表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
101/425

第九話 嵐

 『秋蚕あきご』が卵からかえった頃、この地方には珍しい大風が吹き、大雨が降った。

 嵐が過ぎ去ったあとの庭は、折れた枝や木の葉で散らかっている。

 が、アキラの『離れ』や、蚕を育てている『蚕室さんしつ』に被害はないようで、アキラは胸を撫で下ろしていた。

「しかし、昨夜の嵐は台風……ってわけじゃないんだろうにな」

 アキラが来てから初めてのことである。

「台風……ああ、秋に来る熱帯低気圧のことですね?」

 ミチアが言った。


 正確には台風と熱帯低気圧は別物である。より正確には、熱帯低気圧が発達してより規模が大きくなったものが台風である。

 具体的には、熱帯低気圧の最大風速が17.2メートル毎秒以上のものが台風と呼ばれる。

 また、発生地域でも呼び名が異なり、太平洋西部ではタイフーン、カリブ海周辺ではハリケーン、インド洋や南太平洋西部ではサイクロンと呼ばれている。

 蛇足ながら、オーストラリア先住民のアボリジニはウィリー・ウィリーと呼ぶらしいが、こちらは定義がはっきりしない。


 幸いにして『蔦屋敷』に被害は出なかったが、屋敷の東にあるゴルド村で若干家が倒壊する被害が出たということである。

 ゴルド村はアキラ子飼いの配下、ゴドノフやイワノフの出身村である。

 それでアキラはポケットマネーから見舞金10万フロン(約1000万〜5000万円)を出した。


「おお、アキラ様、ありがとうございます!」

「アキラの旦那、助かります」

 ゴドノフやゴルド村村長に感謝されたアキラは、

「自然災害に遭った時は互いに助け合わないとな」

 と答えた。

 村長は何度も何度も頭を下げ、帰っていった。

 そしてゴドノフ、イワノフ、他10名のゴルド村出身者は皆、アキラに感謝したのだった。 


 その感謝は行きすぎているんじゃないかと思うほどで、アキラは少々辟易へきえきしてしまった。

 それで、

「これは、また人手を寄越してほしいという腹づもりがあったんだがな……」

 とミチアにこぼすと、

「ふふ、アキラさんは正直ですね」

 と言われた。

「普通、そう思っていても口には出しませんよ」

 それに対してアキラが、

「うん。俺も、ミチアにしか言わないよ」

 と返すと、

「……もう。アキラさんのそういうところ、ずるいです」

 と言われてしまった。アキラは慌てて、

「え、ええと、うちの方に被害はないんだよな?」

 と言うが、

「……話そらしましたね」

 と、かえってジト目で見られる羽目に。とはいえ、

「大きな被害はなかったようですが、桑の苗を植えた山の斜面が一部崩れたとか」

 と答えてくれた。まだ苗なので、根張りが十分ではなかったようである。

「そうか、一度見に行かないとな」

 この前作ったゴム長靴の出番だな、とアキラは言った。


*   *   *


「おお、快適だな」

 布で作った靴にグッタペルカを塗り込んで仕上げたゴム長靴は、革製の長靴ちょうかよりは柔軟で歩きやすく、かつ水が染み込まないので、泥濘ぬかるみを歩く時には重宝する。

「旦那、このゴム長靴というのはいいもんでやんすね」

 同行しているゴドノフも感心することしきりだ。

「こういう泥道は今までどうしていたんだ?」

「へえ、木靴で行きますが、木靴は滑るし水や泥は入ってくるしで、あまりいいものじゃありやせんでしたね」

「そうだろうな」

 木靴の利点は底が硬いことくらいだろう、とアキラは想像した。

「かといって履かねえで歩いて、木の枝を踏み抜いたりすると、そこから足が腐ったり、硬化病にかかることがあります」

「硬化病?」

 聞き慣れない単語を、アキラは聞き返した。

 これに答えたのはミチア。

「はい。身体が硬直して、触っても痛がるようになるんです。ですからおそらく『破傷風』だと思います」

「ああ、なるほど」

 破傷風は、重傷になると全身の強直性痙攣を引き起こすと『携通』にあったことをアキラも思い出した。

 破傷風菌は嫌気性で地中にいるため、刺し傷には要注意である。

「血清がないこの世界では致命的だな」

 傷を負ったらすぐに綺麗な水で洗い流し、リーゼロッテの『《ザウバー》』で処置すれば予防できそうだ、とアキラは考えた。

「……あとで前侯爵に進言しよう」

 そう考えながら、アキラは桑畑へと向かった。

「ああ、こりゃ酷いな」

 一部分ではあるが、大雨により斜面がえぐれ、一部は土砂崩れを起こしてしまっている。

「……こんな災害は滅多に起きないんだろうか?」

 アキラは同行したゴドノフに尋ねた。

「へい、旦那。こんなことは10年に1回も起きませんで、へえ」

「そうか……」

 ならば今回は運が悪かったということで、復元するに留めてもいいかな、とアキラは考えた。

 桑の木が育ち、斜面をがっちり固めてくれれば、このようなことにはならないだろうと。


*   *   *


 災害現場を検分したアキラは、『蔦屋敷』に戻るとさっそくフィルマン前侯爵に報告を行った。

「うむ、そうか。現場を実際に見てきてくれたのだな。ご苦労だった。危険はなかったか?」

「はい、その点は大丈夫そうでした。土砂も落ち着いておりますし」

「そうか。何かしておいた方がいいことはあるかな?」

「ゴルド村で倒壊した家には……」

「そちらには見舞金を出した」

 どうやらフィルマン前侯爵は、ある程度の手は打っていたようだ。

「そうしますと、病気の蔓延を防ぐ手立てを講じた方がよろしいかと」

「どういうことだ?」

「はい。まだ気温が高いので……」

 アキラは説明を始めた。

 物が腐敗しやすいので、水に浸かった食料を口にする際は気をつけた方がいいこと。

 土の中には有害な菌がいるので、傷ついた手で土いじりをしないこと。

 もし土をどかすなどの作業中に怪我をしたら、すぐに清潔な水で患部を洗い流すこと。

 病人が出たら、すぐに隔離し、専門家を呼ぶこと。

 等の注意を行う。

「なるほどな」

「災害の時は、どうしても怪我や病気が軽いと後回しにしがちですが、後になって重篤になったり、伝染性だったりすると一大事ですからね」

「うむ、徹底させよう」

「お願い致します」


 こうして、アキラとしては今できる手は全部打った、と少しだけ気が楽になったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は4月13日(土)10:00の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ