4:悪役令嬢は止まれない。(転生・踏み台希望・乱世)
着地を失敗した気がします。
ようやくここまでたどり着いた……。
口元が緩む。
前世、そして夢か現か不確かな今世において、幾度と無く浮かべてきた笑み。
姿格好は別のものでありながら、周囲の評価は同じところに落ち着いたようだ。
氷の笑顔。
女帝の笑み。
女王の鞭……そして飴。
ただ、前世においてそう囁かれ始めたのは、三十路を過ぎてから。
今世では、10になる前……父と佞臣の首を自らの手で斬り、家中を掌握してからのこと。
周囲を圧するためには、それなりの力というか、バックボーンを必要とするのは、前世も今世も変わらない。
世界は変わっても、人は人。
愚かで、強かで、頑なで、醜くて……。
そして、ごく稀に、はっとするような美しいナニカを見せてくれる。
醜いばかりでは救いがない。
美しさだけでは鼻につく。
一瞬のきらめきが、刹那の美しさが、その全てを肯定するに足る何かを与える。
口元の笑みはそのままに、目を細めて2人を見る。
青ざめた顔をした青年。
そして、震えながらも私から目を逸らそうとしない少女。
この2人が、美しいものを見せてくれる。
予感ではなく、確信。
この世は、夢か現か。
そんな世界で、ひとつだけはっきりしているもの。
今、私の目の前にいる……2人のラブストーリー。
青年は、私の婚約者。
少女は、ヒロイン。
私と、青年の間に恋愛感情はない。
政略のひとつ。
私と、青年の父親が幼少時に決めた。
青年の父親は、諸侯連合をまとめるため有力な相手を必要とした。
私の父親もまた、相手を必要とした。
私を……いや、私の家の助力を失うわけにはいかない。
私との婚約を解消するということは、私の家との手切れを意味する。
少なくとも、仲は冷える。
物語のクライマックス。
諸侯連合。
家。
領地。
領民。
全てを飲み込み、青年は少女との愛を選択した。
ほかの全てを投げ出したわけではない。
これから降りかかるであろう、あらゆる苦難よりも……ヒロインとの愛に価値を見出した。
そして、少女もまた。
そんな2人の姿に、『私』が拍手する。
その覚悟は見せてもらったと、これまでと変わらぬ助力を約束した。
それを受けて、周囲の人間もそれに習った。
2人の愛は、覚悟は、決意は、報われた。
優しい世界。
優しい物語。
前世で、私もこの物語を楽しんだ。
それと同時に、ある種の物足りなさも感じた。
少し、ぬるくない?
その想いは、この世界に生を受け、この世界の状況を理解することで強くなった。
物語における状況をあてはめると、私というか、私の家と敵対することになっても、青年が乗り越えるのはそれほど難しくないと思えたから。
むしろ、私の家の方がまずい。
もしかすると、物語における『私』のあれは、苦境を乗り切るための演技だったのではなどと邪推もできる。
ならば、青年のあれも、計算づくの……。
人の美しさを描いた物語ではなかったの?
証明しようと決意した。
2人の愛を。
そして、人の美しさを。
私は走り始めた。
ヒロインと青年の愛を、これでもかとばかりにきらびやかに彩るハードルとなるために。
『私』というハードルが高ければ高いほど、その障害を乗り越えようとする二人の愛は、より強く、より深く、より美しく光り輝く。
100人がいれば100人が諦める。
その状況で、101人目となる青年が……それを選ぶ。
愚かな選択。
しかし、その愚かさの中に美しさがある。
そこでようやく、この物語が美しく定まる。
まずは強さを。
そして、適切な統治を。
『私』が求めるのは『悪』ではなく『悪役』だ。
『ふさわしくない』とか『倒すべき敵』などという言い訳を青年に与えてはいけない。
『手をとるにふさわしいパートナー』であり、『失うわけにはいかない相手』であり……それを承知で、青年にはヒロインの手をとってもらう。
当然、私への恋愛感情なんて抱かせるつもりはない。
私は走った。
領地の改革。
それは当然、周囲との軋轢を生む。
もちろん、計算のうち。
計略。
虚偽。
連携を封じ、父の率いた軍がひとつずつ打ち破っていった。
この頃、私と父の仲は良好だった。
領地が広がる。
富と名声が、父に毒を注いだ。
幾人かの家臣も、それに続いた。
広がった領地が、腐っていく。
私は3度父を諌め、4度目はなく、これを斬った。
走り続ける。
世界は広い。
物語の世界、その外の世界。
人の汚い部分を見た。
私もまた、同じことをした。
敵には容赦しなかった。
しかし、綺麗な部分も見せた。
領地を、領民を、私なりに大事にした。
約束を、自分から破ることはしなかった。
私は走り続け、それなりに大きくなった。
そのはずだ。
青年の家だけでなく、諸侯連合そのものを相手にしても、『私』は勝てる。
そうなってからも、私はずっと青年の父親をたててきた。
私は諸侯連合に属し、青年の父親はその盟主。
その姿勢をずっと崩してこなかった。
その父親から直に謝罪された。
私という婚約者がありながら、1人の少女に熱を上げている、と。
私は、自分から約束を破ったことはない。
そして、約束を破った相手には必ず報復してきた。
そんな私に、青年の父親……諸侯連合の盟主が頭をたれる。
私は、自分から約束を破ったことはない。
ただ、相手が約束を破るしかないところまで追い詰めることはする。
それをわかっているからだろう。
薄く笑い、否定しておく。
「この件、私は何もしていませんわ」
そう、『何も』しなかった。
父を斬った後も、婚約関係は継続させたまま……『何も』してこなかった。
とはいえ、『婚約者も』また、私に対して何もしてこなかったけれども。
私は、もう一度微笑む。
この世界に生を受け、前世の記憶を取り戻したあの日から……私は走り続けてきた。
もちろん、この後も走り続ける。
そのための小休止。
自分へのご褒美。
「ひとつ、よろしいですか?」
舞台を作る。
青年と少女。
私を前にして、2人に選ばせる。
物語のクライマックスの舞台を。
目の前の2人を見つめ。
私はもう一度、心の中で呟いた。
ようやく、ここまでたどり着いた……。
あとは、見せてもらうだけ。
青年の身体が震えだす。
私は、それを見守る。
「この女とは、ただの遊びだ」
青年を一瞥し、ヒロインに目をやった。
唇をかんでいる。
身体を震わせながらも、耐えている。
あぁ、そういう……選択。
こんなものは、これまでに何度も見てきた。
そして、これからも見るだろう。
「……この男はその背中に多くのものを背負っている。その重荷が言わせた言葉だ。ゆえに、責めるな」
少女の瞳。
その激しい憎悪が、私の心を少し慰めてくれた。
少女の震える唇。
それを、青年の手がふさいだ。
足りない。
いろんなナニカが足りない。
白けた気持ちで手を打つ。
周囲の人間が戸惑うのがわかる。
「想い合った2人を引き裂くつもりはなかった。許せ」
硬い口調。
私のそれを、周囲はどう受け取るか。
興味が失せている。
しかし、これを利用しようとする冷たい計算は働かせている。
「私のことは気にしなくていい。好きにせよ」
私は微笑む。
周囲のざわめきが、静まり返る。
「私は2人を祝福する。また、この件で誰かを罰するようなことがあれば、それは私への敵対行為と受け取る」
そう言い残し、私はその場を去った。
半年もしないうちに、諸侯連合は戦うことなく私に降った。
あたり前の選択を、あたり前のようにされた。
愚かな選択はなく、美しいナニカも見られなかった。
いや、一番愚かだったのは、この私か。
この、優しくもない世界で私は生きている。
領地。
領民。
そして、私の下に集った者たち。
手を見る。
父を斬った手。
立ち止まり続けることは許されない。
走らねばならない。
愚かしく、強かに、頑なで、醜く、生きていこうか。
私が立ち止まったとき。
誰かが私を殺しに来るだろう。
尊いカップルをより尊くしようとして失敗する主人公。




