第十四話 歯車製作
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ハルトヴィヒは、歯車製作用の工具作りに取り掛かっていた。
「モジュールが5ということは、歯高はその倍で10ミリか。いい線かもな」
木製の歯車だと、強度的に言ってモジュールは10以上が望ましい。
このモジュール(=m)とは、歯車の有効直径であるピッチ円(=D)(単位はミリメートル)を歯数(=Z)で割ったもので、m=D/Zの関係式で表される。
ピッチ円は、歯車同士が最も効率よくかみ合った時に接している円と言い換えることもできる。
例えばアキラが昔遊んだことのある自動車模型では、m=0.5、歯数Z=30だとピッチ円D=15ミリメートルとなる。
この時、歯車の最大外径つまり歯先円直径はD1=D+2mで表され、歯底円直径はD2=Dー2mとなるわけだ。
モジュール10なら、歯高は20ミリとなり、手動程度の力であれば、十分な強度となる。
これが水車のように大きな力を伝達する歯車だとモジュールは50以上欲しくなる。
モジュールが大きければ1枚1枚の歯も大きくなり、大きな力を伝達できるが、回転の滑らかさはやや劣ることになる。
モジュールが小さいほど、回転の伝達は滑らかになるが、伝えられる回転力すなわちトルクの上限は小さくなってしまうのだ。
ハルトヴィヒは、まずは木製歯車を作る工作機械を検討していた。
「ええと、歯数Zが無限大になったものは『ラック』という、か」
参考資料はミチアが筆写し、訳した『携通』のデータである。
「そのラックを回転させて工具とし、これで円盤を一定角度回転させながら削っていけば、歯車ができるわけだな」
彼自身の知識に『携通』の情報をプラスしたおかげで、短期間に工作機械の構想ができあがった。
木製なので、切削用の刃物は鉄で作る。金属製の歯車を作る際は、また考える必要があるだろうが。
円周を等分した円盤も用意した。今回は20、30、40、50、60等分の5種類だ。
切削用の回転バイトは手回し。試作なのでこれでいい、とハルトヴィヒは考えていた。
『木製歯車加工機』が完成したのは3日後だった。
* * *
「ほほう、これがそうか」
フィルマン前侯爵は、目の前に置かれた工作機械を興味津々で見つめた。
「はい。今は木製歯車専用ですが、いずれは金属製の歯車を作れるようにしたいと思っています」
ハルトヴィヒが答える。
デモンストレーションなのでフィルマン前侯爵も立ち会っている。
アキラ、ミチア、リーゼロッテ、ミューリ。それに家宰のセヴランもいた。
「はい。これが、試作した歯車です」
一応、軟らかめの木を使って試しているのだ。前侯爵に出張ってもらって失敗しました、では済まされない。
「ふうむ、アキラ殿に説明を受けたが、これを組み合わせると、速度や力を変えられるのだな」
「はい。回転数を落とすと力が強くなり、逆に回転数を上げると力が弱くなります」
アキラが説明した。
「回転数と力には密接な関係があるのだな」
「そういうことになります」
正確には回転数とトルク、であるが、今は些細なことである。
「では、実際に歯車を作ってみましょう。今回は歯数20枚のものです」
ハルトヴィヒは、予め歯数Z=20の歯車の刃先円直径に加工した木の円盤を加工機にセットした。
20枚なのは、デモンストレーションする加工時間が短くて済むからだ。
「手動ですので、少しずつ削っていきます」
加工刃が少しだけ円盤に触れる程度の距離に調整したハルトヴィヒは、手動のハンドルを回した。
加工刃が回転し、円盤の縁が削れる。
「おお、なるほど」
「そして円盤を、円周の20分の1だけ回します」
そしてまた加工刃を回し、少し削る。
その後、円盤を円周の20分の1回し……と、これをくり返すと、縁に浅いギザギザの付いた円盤ができあがった。
「もう少し、加工刃との距離を詰めまして、加工していきます」
同じことを1周分くり返し、さらに加工刃との距離を詰めて、また1周。
「これで歯車が完成しました」
「おお、なるほど。これはいい」
できあがった木製歯車を手に取り、フィルマン前侯爵は満足げに笑った。
「最終的には真鍮で歯車を作れるようにしたいと思っています」
「うむ。それには、工作機械自体も、このような木製ではなく、金属製にしないといけないな」
「はい。丈夫さ……『剛性』と言いますが、それが必要になるでしょう」
「そうだな。予算は出そう」
「ありがとうございます」
「まあその前に、この歯車を使った機械を作って見せてくれ。それ次第で開発費を増やしてもいい」
「わかりました!」
歯車機構がどれほど有用か、ということを誰にもわかりやすい形にする、という目標ができた。
* * *
「さて、何かいい案はあるかい?」
デモンストレーションが済み、アキラの『離れ』に集まった面々に、ハルトヴィヒは尋ねた。
「そうだな。まずはデモ用の『輪列』を作ったらどうだろう?」
輪列とは、この場合歯車の組み合わせをいう。
「3段くらいに組み合わせて、片方にはハンドルを付けてさ。歯車にも放射状に色を付けて、回転していることがよくわかるようにするんだ」
「なるほど、ハンドルを回すと、それぞれの歯車がどのくらいの速度で回るか、目で確かめられるな!」
子供向けの科学技術館などによくあるアレである。
「減速比は大きめの方がわかりやすいと思う」
「じゃあ2段歯車は60枚と20枚にすれば、最終的な減速比は1対9か。十分だな」
ハンドルを9回回すと、2段目の歯車は3回転し、3段目の歯車は1回転することになるわけだ。
『互いに素』ではないのは、今回は作りやすさを優先したからである。
「それから圧搾ローラーに使えるかもな」
「あ、あるといいですね!」
アキラの提案にミューリが答えた。
圧搾ローラーは、旧型洗濯機の脱水方法のように、2つのローラーの間に絞りたいものを通す方法だ。
ローラーとローラーの隙間をだんだん狭くしたローラー列を作り、それぞれの回転を全て歯車で同期すれば、強力な圧搾機ができそうである。
これを使うことで、花びらからの色素抽出が捗る……かもしれない。
「他にも、何ができそうか考えておくよ」
デモ用の輪列と圧搾機。これだけでも大変な仕事だということはアキラにもわかる。
「そうだな、頼むよ」
ハルトヴィヒは笑った。
「ここにやって来てよかったよ。毎日が楽しくて、やりがいがある」
「それは私もね。……正直言って、帝国は息苦しくていけないわ」
リーゼロッテもそんなことを言った。
「帝国か……」
アキラは、ふと気になったことを尋ねてみる気になった。
「2人は、家族に会いたくならないのかい?」
「家族か……」
「家族ね……」
ハルトヴィヒは少し考えた後、済まなそうに口を開いた。
「アキラには悪いが、いつでも会えると思うと、それほど恋しくはならない……な。済まん」
「私も同じね。ごめんなさい」
「いや、いいんだ。……やっぱり、そんなものかなあ」
今はもう、元の世界に帰ることについて、気持ちの整理ができているアキラだったが、あらためて2人の気持ちを聞くと、そういうものかなあ、と、少し心が揺れるのを感じたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月18日(土)10:00を予定しております。
20190511 修正
(旧)
ハンドルを9回回すと、2段目の歯車は3回転し、3段目の歯車歯車は1回転することになるわけだ。
(新)
ハンドルを9回回すと、2段目の歯車は3回転し、3段目の歯車歯車は1回転することになるわけだ。
『互いに素』ではないのは、今回は作りやすさを優先したからである。
20190513 修正
(誤)ハンドルを9回回すと、2段目の歯車は3回転し、3段目の歯車歯車は1回転することになるわけだ。
(正)ハンドルを9回回すと、2段目の歯車は3回転し、3段目の歯車は1回転することになるわけだ。
なぜ気付かない・・・・・・orz