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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第八話 グッタペルカの応用

 ゴムらしき物質はできたものの、弾力があまりなく、アキラは少しがっかりしていた。

「グッタペルカ、もしくはガタパーチャはカメラの外張りに使われる。また、水中ではほとんど劣化しないので、かつては海底ケーブルの被覆に用いられた。歯科治療で歯の神経を抜いたあとに詰めるのはこれである、か……」

 『携通』で改めてグッタペルカを調べてみると、やはり弾力性はあまり期待できないらしい。

「とりあえず、ゴム球を作ってもらって、スプレーに使えるかだけでも試してみるかな……」

 アキラはハルトヴィヒに試作を依頼する。

「よしわかった。任せてくれ」

 弾力があまりないので、型抜きがしづらいだろうと思いきや、ハルトヴィヒはその腕前を遺憾なく発揮し、ゴム球の試作を3種類作ってくれたのである。

「厚さを変えてみたんだ。スプレーに使うなら、どれが使いやすいだろうかと思ってね」

「さすがだな!」

 アキラは手放しでハルトヴィヒを賞賛した。

 そしてゴム球であるが、当初のような性能ではなかったが、何とか使えることもわかった。

 ただし、弾力が乏しいので、一度握って潰すと、元に戻るまで時間が掛かる。つまり、シュッシュッシュッと連続で霧を吹けないのだ。

 シュッ………………シュッ………………シュッ………………くらいである。

 だが、口で吹かなくて済むため、自分の襟足に吹く際には重宝する。


「まずまずの評判ですよ」

 火のし(アイロン)掛けの霧吹きとしても使えることがわかり、作業効率が多少向上したようだ。


*   *   *


「うーん、もう少しいい使い方はないかなあ」

 せっかく見つけた天然ゴムなので、アキラとしては有効利用したいのである。

「アキラの世界では、ゴムは何に使われていたんだい? それを思い出せばいいんじゃないか?」

 というハルトヴィヒからの助言に、アキラは幾つかの用途を思い付いた。

「靴と雨具だ!」


*   *   *


「靴の底を、このゴムにする」

 グッタペルカとかガタパーチャという名称は呼びにくいので、今は単に『ゴム』と呼んでおくことにしたアキラ。

 今の靴は革靴、貧しい者は木靴であり、濡れた場所では滑りやすい。

 荒れ地用、登山用の靴は『ナーゲル』と呼ばれる、靴底に『ナーゲル』を打ち込んだもの(鋲も靴もナーゲルと呼ばれる)だった。

「それはよさそうだな」


 ナーゲルの発祥国はゲルマンス帝国。ハルトヴィヒはその長所も短所もよく知っていた。

 鋲は鉄製なので、木製の床を歩くと穴を空けてしまうし、磨いた石の床ではよく滑る。

 かといって、革だけだと荒れ地で滑りやすいのである。


「ナーゲルを打った時に似せたブロックパターンにしたいんだ」

「なるほど」

 アウトドア用の靴、そのソール(底)として絶大な人気と信頼性を誇る某ブランドの靴底パターンも、そうして決められたという。

「問題は、どうやって同じものを大量に作るかだ」

 今のところトチュウの樹液はまだまだ収穫量が少ないが、いずれはこれも産業としたいので、今のうちに体制を作っておきたいアキラであった。

「蜜蝋で型……はだめか」

「硫化させる時に加熱するからな」

 熱に弱い蜜蝋では溶けてしまうだろうと思われた。

「なら、金属で作るか」

 一度作ってしまえば、あとは何個でも作れるだろうと、ハルトヴィヒは言う。

「最初が面倒なだけで、作ってしまえばあとは楽になる」

 弾力に乏しいとはいえゴムはゴム。取り出す際には曲げて引っ張り出すこともできそうだ。

「それなら、『抜き勾配こうばい』を付けてくれよ」

「『抜き勾配こうばい』?」


 『抜き勾配こうばい』とは、硬質な型に素材を流し込んで製品を作る際、抜きやすいように数度のテーパー(先細り)を付けておくことをいう。


「ああ、なるほど!」

「それに、そうしてできた靴底のパターンにもテーパーが転写されているから、小石が挟まっても取れやすいと思う」

「確かにな」

 ナーゲルの場合でも、小石が鋲の間に挟まることがあり、歩きにくくなるので、アキラの言うことを理解したハルトヴィヒ。

「よし、それじゃあ靴底のパターンを決めてしまおう」


 幸いなことに、ハルトヴィヒはナーゲルを穿いたことがあったし、アキラもまたアウトドア用の靴を持っていたので、『登山靴』風の底のデザインに時間は掛からなかった。

「あとは任せておけ」

 スケッチを元に、左右対称の金型を作っておく、とハルトヴィヒは請け合ってくれたのだった。


*   *   *


「あとはゴム引きの布……雨具だが、重いよなあ」

「でしたら、テントや幌に使ったらいかがでしょう?」

 ゴムの用途を考えながら庭を歩いていたら、家宰セヴランの甥で執事のマシューに聞かれたらしく、そんな助言をもらった。

「ああ、幌はいいな」

 以前王都まで往復した際、荷物用の馬車は幌が被せられていたが、雨に打たれると浸みてくるのだ。

 ロウを塗って防水性を高めてはいたが、冬期はロウが硬くなってしまうため、何度も幌を折りたたむと剥がれてしまい、防水性が落ちるのである。

 ゴムならばロウよりも曲げと剥離に対しては強いだろう、とアキラは思った。

「わかりました。叔父に提案しておきましょう」

「よろしく頼むよ」

 そちらの方は、マシューを通じてセヴランに任せてみることにした。


「あとは、ゴム長靴を作れないかな?」

 短時間限定で履くなら、泥濘ぬかるみだけではなく、冬の雪の中を歩くにも、革靴よりゴム長靴がよさそうである。

「布で型を作っておき、ゴムを塗ればいいかも」

 表面が多少凸凹するのは目を瞑ってもらおうとアキラは考えた。

 そしてこれもまた、ハルトヴィヒに頼むことになる。

「最近暇だったから有り難いよ」

 雇われている身としては遊んでいるのは気が引けると言ってハルトヴィヒは笑った。


*   *   *


 そして季節はいつしか真夏を過ぎようとしていた。

「ええと、8月頃に育つお蚕さんを『秋蚕あきご』というんだ」

 このタイミングで、王都から来た技術者とゴドノフたちとの飼育のタイミングを合わせることにした。


「もう大分慣れたろう?」

「はい!」

 そこでアキラは、特に口を出さず、あと2回、つまり『秋蚕あきご』と『晩秋蚕ばんしゅうご』は彼らだけで育てさせることにした。

 もちろん、トラブルがあれば相談してもらいたいことや、そうでなくてもわからないこと、疑問点などはいつでも聞いてくれて構わない、と付け加えておく。

「わかりました!」

 技術者たちも、この技術を覚えて帰らなければならないことはわかっているので、意欲たっぷりに返事をしたのである。


 暑い中にも、朝夕の風に涼しさを感じる頃のことであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は4月6日(土)10:00の予定です。

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