6 男と猫は好奇心には勝てない
騎士的猫活。
新しい朝が来た。
希望の朝だ。
喜びに胸を広げたいが、俺はいますごく眠いので丸まっている。
人間の時は10日くらい寝なくても何ともなかったのだが。
この朝日での日光浴というものは、非常に気持ちがいい。
夜通し猫の姿での鍛錬をしつつ、ミラベル姫の警護をしていたから程よい疲労感があいまって幸せな気分だ。
この猫の姿での鍛錬というものは、得られるものが実に多い。
人間の姿ではできないことができるからだ。
俺はいくつかメニューを考え、実行した。
まずはローテーブルから棚の上に上る運動を300往復した。
これは下半身の強化と、着地した時の衝撃に足を慣れさせる効果がある。
棚の上に上った時は、なぜか毎回ドヤ顔というものをしてしまった。
不思議と得意な気分になるのだ。
それから己のしっぽを捕まえるという訓練を2時間した。
前足が尻尾に届きそうな瞬間、尻尾をわざと動かしとらえにくくする工夫もした。
瞬発力と動体視力が鍛えられた。
途中で夢中になりすぎてテーブルの脚にぶつかり、頭を打ってしまった。
まだまだ修行が足りない。
次は爪を自在に出し入れする運動を500回。
あまりにも簡単なので1時間で終わってしまった。
この寝室から出たら爪を研ぎたい。
騎士たるもの、自分の武器は常に最良の状態で携帯していなくてはならない。
最後にほふく前進を400往復した。
ほふく前進というよりも抜き足差し足というやつになってしまったが、これは隠密行動の訓練になった。
そして、ミラベル姫が肉球にこだわる理由がわかった。
これは実に素晴らしい器官だ。
この手のひらの部分がふくらんでいるおかげで、そおっと歩くと全く音がしないのだ。
狩りの時に獲物に気づかれないようにするためにあるのだろう。
これは我が軍の装備にぜひ取り入れるべきだ。
肉球付き手袋と、肉球付き軍靴。
人間の姿にもどれたら、すぐに軍会議で提案しよう。
......剣は握りにくそうだがな。
さて、毛づくろいでもするか。
身だしなみは大事だ。
ああ、手の間のところを忘れてはいけない。
腹毛も丁寧にしておかなくてはな。
しかし、頭の後ろの部分に舌も手も届かないのはつらい。
ほかの猫たちはどうやっているんだろうか?
会えたら聞いてみるとしよう。
あー、ぽかぽかいいきもちだー。
......。
......。
うん、あの、あれだ。
見ないようにしよう、見ないようにしようとして何時間もやり過ごしてきたわけだが。
気になる。
いま、ミラベル姫は俺の背後で寝ておられる。
騎士として、就寝中の女性、ましてや姫君の寝姿など目にするどころか、近づくことすら許されないと思うのだが。
いつ何時、あの黒魔術師が襲ってくるのかわからない状態にある中、姫君が今どういう状態なのか確かめることは重要なことなのではないか?
いや、決して、決してやましい気持ちではない!
俺は確かに騎士である前に一人の健全な男ではあるのだが!
これは警備上必要なことなのだ!
そうだ、一瞬だけ見よう。
いや、一瞬ではわからないから、3秒間だけ見よう。
よし、いざ!
1、2、3。
可愛らしい足が、かけ布団からちらりと出ていた。
それから胸のふくらみは横になると消えるのだな。
残念な発見だ。
......ではなくて!
寝台の向こう側に大きな窓がある。
あそこは危険だ。
ここは4階だったが鉄格子でもつけるべきではないのか?
俺ならあんなところ簡単に侵入できるぞ。
いや、侵入するつもりはないが。
無防備すぎる。警備担当を厳しく追及する必要があるな。
そしてどのように危険か説明せねばなるまい。
俺が侵入するとすれば、まず外壁を......。
「騎士殿、おはようございます。」
「わああああっ!」
侍女のアリッサがドアの隙間からのぞいている。
「何をそんなにあわてていらっしゃるのですか?」
目つきがするどい。
やましいことは何もない。何もないぞ!
「うむ、急に声をかけられて驚いただけなのだ。ところで、君はずいぶんと朝が早いな。」
「そうですか?まあ、私が5人分の働きをしていますのでいろいろとすることがあるのです。そんなことより、朝食の冷たいミルクと茹でた魚を用意しております。いつもこの時間が朝食と伺いました。お召し上がりください。」
「しかし、この場を離れても大丈夫だろうか?」
「あの変人......白魔術師殿が王族の方々の居城に対魔術師の結界をはられました。この塔の中は安全です。」
「そうか。いつも結界とやらをしてくれていたらよいのに。」
「そのような意見がでましたところ、これには大きな労力がかかる、なんで私が王族なんかのために常に働かないといけないんだ、ばかばかしい、今回は特別だ。とおっしゃっていたとか。」
「あの白魔術師は心臓に毛でも生えてるんじゃないか?」
「さあ、どうでしょうか。さ、こちらへどうぞ。」
後ろ足でのびをしてから、うながされるまま別室のテーブルに用意された食事の前に座った。
ちょうど前足が置きやすい高さの椅子を用意されている。
ありがたい。
恵みの神に祈りをささげ、まずミルクを飲む。
うまい。いつも飲んでいるミルクとは全然味が違う。王室御用達というやつだろうか。まったりとしていて、それでいてくせがない。
俺が食事をしている間、アリッサは忙しそうに走り回っている。
掃除、リネン類の入れ替え、食事の用意。
「なぜ一人でそんなにこなしているんだ?もっと雇えばよいのに。」
「ミラベル姫の居城は就職したくない職場10年連続ナンバー1です。不吉な猫がそこらじゅうをうろうろしていますから。」
「そうか、それで君が一人で頑張っているのだな。すばらしい忠誠心だ。」
アリッサはニヤリと笑った。
「無茶振りを解決する生きがいもあるんですが、他にも理由はあります。あらゆる危険な勤務地を経験されている騎士殿ならばおわかりになるのではないですか?」
「何がだ?」
「人が嫌がる仕事は、給料が高いです。」
「それはまあ、そうだな。割に合わないからな。」
「おかげさまで、私は毎月王族付きの侍女の月給の20倍はもらっています。」
「20倍!」
「もう、笑いが止まりません。」
「そ、そうか。君は猫のことは気にならないのか?」
「本当に不吉かどうかわからないことなど、いちいち気になどしてられません。もし私に不幸が訪れたとしてもお金の力でどうにかなります。金、最強。猫様様でございます。」
そう言ってまた仕事に戻っていった。
たくましいな。
あのたくましさは見習いたいものだ。
食事を再開していると、ガターンッと大きな音がした。
音がするほうを見ると、そこには寝室から出てきたミラベル姫がうずくまっていた。
「ク、クーちゃんがミルクをっ!ミルクをてちてち飲んでるううううううっ!舌がっピンクの舌が出しっぱなしにいいいいいいいいいいーーーーーー!!!!」
だんだんミラベル姫の言動にも動じなくなってきた。
出しっぱなしだと言われた舌をすっとしまった。
「おはようございます、ミラベル姫。先に食事をいただき、申し訳ございません。」
俺は床におり、頭を下げた。
「いいの!いいのよ!クーちゃんの寝姿をじっくり見たり、寝ているクーちゃんをいじくりまわしたりできなかったけど、とってもいいものを見せてもらったわ!」
涙ぐんでおられる。
ぬぐって差し上げたいが、猫ではどうにもならない。
「さあ、今日は何をして遊ぼうかしら?あ、その前にクーちゃんの素晴らしさを引き立てる飾りを選ばなくてはね。首に何かつけてもいいかしら?」
「ミラベル姫のご随意に。」
そういえば首にあった家宝のネックレスは預けたから、首元がなんだか寂しい。
前足で首をなでた。
「おはようございます、姫様。」
「あら、おはよう、アリッサ。素晴らしい朝だわ。」
「それはようございました。湯を用意してございます。騎士殿といちゃいちゃされる前に、湯あみと着替え、食事をお済ませください。」
いちゃいちゃはしていないぞ。
「そうね、まずは入浴しましょうか。」
にゅ、にゅーよーく、ですか。
なぜかドキドキする言葉だ。
「クーちゃんは一緒に......。」
「いやいやいやいやいや!いけません!それは!それは絶対にいけません!一緒に入浴なぞ!」
尻尾がぱたぱたしてしまう。
「何をおっしゃっているんですか?騎士殿。一緒に入れるわけないですよ。」
アリッサのまなざしが氷点下になっている。
「猫は水が苦手だものね、残念だけど一緒には入れないわよって言おうとしたの。」
「そ、そうですか。」
肉球に汗をかいた。
「私がいない間、塔の中で自由に過ごしていいからね。あ、でも塔の一番上の部屋には入ってはだめよ。」
「承知いたしました。」
二人は部屋の奥に行ってしまった。
さて、どうしようか。
とりあえず、塔の中を見回ることにしよう。警備上危険なところがないか確認する必要がある。
部屋を出て、本能のおもむくまま歩きだす。
なぜか足は行き先が決まっているかのように勝手に動いている。
ずんずん進んでいくうちに、なぜか気分がすごくよくなってきた。
塔の上に向かっているみたいだ。窓からきれいな庭が見下ろせる。
高いところは大好きだ。
歌だって口ずさんでしまう。
「あ、それトップオブザワールド~♪」
やがて大きな扉の前にたどり着いた。
ここがもしかして、塔の一番上の部屋だろうか?
入ってはいけないと言われていたが......。
入ろう。
これが猫を殺すと言われる好奇心だろうか?
男はするなと言われると絶対したくなるものだが、猫になったからか、その欲求が抑えられない。
俺は両手で扉をカリカリと引っ張り、少しできた隙間から頭をのぞかせた。
読んでいただき、ありがとうございました。




