5 肉球の紋章
白魔術師のへ部屋にて。
白魔術師ブラッドリー・ウェントワークスは、一通り私たちをにらみつけながら見渡すと、あきらめたように長椅子に座った。
足を組んで偉そうにふんぞり返っている。
そしてその上をシャボン玉のような透明な球体の中に閉じ込められたくさやが漂っていた。
アルシアがティーセットをどこからともなく持ってきたので、アリッサがお茶を入れてくれた。
「今日あなたのところへミラベル様をお連れしたのはほかでもありませんわ。」
アルシアがお茶に口をつけながら言った。
「騎士クラウス・ガーランドが猫の姿になってしまったことと、黒魔術師が現れたということをわざわざ言いに来たんだろう?」
ウェントワークスはこともなげに言った。
「なぜ知っているのだ?」
クーちゃんは驚いて、大きな目がますます大きくなっている。
「あなた、また見ていたんですのね。いえ、見ていただけ、ですわね。」
アルシアは怒っている。
「見ていた?」
私は意味が分からずに首をかしげた。
「この男は水鏡などを使って遠くの出来事を知ることができるのですわ。とんでもないのぞき魔ですのよ。」
「誰がのぞき魔だ。感じたことのない魔術が発動したから様子を探っただけだ。それに、最近は水鏡なんぞ古い道具は使わん。携帯できるサイズの大理石に水晶板をはめ込んだタブレットを使っている。」
そう言って上着の中から手のひらサイズの板を取り出した。
「ミラベル姫も狙われたのだぞ!なぜ助けに来てくれなかったんだ!そうすればきっと黒魔術師もつかまえることができたのに!」
クーちゃんは珍しく怒って尻尾をパタパタと椅子にたたきつけている。
「騎士殿が捕まえられなかった輩を、非力な私が捕まえられるわけがなかろう?」
ウェントワークスは皮肉気に口元をゆがめた。
「貴様!」
飛びかかろうとするクーちゃんを押しとどめる。
「クーちゃん、落ち着いてちょうだい。」
「しかし!もしかしたら姫君にも危害が及んだのかもしれないのですよ!」
「これには彼なりの理由があったのよ、そうよね、術師ウェントワークス。」
同じ引きこもり仲間のことだ、きっと深いわけがあったに違いないと私は思った。
きっと部屋から出るほどのことではなかったのだ。
ウェントワークスは私を見て面白くなさそうに言った。
「ふん、第一王女もただの猫狂いというわけではないようだな。」
「ミラベル様、ほとんどあったことがないのに、よくこの男のことがわかりましたわね。」
アルシアはあせったように言った。
「引きこもりとしての、当然の結果だと思ったの。私が白魔術師だったとしても同じことをしていたと思うわ。」
「私は引きこもりではない。私が出て行くほどのことではないと判断したのだ。」
今まで黙っていたアリッサが異議を唱えた。
「恐れながら申し上げますと、われわれの前で騎士殿は黒魔術師の術により一度命を落とされております。それでもあなた様の出る幕ではなかったとおっしゃるのでございますか?」
そうだった、騎士としてのクラウス・ガーランドは一度死んだのだった。
クーちゃんの神々しさですっかり頭の片隅に追いやられていた事実だった。
一人の人間が命を落としているというのに、ウェントワークスは薄情、というかあまりにも非情だ。
「術死ウェントワークス、クーちゃんを見捨てたということであれば、私は王族としてあなたを非難します。」
私はふつふつと沸き起こる怒りを抑えながら、つとめて冷静に言った。
「騎士クラウス・ガーランドは死んではいない。」
ウェントワークスは淡々と言った。
「死んでいないですって?」
この期に及んでなんということを言うのだろうか。
「しかし、私は確かに騎士殿が息絶える様子を目撃したのですが。」
アリッサが慌てて言った。
「いいや、それは死んだように見えただけだ。」
「死んではいない......。」
クーちゃんは呆然としながら言った。
「そう簡単に人が死んでたまるか。魔術はそんなに万能なものではない。」
「私は確かに黒い霧のようなものに包まれて.......。」
「それはこんなものだっただろう?」
ウェントワークスが手首をくるりと回すと、そこから黒いもやが現れた。
「それは!」
それは私たちが目撃した黒魔術師が放ったものにそっくりだった。
皆は息をのんでそれを凝視している。
「一体どういうことですの?あなた、黒魔術も使えたのかしら?」
「そもそも魔術とは自然にあるエネルギーを凝縮したり膨張させたりし、他の空間に移すことで作用させる術だ。白か黒かというのはその自然エネルギーをどこから持ってくるかという違いでしかない。つまり......。」
「長くなりそうだから簡潔に言ってくれませんこと?」
ウェントワークスはアルシアをぎろりとにらむと、ため息をつきながら黒いもやを消してしまった。
「黒魔術に分類される術は、術師に大きな負担がかかる、ハイリスクでローリターンな術だ。そんなものわざわざ使う馬鹿は時代とともにいなくなった。今回現れた黒魔術師というものはまれに見る大馬鹿だ。今頃魔術の反作用に苦しんでいることだろう。」
「だから、一体どういうことですの!?」
「人間一人を殺そうとすればそれだけ膨大なエネルギーがいる。それほどのエネルギーはあの時感じられなかった。だから、死んでいないということだ。」
「じゃあどうして私は猫の姿に変わったのだろうか?」
クーちゃんはじっと自分の肉球を見つめている。
「知らん。」
「何よ、わからないんですのね。」
「わからないんじゃない、知らない、と言ったんだ。」
「同じですわ。」
「違う。」
ウェントワークスは立ち上がると、クーちゃんの前に立った。
「この首飾りに何か要因がありそうだ。だが、何がどう作用しているのか......。」
顎に手をあて考え込んでいる。
「これは我がガーラント家の家紋で、代々当主が身に着けているネックレスなんだが。」
私はその紋章を見て驚いた。
「ちょっと待ってちょうだい、これって、これって!」
「何か知っているんですの?」
「肉球だわ!肉球を模した素晴らしい紋章だわ!」
大きな黒い丸の上にそれを囲むように小さい黒い丸が配置されている。
私は思わずその紋章を両手で握りしめた。
「ミラベル様......。」
「ミラベル姫......。」
アルシアとクーちゃんはなぜか呆れている。
「これを調べてみたい、何かわかるかもしれん。借りても?」
「ああ、頼む。」
私の発見は無視され、ネックレスはウェントワークスに渡された。
そしてウェントワークスは嬉しそうに別室へと行ってしまった。
「噂通りの変わった人ね。」
「ミラベル様も負けてませんわ。さあ、今日はとりあえず帰りましょう。何かわかればまた知らせますわ。」
私たちは自室へ戻ることにした。
今日は本当にいろんなことがあって疲れてしまった。
一番はあの恐怖の階段をのぼったのがきつかった。
寝したくを整え、寝室に向かう。
「さあ、クーちゃん一緒に寝ましょうね。」
「ねっ寝る?!」
びゃっと毛を逆立てたクーちゃんをぎゅっと抱き上げた。
「ミラベル姫!お待ちください!な、何をおっしゃっているのですか!」
「一緒に寝るのよ。」
「いけません!私は男ですよ!」
「?そうねえ。」
何を慌てているのかしら。
ベットにこしかけて、クーちゃんをそっと下した。
でもすぐにクーちゃんは部屋の隅に行ってしまった。
「男はけだものです!」
「まあ、猫はけものといえばそうよね。」
「そういう意味ではなく!とにかく、姫君が、未婚の姫君が男と一緒に寝るなど!」
「早くこちらにいらっしゃい。」
優しく呼びかけるけれど、なぜかプルプルと震えている。
寒いのかしら?
ふぁあ、とあくびをしながら私は横になった。
「わ、私は今は夜行性ですので!姫君の寝ずの番をさせてもらいます!」
ああ、まぶたが重たい。
もう限界。
私はあっという間に眠りについてしまった。
読んでいただき、ありがとうございました。




