もちろんミチアが断るはずはない。
「はい、アキラさん」
と、快く引き受けてくれたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月8日(土)10:00の予定です。
20190601 修正
(誤)うま味を全て煮出してしまい、あとは捨てるだけなので、回収するだけで有り難がれそうだとミチアは言った。
(正)うま味を全て煮出してしまい、あとは捨てるだけなので、回収するだけで有り難がられそうだとミチアは言った。