表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
102/425

第十話 染めの苦労

 『秋蚕あきご』は順調に育っている。


 アキラたちは、新たな『染め色』を試そうとしていた。

 使うのは『マリーゴールド』の花。やや赤みを帯びた黄色い花を初夏から初秋の間咲かせ続けるこの花は、染めの材料として格好だった。

 アキラたちは花が咲くたびに摘み取り、乾燥させて貯蔵していた。

 それを煮出すと黄色い煮汁ができる。

 それとは別に、カメリア(ツバキ)の木を燃やした灰を水に溶かしたものの上澄みに絹を浸し、一度煮立たせる。これを『先媒染』という。

 先媒染した絹を、黄色い煮汁に漬け込み、再度煮立たせて染める。


 この方法で、鮮やかな黄色に染めることができた。

「うーん、カメリアの灰って、どんな働きをしているのかしら」

 リーゼロッテが首を傾げた。

「よくわかりませんが、昔から羊毛はこうして染めています」

 と、ミューリ。

「灰だから、『アルカリ』だということはわかるけど」

 供給と品質が安定していればいいが、この場合少々不安である。アキラたちは『産業化』を目指しているのだから。

「灰の代わりになる薬品を調べてみるわね」

「うん、頼んだ」


 さらにアキラたちは、秋ならではの『茶色』を染めてみることにした。


「この木ですよ」

 ミューリに案内されて山の緩斜面にやってきたアキラとミチアは、小さな松ぼっくりのような実がたくさん付いている木を見つけた。

「この実を集めて煮出せば、茶色の染め液が採れます」

 古くから木材に塗って腐食止めにしているとミューリは言った。

 アキラが『携通』で検索してみると、この木は『ヤシャブシ』もしくは『ハンノキ』に近い種類のようだ。

 どちらもその実を取って茶色や黒の染めに使える。実を『矢車玉やしゃだま』という。

 象牙を茶色く染める時にも使われるという。


 実は小さくて軽いので、大量に採取する。

 日当たりのいい斜面にたくさん生えているし、見間違いようのない実なので、アキラとミチアもすぐに慣れ、袋いっぱいの実を集めることができたのだった。


*   *   *


「で、これを煮詰めればいいのね」

 リーゼロッテの研究室に、大量の『矢車玉やしゃだま』を持ち込んだアキラたち。

「はい。あ、ですが、鉄の鍋は駄目です。煮汁が真っ黒になります」

「ああ、この茶色はタンニンだったか」

 ミューリの忠告に、アキラは気が付いた。


 タンニンは、多くの植物に含まれる色素で、普通は茶色である。

 茶渋もタンニンであるし、柿渋もまたタンニンである。赤ワインにも、ブドウの皮由来のタンニンが含まれる。

 食べ物・飲み物の『渋み』は、たいていはこのタンニンである。


 そこで、リーゼロッテ秘蔵の『ガラス鍋』で『矢車玉やしゃだま』を煮ることにした。

 5リットルほどの水に、大量の『矢車玉やしゃだま』を入れて火に掛ける。1時間ほど煮出したら、『矢車玉やしゃだま』を捨て、あらたな『矢車玉やしゃだま』を入れて煮る。

 3度ほどくり返すと、かなり濃い茶色の染め液ができた。

 試しに木片を漬けてみると、濃い茶色に染まる。

「いいできみたいね」

 染めの試験には1リットルを分け、残った4リットルはガラス瓶に入れて保存しておく。

 濃いタンニンのため、腐らないらしい。

 これが間違いだと知るのは数ヵ月後になる……。


*   *   *


「おお、渋い茶色だな」

 皮革を染める時にも使う染料なので、堅牢さには定評がある。

 茶色に染まった絹は、落ち着いた風合いを見せていた。

「これを黒くするにはどうしたらいいかしら?」

 リーゼロッテが首を傾げた。

「確かになあ……」


 タンニンを多く含む木でできたお膳に、鉄製の空き缶を載せておくと、いつの間にか黒い輪状に跡が付くことがある。

 これはタンニンが鉄分と反応してタンニン鉄になったためである。

 この黒は非常に堅牢である。


「……ということなんだが」

 アキラの説明に、

「ということは、鉄分を含んだ溶液で処理すれば黒くなるはずよね」

 と、リーゼロッテ。

 だが、そういう薬品がない。ここは現代日本ではないのだから。

 残念ながら『携通』には、『硫酸第一鉄』『木酢酸鉄』などと書かれているだけだった。

 だが。

「木酢酸鉄か……つまり、酢酸に鉄を溶かしたものかな?」

 と、アキラは気が付いた。

 それなら、古釘を酢に漬けておけばできそうである。

 古釘といえど鉄資源なので、捨てずにとってある。アキラは家宰のセヴランに断って、古釘をひとつかみもらってきた。


「これを酢に漬けてみよう」

 試験的に、ガラス製のビーカーに酢を入れ、そこに古釘を入れてみた。あまり変化がない。

「これを煮てみればいいのかな?」

「やってみるわ」

 すると、薄い茶色だった液が、濃い焦げ茶色になってきた。

「お、いいかも」

 ただ、元が酢なので、臭いがきつい。

 媒染剤としてはかなり薄めて使うようだ。

 試しに、『矢車玉やしゃだま』で染めた絹を漬けてみると、真っ黒に変わったではないか。

「お、これだ、これ!」

 方法としては間違っていないようなので、最適な濃度を調べていく。


「うーん、鉄媒染は、かなり薄くても大丈夫だな」

 酢の臭いが感じられないくらい……500倍に薄めても、タンニンの茶色はちゃんと黒く変わってくれたのである。

「少し苦労したけど、これで完成ね」

「ああ、大分バリエーションが増えたな」

 今のところ黄色、茶色、黒、紫という色が実用化された。

「赤、青、それに緑もほしいよな」

 青と黄色で緑が、赤と黄色で橙色が染められそうな気がしている。

「赤と青の染料を見つけるのが今後の目標だな」

 以前リーゼロッテが使った『赤花あかはな』は耐光性が非常に悪く、すぐに色褪せてしまうため実用的ではなかったのだ。


「そうね」

 リーゼロッテは頷き、

「……もしかしたらあれが使えるかも」

 とミューリは心当たりがある、と言ったのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は4月20日(土)10:00の予定です。


 20190413 修正

(誤)先焙煎した絹を、黄色い煮汁に漬け込み、再度煮立たせて染める。

(正)先媒染した絹を、黄色い煮汁に漬け込み、再度煮立たせて染める。

(誤)身は小さくて軽いので、大量に採取する。

(正)実は小さくて軽いので、大量に採取する。


 20190625 修正

(旧)

「赤と青の染料を見つけるのが今後の目標だな」

(新)

「赤と青の染料を見つけるのが今後の目標だな」

 以前リーゼロッテが使った『赤花あかはな』は耐光性が非常に悪く、すぐに色褪せてしまうため実用的ではなかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ