7 扉を開けて
俺は扉の隙間から頭をのぞかせた。
猫というのはすごい。
頭さえ入ればどんな隙間でも入り込むことができる。
もし人間の姿で頭を隙間に入れても絶対に入れない。
ドアをたたっ切るしか残された道はない。
中は薄暗く、かすかに小さな窓から光が入ってきていた。
そんなに広くない部屋の中には小さな箱がいくつかあるくらいで、特にこれといった特徴のある部屋ではない。
なぜここには入ってはいけないとミラベル姫は言われたのだろうか?
するりと体を滑り込ませると、ぱたんと扉が閉じた。
さらに暗くなった部屋の中に、何か光るものが二つ浮かんでいる。
ちょうど俺の目の高さぐらいだ。
一歩踏み出したとき、
「フーーーーッ。」
と、動物の威嚇する声がした。
思わず飛びのいて、剣を抜く。
いや、剣は持っていなかった。
そう言えば猫になっているんだった。
手が空振りしてしまった。
仕方がないので、とりあえず爪を出して身構えた。
もう一度声がした方をよく見ると、そこには薄汚れた茶色い毛をした猫がいた。
箱の中にすっぽりと納まっている。
猫としては俺よりもずいぶんと年を取っている。
「じろじろ見てんじゃねえよ、若造が。」
「猫がしゃべった!」
「ああっ?何言ってんだてめえ。てめえだって猫だろうが。」
ずいぶんとドスの聞いた声だな。
おそるおそる近づいてみた。
古傷が多い。
しかし、ただならぬ雰囲気。
まるで歴戦の戦士のようだ。
「あんた、一体ここでなにして......。」
そう言いかけて、やめてしまった。
左足に大きな切り傷がある。
剣で切り付けられたときにできる傷だ。
それ以外にも前足には包帯がまかれている。
「ケガをしているのか。」
「見てわかんねえか。不覚にも人間に後れをとった。年はとるもんじゃねえな。」
そういうと、傷をなめ始めた。
このミラベル姫の住む塔の中で誰かに切られたはずはない。
「もしや、ミラベル姫に連れてこられたのか?」
「名など知らんが、人間の戦士にみつかって戦っていたときに、女二人が間に入ってきたんだよ。そして、そいつらにここに放り込まれた。まあ、ここは安全な場所みたいだから、傷が治るまではここで過ごしてるんだよ。」
猫だからと切りかかられていたところを、ミラベル姫が助けたんだろうか。
「あいつらは食べもん置きに来る以外は来ないが、このあたりには他にもお前みたいなのがいたんだな。」
「ミラベル姫は治療したり遊びには来ないのか?」
彼女なら治療と称してかまい倒しそうだが。
「傷治すには、ほおっとかれる方がいいんだよ。あいつら、そこんところはわかってるみてえだな。」
動物は自分でけがを治すというしな。
最低限の治療だけほどこして、あとは猫の自然回復力で治るのを待っているのだろう。
この部屋に入るなと言われたのは、この猫をそっとしておくためだったのか。
「てめえ、同胞じゃねえな。人間の臭いがする。」
猫が鼻をひくひくさせながら言ってきた。
「わかるのか?」
「においが違う。それに同胞なら兄弟でもねえ奴のケガを心配そうに見たりしねえよ。」
「けがをさせて、すまない。」
「なんでてめえがあやまるんだ?これは俺がへましちまっただけだ。」
「だが。」
「てめえら人間が俺のことを嫌がろうが好きだろうが関係ねえ。もとより人間なんかとなれ合う気なんかねえよ。」
いくら猫が不吉だからといって、ここまでするべきではないのではないか。
俺は部下が猫を傷つけようとしたら叱るだろう。
そういえば、王都に来てからのほうが猫を嫌がる人を見ることが多かったな。
故郷ではあまり猫が不吉だといって嫌がることはなかった覚えがある。
だからか、ミラベル姫が猫に執着することもおかしいとは思わなかったし、自分が猫になっても特に嫌悪感がわくわけでもなかったな。
「てめえからは、ここに俺をつれてきた女の臭いがぷんぷんしてやがるな。」
「えええっ!」
体のにおいをかぐと、たしかにミラベル姫のにおいがした。
「いい仲なのか?」
「い、いいなかぁっ!いやっ!ちがうちがう!断じてちがう!」
「なんだ、あの女のこと嫌いなのか。」
「嫌いじゃない!」
「どっちなんだよ、まあ、どうでもいいけどな。」
猫はふう、といって丸まって寝始めてしまった。
「その、なんというか、騎士としてお仕えしているのであって、決してよこしまな感情をいだいたりなどは.......。」
人の話を聞かずに寝息を立て始めた。
俺は気になって聞いた。
「あ、あんたをなでたり抱いたりしないのか。」
猫はのそりと顔を上げた。
「一度もないな。あの女からは他の同胞のにおいもあまりしたことがないな。触れたりしないんだろう。」
「ミラベル姫が?まさか!あんなに猫が好きなのに?庭にもいっぱいいるぞ?」
「俺たちはあんまりかまわれるのは好きじゃないからな。俺たちにあわせてんじゃねえのか。」
「しかし、俺はもうなんかいじくりまわされているような気がするんだが。」
「甘えているんだろう。」
「甘える?」
「だいたい、相手が嫌がりそうなのにかまうってことは、てめえに気を許してるってことだろ。俺たちも姉弟にしか遊びで飛びかかったりしなかったしな。人間だって同じだろ。」
ミラベル姫が俺にかまうのは、気を許していて甘えているからなのか?
妙な気分だ。
目がらんらんとして、耳がぴくぴくして、尻尾がぴんっとなる気分だ。
ついでにのどをゴロゴロ言わせたくなってきた。
「気が済んだら出てってくれねえか?ゆっくり休みたいんだよ、俺は。」
「ああ、すまなかった。そうだ、先輩に教えてほしいことがあるんだが。」
せっかく猫の先輩に会えたのだ、聞いておかなければ。
「なんだその先輩ってえのは。まあいいや、なんだよ。」
「頭の後ろを毛づくろいするにはどうしたらいいんだ?」
「クーちゃん!どこまで遊びに行ってたの?」
一通り危険がないか確認した後に部屋に戻ると、食事をちょうどすませたミラベル姫が駆け寄ってきた。
遊びに行っていたわけではないんだが……。
「ずいぶん戻るのが遅かったけれど、どこに行ってたの?」
ぎくっ。
騎士たるもの隠し事はよくないが、時と場合にもよるな。
見たいという欲望に負けて、入ったらいけないところに行ってましたとは言えない。
「塔内に危険なところがないか確認に行っていました。」
「あら、そうなの?」
ビクビクしながらポーカーフェイスで答えたが、ミラベル姫の反応は薄かった。
バレてないな。
よかった。
まあ、姫があのケガをしていた猫がいた部屋に入るなと言ったのは、猫をそっとしておくためなのだからな。
バレたとしても、怒られることはなさそうだ。
尻尾をパタパタしていると、アリッサが
「怪しいですね。騎士殿。」
と冷たい声で言ってきた。
恐ろしく感のいい女性だ。
「さーあ、クーちゃんの魅力をさらに引き立てる、素敵なこれをしましょうね。」
そういえば、首輪をするんだったな。
それがミラベル姫が俺に甘えてくれているということならば、なんでも受入れたい。
男にとって甘えられたり頼られるというのは嬉しいものだ。
姫はゴソゴソと箱から白い布を取り出し、俺の首にヒモを結び付けた。
「はああっ!完ぺきなクーちゃんが、とうとう神の領域に!」
俺は首につけられたそれを見て固まった。
「よだれかけ!」
それはフリルがふんだんに使われた、幼児がよく首にしているものだった。
「よだれかけじゃないわよ。ちょっと大きな首輪よ。」
いや、ちょっと待て。
いままでこれが自然体だったから気にしなかったが、この布地を身に着けることで羞恥心というものが思い出された。
つまり俺は今、全裸によだれかけのみを身に着けていることになっている。
「これじゃあ変態だーーーーーー!」
俺はあわてて両手でよだれかけをとろうとしたが、手が届かない。
口で取ろうとするも、口も届かない。
「とてもよくお似合いです、騎士殿。」
アリッサが言った。
似合ってたまるか!
「これは嫌です!外してください!」
「ええー、残念。」
ミラベル姫はしぶしぶ外してくれた。
よかった。
「首元がだめなら、ここはどう?」
ミラベル姫がとんでもない早業で、今度はその布を俺の腰に巻き付けた。
「エプロンをしてるみたいでとっても可愛いわ!」
再び目覚めた羞恥心。
全裸に腰エプロンの俺。
「変態度が増した!」
「騎士殿は新たな扉を開かれたようですね。」
「開いていない!」
「隠したいのか、隠したくないのか、複雑な騎士心ですね。」
「君は一体何をわけのわからないことを言ってるんだ......。」
俺は後ろで結ばれたヒモを外そうとした。
手がまたしても届かなかった。
「まって、つまり、見えそうで見えない、でもちょっと見えてるセクシークーちゃんってことね!凛々しさや可愛さだけでなく、妖艶さまで持ち合わせているなんて、もうっ!クーちゃんは一体何者なの!」
「姫まで何をおっしゃってるんですか!とにかくよだれかけはやめてください!」
ミラベル姫は俺に甘えてるんじゃなくて、本当は俺をもてあそんでるんじゃないのか?!
俺は足を駆使してよだれかけを外すことに成功した。
「仕方ないわね。それじゃあ、次は......。」
また何か箱からがさがさと取り出そうとされている。
やばいぞ、次もとんでもないものが出てきそうだ。
「あの、何も装飾のないヒモのようなもので結構なのですが。」
「シンプル・イズ・ザ・ベスト、ということね。さすがはクーちゃん。自分の魅力を引き立たせるものは、最小限のものでいい、そういうことね。」
別にそういうことではないが、どうやら俺の案に食いついてくれたようだ。
ミラベル姫は別の箱から色とりどりのリボンを取り出して真剣に悩みだした。
「やっぱり、清楚さといえば白よね。情熱の赤も捨てがたいわ。黄色も警戒色になっていいわね。緑も目に優しいし。」
アリッサも助言してきた。
「いっそのこと、黒色ではいかがですか?主張しない、本物のおしゃれです。」
「あなたは天才だわ!」
このままだと身に着ける意味があるのかわからない黒色の首輪をされそうだ。
「あの、濃紺はどうです?私の騎士服の色でもありますので。」
自分でも一番思い入れのある色だ。
ミラベル姫はカッと目を見開くと、数あるリボンの中から濃い青色のリボンを取り出し、俺の首にそっと巻き付けた。
「あああああーーーーっ!とっても似合うわあああーーーー!シック!シックすぎるーーー!上品で洗練されていて!これが時代の最先端!」
よかった。とりあえず、変な色は避けられた。
「クーちゃんのクは、シックのクだったのね!」
「クラウスのクではないのですか。」
ミラベル姫はリボンをきちんと結び付けて、あらゆる角度から眺めている。
無難なところで落ち着いたのはよかったが、俺の心には「よだれかけ」というトラウマが刻まれた。
読んでいただき、ありがとうございます。




