3:ねえ、悪役って、こういうものでしょう?(転生・鬱・ハニートラップ・全方角に向けてざまぁ)
前の2話とは雰囲気が違うというか、胸糞展開注意です……。
あと、女性への乱暴を連想させる描写があります。
職場の後輩にすすめられ、ネット小説を読み始めた。
そんなに上手くはいかないわよと思いつつ、羨ましいと思ったのも事実。
才能、富、チャンスを持てるものとしてではなく、『人間関係をぶっ壊して』生きていくやり方に、何よりも憧れを感じた。
家族を、友人を、知人を、どうしようもなく疎ましく思う事がある。
もちろん、その存在に救われている部分があるのを承知で……そう、思ってしまう。
たぶん、疲れているのね。
生活に。
そして、人生に。
もしも、明日、死ぬのなら。
家族を、友人を、知人を……想像してみるが、私にはできないことが分かってしまう。
家族、友人、知人は、私の人生そのもの。
人生という名の檻は、外敵から守ってくれる。
人生という名の鎖は、私の自由を奪う。
人間関係をぶっ壊せる悪役は、人生そのものが既に壊れているのかも。
そう思って、私は自分を慰め、眠りにつく。
それが、私の前世の最後の記憶。
転生して、私は自分がいかに恵まれていたのかを思い知った。
知識はあっても、子供は無力。
私は、スラムを這い回るしかない少女だった。
何かを考えついて成果を得ても、暴力がすべてを奪っていく。
女だとか、子供だとか関係なく。
私に見えるのは、壊れた世界。
わぁ、人間関係とか、考えなくていいんだ。
ここは素敵な世界ね。
笑うしかなかった。
不思議なものね。
傷だらけで、地面に倒れたままケラケラ笑い続ける私の存在に、世界が気づいた。
私のような孤児がいる。
姿格好だけはまともな子供がいる。
みんな不安そうにしていた。
集められた子供は、みんな女児。
そして、見た目は悪くない。
下衆な目的を連想してしまう。
身体を洗われた。
服を着せられた。
教育を受けさせられた……私がそれなりの教養を持っていることを知り、初めて驚きの目で見られた。
「親は貴族か?」
興味をもたれた。
地獄に垂らされた糸。
のぼった先もまた、別の地獄なのだろう。
それでも私は、手を伸ばした。
「どんな血筋も、3年も経てば壊れるわ」
嘘も言わない。
本当のことも言わない。
それでも私は、糸をつかんだのだろう。
私を、別の地獄へと連れていく糸を。
本格的な教育を受け始めて、私はこの世界を知った。
壊れている。
中世とも、近世ともいえない、封建主義と、王国制、そして帝国。
カオスだ。
前世の記憶から、乙女ゲームという単語が飛び出てくる。
ああ、まさにそんな感じね。
笑みをこぼす私を、教育係が気味悪そうに見ていたが、構いはしない。
私は、この世界において、いかなる人間関係も構築しないと誓ったのだ。
もちろん、相手が私にその幻想を抱くのは自由だし、幻想を抱かせる程度の努力をしないとも言ってない。
私は女だった。
化粧を施されると、見違えた。
貴族のマナー、知識を教育される。
私は笑った。
「演技指導はないの?」
「ああ、お前は本当に聡いな」
そう言って、私に糸を垂らした男が笑う。
ハニートラップ。
男の、永遠の弱点。
つまるところ、私は工作員の教育を受けさせられていた。
同じような教育を受けている者がいたが、私は一番幼かった。
それゆえに、価値が高かった。
子供なのに、大人の思考ができる。
男の思考を、ある程度理解できる。
私の受ける教育は、さらに高度なものへと変化していった。
やがて、私に指令がおりた。
隣国における工作。
貴族の落とし胤として認知、貴族子弟の集まる学園に潜入。
笑うしかない。
有力な貴族子弟の間を泳いでまわり、恋の鞘当てで将来への禍根をなせと。
若い頃の、女の絡んだ軋轢は、歳を取っても容易に解消されない……と。
失敗してもともと。
それはそれで、そのまま適当な男と結ばれ、情報を適度に送り続ける。
それが、私に与えられた任務。
私は、小さく笑った。
「王子様をたらしこんでも構わないのね?」
「頼もしいな」
口だけだ。
期待はされていない。
私の教育にかけた金と手間は、所詮国同士の争いの前には、ゴミみたいなものだ。
おそらく、私と同じような任務を受けているものが、毎年毎年、複数人送り込まれるのだろう。
相手国もそうだ。
そして、それは隣国はもちろん、複数の国に対して、同じような工作がなされるのだろう。
10年、20年と、その場所で人生を歩みながら、命令を待つ。
そんな人生を強いられる人間が、数え切れないほど存在するのだろう。
所詮、私は捨て駒のひとつだ。
それでも、この壊れた世界で生きてきた。
乙女ゲームでいう、庶民上がりのヒロインのようなポジションだが、難易度はルナティックだ。
ハニートラップは男の、いや人間にとっての永遠の弱点だが、それゆえに、それ相応の教育がなされることを私は教えられた。
貴族の男子は、個人の差はあるが、10歳を過ぎると……女性があてがわれる。
前世の、性欲過多と称される少年とは違うのだ。
敵国が、祖国になる。
私に、父親ができる。
そして私は、初対面の父親の前でドレスを落として見せた。
「娘の性能を知るのは、親の義務ではありませんか?」
微笑む。
笑う。
嗤う。
自嘲う。
表情を変えていく。
目の前の男の、欲望を刺激する表情、仕草を探る。
そんな指示は受けていないが、このぐらいのことが独断でやれないようでは切り捨てられる……その程度に、私は上司を理解しているつもりだ。
私の生活が始まった。
与えられた情報を、自分の目で、耳で、修正を入れていく。
他人が手に入れた情報は、無意識のうちに必要ではないと思われる部分を省略されていく。
それゆえに、他人の情報を、私の情報に更新する必要がある。
距離感。
タイミング。
その視界に、姿をさらす。
私の噂を、流させる。
すべてが計算通りにいくはずもないが、計算をせずにした行動は、結局は自分の首を絞める。
他人の目に映る自分の姿。
他人の耳に届く私の噂、そして声。
私を知ってもらう必要はない。
相手の望む、『私』の幻想を抱かせる情報を提供すればいい。
半年が過ぎ、1年が過ぎた。
ようやく、この国では有力といえる貴族の子弟とつながりを持つ。
遅くはない。
むしろ早い方。
だからこそ、警戒されている。
だからといって、気配を消すのは悪手。
それまでに演じた『私』の幻想を壊さない程度に、『私』を演じる。
幻想そのものを演じてしまうと、かえって不審感を持たれる。
あはは。
ハーレムルートなんて、現実においては地獄よね。
複数の男が求める幻想を、ひとりで演じ分けるなんて……正気の沙汰じゃないわ。
ひとりでいいのよ。
ひとり釣れれば、別の男に見られる機会が増える。
ゲームと違うのは、選ぶのは私じゃなく、不特定の男たちってところね。
私は『私』を演じる。
その『私』に惹かれる男の情報を集めて、有効な手段を探せばいい。
そして、有効な手段を考えるのは、私じゃない。
私は女優。
与えられた役を演じる。
多少のアドリブを加えて。
シナリオが届くのは、半年先か、1年先か。
国から父へ。
父から私へ。
あはは。
ひどいシナリオね。
でも楽しそう。
幕が上がる。
私を呼び出す、メッセンジャー。
物陰から、偶然それを見ていた『私』の知人。
『私』が保護されたのは、二日後。
金で雇われた連中に、貴族子女としては致命的な傷を負わされた……そんな噂が流れ出す。
閉じこもって出てこない『私』。
私がこの国で演じた2年間の成果が問われる時が来た。
『私』が笑われる。
『私』が蔑まれる。
『私』が同情される。
『私』のために怒る人。
噂が流れる。
『私』を呼び出した『誰か』。
私の悪名が、『誰か』へと貼り付く。
『誰か』の敵が、その波に乗ろうとする。
人は、人とつながって生きている。
『誰か』が動けば、それとつながる『誰か』も動かざるを得なくなる。
あはは。
これが、私の2年間。
いいえ、あの路地裏で拾われてからの、集大成。
踊れ。
騒げ。
『私』に関わる全てのもの。
壊れてしまえばいい。
「はは、想像以上だったな」
上機嫌で笑うあなたはプロデューサー?
いいえ、監督?
それとも、脚本家?
ああ、もしかして、用済みのコマを始末する暗殺者?
ねえ、あなたは私を使えるコマだって評価したんじゃなかったの?
なぜ、無防備に。
私の勧めたお酒を口にしたのかしら?
ふふ、これからどうするかなんて、どうでもいいのよ。
私はただ、あなたを壊したかっただけ。
本当に、素敵な世界ね。
そして、素敵な『私』。
壊れた『私』。