「必ず。俺がこの国を救います」
●「必ず。俺がこの国を救います」
「本当に異世界に来たんだなぁ……」
城のバルコニーから呆然と見上げる夜空には、月が二つ浮かんでいる。
"あっち"の世界では見られるはずのない光景だ。
神様に頼まれて来たことは後悔していない。
していないが、自分がまったく知らない異邦に来てしまったことに、戸惑いを覚えているのも事実だ。
「勇者様、か……」
そんな風に呼ばれることに、こそばゆい気持ちがある。
困っている人を助ける。"あっち"でそんなことをしても、白い目で見られることが大半だった。
カッコつけ、偽善者。そんな言葉で呼ばれたことも数知れず。
そんな自分が『勇者様』なんて。
「本当に"あっち"と"こっち"じゃ違うんだなぁ……」
「眠れないのですか? 勇者様」
バルコニーで一人ごちていると、一人の闖入者が。
簡素な(しかししっかりとした生地で作られた高そうな)長衣を着た女性。
ラピスラズリ王女だ。
「少し、元いた世界のことを思い出してまして」
「勇者様がいた世界ですか。きっと良い世界なのでしょうね」
王女は『きっと』と言う割には妙にきっかりと断言してくる。
「勇者様のような、誰かを救うことに真っすぐな人がおられる所です。良い世界に決まっていますよ」
「あー、そのー……」
そんな風に言われてしまうと、照れてしまう。
ストレートな物言いに頬が熱くなるのを感じる。
「その、普通の世界ですよ。魔法とか何も無い、ごく普通の」
「まぁ、魔法が無いのですか? それでは色々困ることもありましょう」
「あ、でもその代わり色々ありまして」
「どんなモノがあるのですか? 例えば、遠くの人と話す時などはどうするのです?」
「それは――」
それからしばらく、王女質問攻めは続いた。
よっぽど興味があるのか、王女の質問は個人のちょっとした生活のことから、国の仕組みといった大きなことまで広がっていった。
「――平和な世界なんですね、勇者様のいた世界は。シャドウのいない、世界――」
「少なくとも、俺がいた国は平和でしたよ」
遠い目で彼方を見る王女。彼女は何を見ているのだろう。ここではない"あっち"の世界を幻視しているのだろうか。
「シャドウさえいなければ、この国も平和なんでしょうね」
ふと、そんなことを口に出していた。
「街の人も良い人そうな人ばかりでしたし。王女様は慕われてるみたいですし――」
「ええ、平和な国でした」
王女が、視線を自分の左腕に移す。
陶器のように硬質化し、ひび割れた――石化した左腕を見ながら、続ける。
「平和であること、それしか無いような国でしたけど――それでも、幸せな国だったんです。
"宝石姫"の勇者として、命を懸けて護りたかった。でも――私では無理だった」
「王女様……」
彼女は真っすぐに俺の瞳を見て、言う。
「勇者様。この国を、必ず救ってください。私には、そう願うことしか出来ないんです……!」
そう言って、彼女は祈るように手を合わせながら頭を下げた。
俺はその手を包むように握り、断言する。
「必ず。俺がこの国を救います」
シャドウを、黒騎士を倒す。そしてこの国に平和を取り戻す。
そんな思いを、俺は胸に燃やした。




