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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
ちょっと長めのプロローグ
1/420

第一話 神隠し?

虫が嫌いな方はご注意下さい。

「うん、まずまずの出来だな」

 村田アキラは手にした種紙たねがみを見て微笑んだ。

 種紙とは、蚕種紙さんしゅしともいい、蚕に卵を産み付けさせた和紙である。

 

 絹糸を作り出してくれる蚕は、人工的に飼育してやらねば生きていけない。野生の蚕、というのはいないのである。

 この優秀な天然繊維『絹』をできるだけ効率よく手に入れるべく、人類は紀元前から延々と、長い時間を掛けてその技術を高めてきたのだ。

 しかし化学繊維の台頭により絹の地位が脅かされ、需要が減少し続けてはや100年。

 世界遺産として認定された製糸工場や、小説や映画になった峠にまつわる哀しい話も風化して久しく、先祖代々培ってきた絹に関する技術も最早風前の灯火となった、そんな西暦2077年。

 

 だが、これも歴史は繰り返す、と言っていいのかどうかわからないが、自然回帰の風潮が生まれ、それに伴って絹を初めとした天然素材が脚光を浴びだしたのである。

 それを受けた『甲陽大学園 シルク研究会』の学生たちは、絹と絹織物の復権を願って昔ながらのやり方を再現しようと、代々20年近く努力してきたのだ。

 その甲斐あって、アキラたちの代になり、ようやく過去の技術を復興させるまでに至ったのである。

 しかし技術の復興だけではまだ不十分。世の中に普及させるためには、商業ベースに乗せる必要があった。


 その一環として、より蚕を理解しようと、アキラは家で飼ってみることにした。

 そのため種紙と人工飼料、資料幾つかをカバンに入れ帰途に就いたのである。


 時刻は夜の9時。

 暗い街灯が点在するだけの人気のない家路を急ぐアキラであった。

「腹減ったな……確か冷蔵庫に昨日のシチューの残りがあったよな……」

 などととりとめのないことを考えながら、アキラは辻に差し掛かった。

 

 辻、というのは、『道』を意味する『しんにょう』と十字路を意味する『十』が組み合わさった文字で、つまりは交差点のことだ。

 古来、そうした場所はさまざまな『モノ』が出入りすると考えられ、疫病や悪神を『ふさぐ』神として『さえ』の神を祀ったといわれる。

 この『塞の神』はまた『道祖神』とも同一視され、信州安曇野の双体道祖神は有名である。また、古来養蚕が盛んであった甲州には丸石道祖神と言って、全国的にとても珍しい球体の石を祀った道祖神がある。


 閑話休題。

 村田アキラは、いつも通い慣れているはずのその道を歩き、辻に差し掛かる。

 そこに昔から置かれていた丸い石がなくなっているのを目の端に捉えた。

 その時。

 何もないはずの場所で石につまずいたような感覚を覚え、ふっと身体が浮いたような気がすると、アキラの意識は遠くなったのであった。


*   *   *


 神隠し、という言葉がある。

 いつの間にか子供がいなくなり、そのまま帰って来ないため誰が言うともなしに『神様』に攫われた、『隠された』、ということで『神隠し』と呼ばれるようになった。

 実際は、身代金目当てではなく子供そのものを狙った誘拐であり、そのまま連れ去られてしまったため行方不明となったものが多くあったのだろう。

 だが、極々まれに、本当の行方不明が起きることがある。

 その原因はさまざまだが、その一つとして、二つ以上の並行宇宙が接触したために起きる『物質交換』に巻き込まれる場合があるのだ。


 村田アキラの場合はまさしくこれであった。


*   *   *


 目に映ったのは木の梢と、葉の間からのぞく青空。

 先程まで夜道を歩いていたはずだ、とアキラは目を細めた。そして草の上に横たわっていることに気が付く。

「……寝ていたのか?」

  ゆっくりと起き上がったアキラは周囲を見回した。

「……どこだ、ここは……?」

 いつの間にか林の中にいたのだ。

 原生林、というほどではなく、適度に間引きされているのか、木と木の間に空間があって見通しは悪くない。だが。

「……見たことのない植物だ」

 自然回帰をモットーにする学部に所属するだけあって、ある程度は植物の知識も持っているアキラであったが、目の前にある植物は、まったく覚えのないものであった。

「一体何があったんだ……?」

 状況を認識しようと、無理矢理自分を落ちつかせようと試みるアキラ。

「まず、格好は……」

 アキラは、服装と荷物を点検することにした。

 服は大学を出た時のままだ。カバンには種紙その他がちゃんと入っていた。飲みかけのペットボトル入りの天然水があったのは僥倖だ。

 喉が渇いていたので一口だけ飲んでおく。おかげで、少し気分がすっきりした。

 だが、それ以上のことはわからない。ポケットに入れていた携帯汎用通信機も圏外と表示されている。

 アキラは電池節約のため通信機のスイッチを切った。


「ここにいても仕方ないか。とにかく人の住むところを見つけないとな……」

 次に、今のままでは情報が少なすぎると判断、行動に移すことに決めた。

「まずは民家を探してみないと」

 アキラは立ち上がり、歩き出す。

 下草がそれほど密集していないのでなんとか歩くことはできた。

「とはいえ、どっちへ行けばいいのか……」

 思わず天を仰ぐアキラ。梢の先に青空が見え、片隅にお日様が輝いていた。

 周囲をぐるっと見回してみるが、林の様子は変わり映えしない。

「どっちへ向かってもリスクは同じか。なら、太陽の方向へ行ってみるか」

 木の間越しに見える太陽目指して歩き出すアキラ。これならリングワンダリング(輪形彷徨りんけいほうこう)に陥ることもないだろう、と思ったのである。

 幸い、ダニやヒルなどの毒虫はいなかったので、順調に歩を進めることができた。

「……やっぱり知らない植物が多い……ひょっとして日本じゃないのか?」

 外国なら、植生が異なるのも当たり前。しかし、だとしたらどうやって移動したのか、という問題にぶつかる。

「ここがどこか、それを知ることが第一だな」

 アキラは、野外活動で山歩きのレクチャーを受けたことがある。その時の心得を思い出し、内心の焦りを抑え、オーバーペースにならないように、また方向を見失わないように、慎重に歩いていった。


 1時間ほど進むと、運がいいことに踏み跡らしきものに突き当たった。それに沿っていけば、今までよりも楽に進める。

「ああ、運がよかった」

 さらに30分、踏み跡は道になった。ほっとするアキラ。同時に疲れがどっと出て、その場に座り込みたくなったが、ぐっと我慢して堪える。

 ここでペットボトルの水をもう一口飲む。それで中身は空になった。

「ふう。……さて、もう少し行ってみるか」

 空きボトルは捨てずにカバンに戻す。ポイ捨てをしないと共に、今後水を見つけた時の容器にも使えるからだ。

 アキラは再び歩き出した。

 1メートルくらいだった道幅はだんだん広くなり、2メートルに。そして周囲もひらけてきて、林から疎林となる。

「お、家か?」

 草原の向こうに屋根らしきものが見えた。疲れを忘れたようにアキラの足が速くなる。

 小さな橋で小川を渡ると、道はさらにしっかりしてきた。

「助かった……!」

 近付いてみると、立派な洋館だった。壁はレンガ造り2階建て。屋根の両端は破風があって、小さな小学校の校舎くらいの大きさがある。ツタが壁の半ばを覆っており、一種の風格も感じられた。


 さらにアキラが近付くと、

「どなたですか?」

 と背後から声が掛けられた。

 声のする方を見ると、まるで映画か何かから抜け出てきたような、メイド服に身を包んだ若い女性が籠を持って立っていたのだった。

「え、ええと、俺は村田アキラっていいます。道に迷ってしまって、ようやくここに辿り着いたところなんです」

 正直なところを説明するアキラに、

「アキラ様、ですか。それはお困りでしたでしょう。ここはリヒト侯爵家の別荘です。まずはこちらへどうぞ。あ、私はミチアと申します」

「ミチアさん、ありがとう」

 洋風の名前によくよく見れば、ミチアと名乗ったその女性は栗色の髪に青い目をしていた。どう見ても日本人ではない。

 が、アキラにはその言葉を理解することができている。

(日本語……じゃないよな? 英語でもない、ドイツ語でもイタリア語でもない……聞いたことのない言語だけど、理解できる……なぜだろう?)

 そんな疑問が頭をよぎるが、今はまず身の安全を確保することが最優先である。アキラはミチアの後に付いていった。

お読みいただきありがとうございます。

明日28日(日)も更新します。


ただ27日(土)早朝より28日(日)夕方まで帰省してまいりますのでその間レスできません。御了承願います。


 20180128 修正

(誤)そもため種紙と人工飼料、資料幾つかをカバンに入れ帰途に着いたのである。

(正)そのため種紙と人工飼料、資料幾つかをカバンに入れ帰途に着いたのである。

 orz


 20241218 修正

(誤)そのため種紙と人工飼料、資料幾つかをカバンに入れ帰途に着いたのである。

(正)そのため種紙と人工飼料、資料幾つかをカバンに入れ帰途に就いたのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] >アキラはミチアの後に付いていった。 ミチア「どうか帽子と外套と靴をおとり下さい。」 アキラ「はいッ!」(^∇^)/ ミチア「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖っ…
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