4 アルゴール王国の三大引きこもり
やってきたのは常識人。
「なるほど、騎士がそのような姿になってしまった経緯はわかりましたわ。」
アルシアは真剣な顔で頷いた。
「それでは、私の話を信じてもらえるのですね!」
クーちゃんは目を輝かせた。
「簡単に信じることはできませんが、貴方のような国王に選ばれし騎士がウソをつくとも思えませんわ。」
アルシアは眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
「やっと、やっとまともな人と話ができた!」
「心中お察しいたしますわ。」
「では、さっそく陛下にこのことを報告に行きましょう。」
「いえ、その前に白魔術師に相談した方がいいかもしれませんわね。」
「白魔術師に?」
「ええ、私も今まで何度か魔術に関する事件に巻き込まれたことがあるのだけれど。」
それは初耳だった。
「事を大きくしない方がよいこともあったので。」
「そうですか。」
クーちゃんは神妙に頷いた。
「まずは魔法省に行きましょう。」
「しかし、一体誰に相談すれば。」
「筆頭白魔術師、ブラッドリー・ウェントワークスに会いに行きますわよ。」
部屋の空気が固まった。
ブラッドリー・ウェントワークスは稀代の白魔術師でありながら、人嫌いの皮肉屋で、国王であろうと態度を改めない変人として有名だ。
「私、思い出したくもないですけれど、あの男とは何度か行動を共にしたことがありますの。嫌味な男ですけれど、魔術がかかわることに関してはあの者の右に出るものはいないはずですわ。馬鹿だけど、頭はいいんです。あの男は。」
アルシアは苦々しい顔つきで言った。
「私は魔術師というものたちは少し苦手なんだが、この際しかたがないですね。ぜひ彼に相談したいです。」
クーちゃんはただでさえ丸い手をぐっと握りしめた。
「そうなのね、行ってらっしゃい。」
私はひらひらと手を振った。
「ミラベル様。あなたも来るんですのよ!当事者でしょうが!」
「嫌よ!やっと部屋に戻ってきたのに!もう出たくないわ!私は猫たちと遊んでいるからあなた達が行ってきてちょうだい!」
「させるかあっ!」
私は走って隣の部屋に逃げ込もうとしたけれど、アルシアにすぐ羽交い絞めにされてしまった。
「アリッサ、助けてー!」
私の助けを求める声に反応し、アリッサが動いた。
そしてアルシアを羽交い絞めにした。
「お嬢様、姫様を離さない限り、私はあなた様を離しません!」
なにか違う気がするけど、とりあえずアルシアの締め付けがゆるんだ。
「馬鹿ね!私を誰だと思っているの!これくらいのことでは私は動じませんわよ!」
「アルシア!首!首がしまるーーーー!」
ゆるんだアルシアの腕が今度は首を絞めつけてきた。
「あら、ごめんあそばせ。」
首に巻き付いていた腕が離れたと思うと、今度は腰の肉をグイッとつかまれた。
「いやあー、痛い痛い痛い!」
「くっ細い腰ですわね!うらやましいいいいいーーーーー!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ女たちにクーちゃんがぽつりと言った。
「あのー、そろそろ行きませんか?」
私はクーちゃんを腕に抱き、アリッサとアルシアとともに魔法省のある魔法塔へとやってきた。
国中から優秀な白魔術師があつまって、なにかわからないが、仕事をしているらしい。
もちろんここを訪れたのは初めてだ。
私は目も眩むほど高い塔を見上げて、回れ右をした。
「ミラベル様、何を帰ろうとしてるんですの?」
すぐにアルシアに捕まえられてしまった。
筆頭白魔術師ということは、最上階の部屋にいるはずだ。
あそこまで登らないといけないの?
見ただけで足が痛い。
それにあまり知らない人とは会いたくないというのが本音でもある。
「あの、やっぱり、彼の方から来てもらうっていうのはどうかしら?」
「却下ですわ。あの男を待っていたら、皆寿命が尽きてしまうでしょうね。」
塔の中に入りたくなくてうじうじしていると、アルシアが心配そうに言ってきた。
「ミラベル様、あなたの大事な騎士猫の命にも関わることですわよ。今はたまたま猫の姿で生きているようですが、黒魔術の影響が彼の心身にどのように作用しているかはわかりませんわ。命に関わることもありえます。少しでも早く見てもらうべきですわ。」
「命に関わる!?」
私は驚いてクーちゃんを見た。
クーちゃんも目を見開いて固まっている。
「それは最悪死ぬかもしれないということでございますか?」
アリッサが言った。
「とにかく魔術というものを素人がどうこうできるものではないということですわ。」
「大変!早く行きましょう!」
私は慌てて塔の中へ入った。
目の前には、延々と続く階段がそびえたっていた。
「これを登るのね。」
覚悟を決めて一段ずつ踏みしめていく。
「私は自分で歩いていきます、姫下ろしてください!」
「いいから、クーちゃんはじっとしてなさい。」
「しかし!」
クーちゃんを死なせるわけにはいかない!
そのためにはこんな階段、なんともないわ。
後ろからはアリッサ達の話声が響いてきた。
「お嬢様、こういう階段があった場合、たいていの物語では魔術なんかであっという間に目的地に着くものではありませんでしたか?」
「残念ながら、これはなんの魔術もかかっていないただの階段なの。」
「なぜですか!」
珍しくアリッサが泣き言を言っている。
「あのバカ、じゃなかった、ウェントワークスが許可していないからよ。簡単に自分の部屋に人がこれないようにしているのよ。」
「なるほど。」
「さあ、心を無にして登るのよ。いつかは最上階につくわ。」
それから私たちはもくもくと階段を上って行った。
「や、やっとついたわね。」
膝がわらっている。
「ミラベル姫、大丈夫ですか?」
座り込んでしまった私を、クーちゃんが心配そうにのぞき込んできた。
「息が、切れるわ......。」
はあはあと息を整える私の周りをクーちゃんは行ったり来たり、ぐるぐると回っている。
「ミラベル様、部屋に引きこもってばかりだからこれくらいのことでへばってしまうんですのよ。鍛錬がたりませんわ。」
アルシアは仁王立ちしている。
「それにひきかえ、アリッサはさすがね。」
アリッサも汗一つかかずに静かに控えていた。
「5678段の階段など、忙しい侍女にとっては運動にもなりません。」
おかしい、この人たちは絶対におかしい。
ふつうはこんなにたくさんの階段をのぼったら足腰が立たなくなるわよ!
「さて、それじゃあ始めましょうか。」
アルシアは苦しんでいる私を放置して、大きな扉の前にたつと、ガチャガチャと何本かの鍵を選び出した。
「たぶん鍵は付け替えられているだろうけれど、念のためやってみますわ。」
慣れた手つきで鍵を差し込んでいるが、どれも合わなかったようだ。
「なぜお嬢様が白魔術師様の部屋の鍵をお持ちなのですか?」
アリッサの質問に、アルシアは遠い目をして答えた。
「私が引きこもりミラベル様を部屋から引きずりだしていることに目を付けた大臣たちに、ウェントワークスも引きずり出してほしいと泣きつかれたのよ。一年前くらいから、私はこの男を会議なんかに連れていく役を押し付けられているんですわ。」
「それは、大変でございますね。」
「どちらかだけでも自主的に部屋から出てくるようになってほしいですわ。」
アルシアは、ふうううーーーー、と重いため息をついた。
「さて、想定通り鍵は付け替えられているようだったので、作戦を変更しますわ。」
アルシアは腰の小さな袋から何かをごそごそと取り出した。
「一体、何をなさるんですか?」
アリッサははしゃいでいる。完全にこの状況を楽しんでいるようだ。
それよりも私が苦しんでいるのを無視しないでほしいわ。
クーちゃんだけが、大丈夫ですか?と首を傾けながら心配してくれている。
やめて!今は可愛いポーズはやめて!せっかく整ってきた息がまた苦しい!
「鍵を開けられないのならば、中にいる人間を扉を開けなくてはいけない状況に追い込もう!作戦!」
アルシアが取り出したのは、袋に密閉された薄くて茶色い干からびたような物体だった。
「そ、それはまさか!」
アリッサは驚いている。というよりもむしろ、恐れている。
「そのまさか!これはくさや!これを今からこの扉の隙間から中へ放り込みますわ!」
「くさや?」
なんのことだろうか?
「姫様、くさや、とは南方の海洋国家に伝わる魚の干物でございます。その特徴は、ぐうっ。」
「な、何これすごいにおい!」
アルシアが袋を開けたとたん、超個性的なにおいが漂ってきた。
クーちゃんは泡を吹いて倒れていた。
かわいそうに!
猫は人間よりも嗅覚が発達しているから、私たちよりも強烈なにおいをかいでしまったんだろう。
そっと抱き起してあげた。
「着火!」
アルシアは「くさや」に火をつけると、扉の下のわずかな隙間からそれを滑り込ませた。
「ぐうあっ!」
ドン!
ガラガラガラ!
扉の向こうで何かが倒れる大きな音が響いた。
たっぷり10秒間沈黙が流れる。
「くおおのバカ娘がああああああああああーーーーーーーーー!」
バアン!と扉が開かれた。
中から出てきたのは、細身で長身の、爬虫類を思わせるような鋭い目つきをした若い男だった。
黒い長髪は一つにまとめられていて、右目にも前髪がかかっている。
なんとも怪しげな風貌の男は、めちゃくちゃ怒っていた。
「貴様!毎回毎回わけのわからん嫌がらせをしてきおって!今日という今日は許さんぞ!」
アルシアに食って掛かっている。
「ごきげんよう、ブラッドリー・ウェントワークス。さあ、皆さん、中に入ってちょうだい。」
言われるまま私とクーちゃん、アリッサはさっと部屋の中に入った。
あれ、「くさや」はどこかへ行っている。
においはまだ少し残っているけれど。
「おい!誰が入っていいといった!」
「散らかっているけど気にしないで。適当にその辺の長椅子にでも座ってちょうだいね。」
「勝手に私の部屋で何をしている!」
「ウェントワークス、突っ立てないで、あなたもこちらに早く来てくださらない?」
慣れた様子のアルシアとは対照的に、ウェントワークスは顔を引きつらせている。
「それで、この方がアルゴール王国三大引きこもりのうちの一人、筆頭白魔術師ブラッドリー・ウェントワークスさまですか?」
アリッサがアルシアに問いかけた。
「そうよ、ああ、この部屋に今三大引きこもりのうちの二人がそろっていますわね。奇跡ですわ。」
そういえば、私もその三大引きこもりと言われていた気がする。
「本当!すごいことだわ。引きこもり仲間として、その極意をうかがいたいわ。」
私はお仲間に出会えた嬉しさに思わずはしゃいでしまった。
「ミラベル姫......。」
なぜかクーちゃんは呆れてしまっている。
「貴様ら全員すぐに出て行けーーー!」
ウェントワークスの声がむなしくこだました。
「くさや」はウェントワークスがおいしくいただきました。
お読みいただきありがとうございました。




