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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
104/425

第十二話 青を求めて

「青を染めたい」

 アキラはそう宣言した。

 絹織物を一大産業に押し上げるためにも、色鮮やかな染色は不可欠だと感じたからだ。

「ミチア、使えそうな植物はないかな?」

 今や秘書的な役割を務めてくれているミチア。その記憶力は抜群で、雑多なデータが収められている『携通』内の索引的なこともできるのだ。

「ツユクサの花とクサギの実、と載っていた覚えがあります」

「ミューリ、知ってるかい?」

 そして、前侯爵の侍女からこのたびアキラたちの仲間となったミューリは、この世界の植物に詳しいのだ。

 アキラは『携通』にツユクサとクサギの画像を表示させて、ミューリに尋ねた。

「ツユクサは……ああ、そこら中に生えている草ですね。私たちは『帽子花』と呼んでいます」


 この『帽子』というのは、貴族女性がファッション的に頭に被る、大きなリボン付きの帽子を思わせるからだそうだ。

 緑みがかった青色の花を咲かせるツユクサだが、その色は非常にせやすく、すぐに薄くなってしまうという。

 逆に、その性質を利用して、友禅染の下絵書きに使われるほどだ。


「クサギは……見た覚えがあります。『トリコト』って言ってます。葉っぱを揉むと臭いんですよね……」

 ミューリが言う特徴はクサギに一致するので、アキラは希望を持った。

 ちょうど今頃、染めに使える実が生る頃なのだ。


「よし、クサギ……『トリコト』の実を採集して試してみよう」

 アキラは決断した。

 ということで、ミューリを先頭に、アキラ、ミチア、リーゼロッテ、ハルトヴィヒ。

 ゴドノフ・イワノフらも、手が空いている時に手伝い、大きな籠いっぱいの実を集めることができた。


「いやあ、臭せえ木だったすねえ」

「それは、『葉っぱを傷つけるな』って注意を守らなかったからだろが」

 ぶつくさ言うゴドノフたちだが、その顔は笑っていた。

 蚕の世話ばかりしていた日常ばかりだったので、山を歩き回ったことが思わぬ気分転換になったようである。


 このことを経て、アキラは彼らの休暇を考えるようになった。

(仕事自体はきつくないが、やはり明確な休暇は、やる気を維持するためにも必要だな)

 アキラ自身、休暇などというものは取っていない。いや、ミチアもミューリも、『蔦屋敷』の使用人は誰も、明確な休日は取っていない。

 これはこの世界、この時代では当たり前のことであったが、アキラとしてはそれではいけない、と考え始めたようだ。

 だが、それが実際に行われるようになるまでは、もう少し時が必要なようである。


*   *   *


「この実を使うのね」

 リーゼロッテは、一掴みの実を取って計量し、100グラムを取り分けた。

 それを陶器製の容器で潰すと、青い汁が出る。その汁をし、水に入れて染め液にするのだが、濃度調整が難しい。

 リーゼロッテは、やや濃いかと思われる濃度から始めていった。

 染め液に小さな絹の端布はぎれひたし、濃さを見る。

 おおよそ1リットルの水に100グラムくらいでよさそうだと当たりを付けた。

 染め液を鍋に入れ、今度は絹のハンカチを漬け込んで、火に掛ける。

「ここからね」

 煮沸していいのか、それともしないほうがいいのか。

 そうした試行錯誤も含めた実験を繰り返していくリーゼロッテであった。


*   *   *


「おおー、綺麗な色だな」

 そして2日後、見事な青色に染まったハンカチがアキラたちの目の前にあった。

 その、僅かに緑みがかった青は、夏の空の色。

「これは綺麗だな!」

 ハルトヴィヒも絶賛している。


 さっそく前侯爵に見せると、

「ううむ、この色なら高級品……いや、最高級品のドレスになるだろう」

 と、太鼓判を押してくれたのである。


「まだ、解決すべき問題点があります。その1番は褪色たいしょくです」

「うむ、引き続き研究してくれ。この色のためなら、予算は気にしなくていいぞ」

「ありがとうございます」


*   *   *


 予算は気にせずともよい、と言われても、今のところ金の掛かる要素はない。

 強いて言えば『実の確保』だ。

「だいたい、この色を出すためには、絹1キロに実1キロ以上必要ね」

 かなり大量に必要になるようだった。

「よし、近隣の村に依頼を出して、実を集めてもらおう」

 と、アキラ。今が季節的には最適期である。

「いいわね。私は保存方法を検討するわ。実のままがいいのか、絞り汁にした方がいいのか、それとも乾燥させていいのか」

 リーゼロッテも染料の保存方法の検討に入った。


 同時に、褪色の実験も行う。

 染めた布を、日の当たる場所に放置するだけだ。

 比較用に、ヤシャブシで染めたもの、アカネで染めたもの、紫で染めたもの、マリーゴールドで染めたもの、それに染めていないものも一緒に日に当て、比較することにした。

 結果が出るまではまだ数ヵ月掛かると思われる。


*   *   *


 もちろん、蚕の飼育も行わなくてはならない。

 『秋蚕あきご』は順調に生育し、全て繭となった。

「この繭は全部『殺蛹さつよう』する」

 既に卵は数万個確保してあった。

 気温が下がり、日照時間が短くなった秋の卵は、やや孵化率が落ちる気がしているアキラなのだ。

 これが真実なのかは『携通』にもなかったし、アキラ自身聞いたことはないが、経験で知ったことも馬鹿にはできない。

 ましてここは異世界、どんな条件で何が変わってくるか、予断を許さないのだから。


「そして、今年最後のお蚕さんは『晩秋蚕ばんしゅうご』という。最初から最後まで、自分たちでできそうかな?」

「もちろんです!」

 春からずっと教育してきた、王都からの技術者たち6人も、すっかりここの生活に慣れたようだ。

 初めのうちは、あまりにも王都と違う生活環境に面食らったようだが、今では牧歌的な風景も、澄んだ空気と美味しい水も、そして新たな産業の先駆者になるという自負も、全てをひっくるめて謳歌しているようだ。

「よし、お蚕さん飼育の仕上げだ。頑張れよ」

「はい!」

 6人は元気よく返事をした。

 そんな彼らを見て、絹産業の未来は明るいかな、と思うアキラであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は5月4日(土)10:00の予定です。


 20190427 修正

(誤)リーゼロッテは、一つかみの実を取って計量し、100グラムを取り分けた。

(正)リーゼロッテは、一掴みの実を取って計量し、100グラムを取り分けた。

(旧)『秋蚕あきご』は順調に生育し、皆繭となった。

(新)『秋蚕あきご』は順調に生育し、全て繭となった。


 20190503 修正

(誤)染め液小さな絹の端布はぎれひたし、濃さを見る。

(正)染め液に小さな絹の端布はぎれひたし、濃さを見る。


 20210430 修正

(誤)春からずっと教育してきた、王都からの技術者たち10人も

(正)春からずっと教育してきた、王都からの技術者たち6人も

(誤)10人は元気よく返事をした。

(正)6人は元気よく返事をした。

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