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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第十五話 物思い

 ハルトヴィヒが金属製歯車の加工機械を作ろうと躍起になっていた頃。


 養蚕組はどうかといえば、今のところ『晩秋蚕ばんしゅうご』は順調に育っていた。

 朝夕の気温が下がってきたので温度管理が必要になってきているが、それは『エアコン』で調整できていた。


「この魔法道具は素晴らしいですね」

 『その他』技術担当のオレール・バローが感心しながら言った。

「本当ですね。兄さん、私たちにも作れるかしら?」

 妹のジョセフィン・ナーバルトもエアコンをしげしげと眺めながら言う。

「そうだな、幾つかわからない構造があるから、今のままじゃ無理だな」


 そんな会話を聞いたアキラは、この2人が希望するなら、ハルトヴィヒと相談した上で、養蚕以外の技術も少し移管してもいいかもしれない、と考えていた。

 ところでオレール・バローとジョセフィン・ナーバルトの2人は、姓は違えども、兄妹なのだという。

(いろいろ家庭の事情があるんだろうな……)

 そこまで立ち入るつもりはないアキラであった。


*   *   *


 さてハルトヴィヒは、前侯爵の許可と予算が下りたので、金属製歯車の加工機を開発しているところ。

「うーん、対象は真鍮限定だろうな」

 いかにハルトヴィヒとはいえ、鉄製の歯車を作る工作機械をいきなり作ることはできそうになかった。

 だが、真鍮製の歯車でも十分なのだ。そして、鉄にはない利点もある。

 真鍮は鉄に比べれば錆びにくいのだ。

 また、切削性がよいので、機械加工に適している。

 そして、真鍮ならば炭素工具鋼で削れるのだった。


「フレームは鉄……いや鋼で作りたいしな」

 さすがのハルトヴィヒも、少々持て余しているようだった。

 そこでアキラは、王都から来た技術者を助手に使ってみたらどうだろうと持ちかけてみる。

「それは有り難いが、彼らが納得するかな?」

 ガーリア王国には、ゲルマンス帝国を毛嫌いする人々が一定数いるようなのだ。

 過去、幾度となく戦争をしていたのだから無理のないことではある。

「まず、それとなく聞いてみるよ」

 とアキラは言い。それなら、とハルトヴィヒも納得した。


*   *   *


 アキラはそこでまず、6人全員を集めて聞いてみることにした。

 ハルトヴィヒが帝国出身であることも話したが、それに関しては誰も問題視しなかったのでほっとする。

「ええとだな、ハルトヴィヒの仕事を手伝ってもいいという者はいるかな?」

「それでしたら、私たちが」

 挙手をしたのはオレール・バローとジョセフィン・ナーバルト。

 この2人には、技術を覚えてもらおうと思っていたので、自ら希望してくれたことは有り難かった。

「よし、それじゃあ頼もうか」

 アキラは2人をハルトヴィヒのところへと連れていった。


「やあ、アキラ。どうしたんだい? その2人は?」

 少し考えに行き詰まっているせいか、早口で矢継ぎ早に言葉を紡ぐハルトヴィヒ。

「ほら、この前言っていたように、ハルトヴィヒの手伝いをしてもらおうと思ったんだが、どうだろう?」

「お、それは助かるよ」

 金属製のフレームを組み立てるのは、1人ではかなり厳しい。

 そういう意味でも、手伝いがいるというのは助かる、とハルトヴィヒは言った。

「技術者だから、今悩んでいることの助けにもなるかもしれないぞ」

 そう言ってアキラは改めて2人をハルトヴィヒに紹介した。

「もう顔も名前も知っているだろうけどな」

「ああ、もちろんだ。バロー殿とナーバルト殿だろう?」

 ハルトヴィヒがそう言うと、オレール・バローは微笑みながら、

「オレール、と呼んでください、ハルトヴィヒ様。妹もジョゼ、でいいですよ」

「そうか、なら僕も様付けはやめてもらおう」

「わかりました、ハルトヴィヒさん」

 この分ならうまくやっていけそうだな、とアキラはほっと胸を撫で下ろしたのだった。


*   *   *


 ハルトヴィヒの工房を後にしたアキラは、ぶらぶらと庭を横切っていく。

 すると、王都から来た技術者の1人、シモーヌ・ラールが、『蔦屋敷』の侍女リリアと何やら話し込んでいた。

「……すると、土の中には目に見えないほど小さな生き物が何種類もいて、運悪く、たまたま悪さをする奴が傷口から身体に入ると『破傷風』という病気になる、というわけね?」

 どうやら、細菌の話をしているらしい、とアキラは見当を付けた。

 侍女リリアは気さくな上応急手当がうまい。それでこの屋敷内では看護師的な役割も務めているのだ。

 そういう意味では、技術者が興味を持つのも無理はない。

(うーん、お蚕さんの飼育期間が過ぎたら、そうした知識について講義をした方がいいかもな)

 それについては王都では何も言われてはいなかったが、少なくとも衛生観念については詳しく教えておいた方がいいだろうとアキラは判断した。

「資料はガリ版で印刷して、王都に持ち帰って広めてもらおう」

 公衆衛生が広まれば、死亡率も下がるだろうと思われた。

 特に乳幼児の死亡率を下げることは、人口を増やし国を富ませる第一歩ともいえた。


 国家間の戦争がなくなったわけではないこの世界。

 今が束の間の平和な時代だとしたら、自分がいるこの国を富ませ、強くすることは、絶対に正しいとはいえなくとも、大きく間違ってはいないだろうとアキラは思った。

(少なくとも、自分の身の安全を考えるというのは生物の本能みたいなものだしな)

 その結果、この国が他国に侵攻することになったら……。

(後悔する……だろうけどな)

 しかし、自分一人の力で国の方針を左右できるとはアキラは思ってはいない。そこまで傲岸不遜ではない。

 だが、影響は与えられるだろう。

(絹織物がガーリア王国の主要産業になったと仮定して、それを他国が欲しがらないはずはないしな)

 そうなった場合、力ずくで手に入れようとする者もいるだろう。

 地球の過去の歴史を思い起こし、アキラは溜め息をついた。


「アキラさん、どうかしましたか?」

 そのため息を聞きつけたのはミチアだった。

「なにか悩みごとですか?」

 アキラは、ミチアになら打ち明けられると思った。

 それで、『離れ』でお茶を飲みながら心配事を話してみることにしたのである。


「……と、いうことさ。気が早いというのはわかっているけどね」

 だが、ゲルマンス帝国出身のハルトヴィヒとリーゼロッテ、2人は友人だ。

「彼らと対立することだけはしたくないな」

「そうですね、仰ること、わかります」

 ミチアは、アキラが思ったとおり、悩みの内容を理解してくれた。

「気が早いかも知れませんが、有効な手を打つなら、早い方がいいですからね」

 とはいえ、ミチアにも、何をどうすればいいか、は思い付かない。

「大旦那様に相談するのがいいのではないでしょうか」

「それはそうだよな」

 政治、国の運営に絡む話であるから、フィルマン前侯爵に相談するのがいいだろうと、アキラとミチアの意見は一致したのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は5月25日(土)10:00の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] >特に乳幼児の死亡率を下げる なんか昔、中世の乳幼児の死亡率の高さは 哺乳瓶の吸口の裏側を洗わない(洗っても陰干し) 吸口の裏に雑菌繁殖しまくりで感染症で死亡 って事があったかららしいって言…
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