3 吾輩は猫ではないし、名前もクーちゃんではない
ミラベル姫は黒猫を自室へ連れて行きました。
私は上機嫌で可愛い黒猫を抱えたまま部屋に入った。
「さあ、ここが私の部屋よ。」
塔とそのまわりの庭園が自分のものだけど、プライベートルームとして使っているのはこの部屋と寝室くらいだ。
あとは猫たちの自由なスペースとしている。
「あなたは私の理想だわ。だから、ずっと一緒に暮らしましょうね。」
普段は自由を好む猫たちを縛りつけるのが嫌で、なるべく自然体で暮らせるようにしているが、この黒猫は離したくないほど可愛い。
私はまだ眠ってしまっている猫の頭をゆっくりとなでた。
なんという手触り!
ふわふわでつるつるで!
ずっと触っていたい!
「ふにゃっ。」
猫が目覚めたようで、目をしばたかせると、あたりを見回して、警戒するように鼻をひくひくさせている。
警戒中の猫も可愛い!
「目が覚めたのね。」
「ミラベル姫!」
声をかけると、焦ったように体をくねらせ、腕の中から逃げ出そうとしている。
だけど、私は猫の扱いには長けている。
絶対に腕の中からは逃さないように更に強く抱きしめた。
「逃げようとしても無駄よ。さあ、もっとなでなでさせてちょうだい!」
「わー!姫!おたわむれを!」
腕をバタバタさせているが、おかまいなくほっぺたですりすりする。
はあ、至福!
暴れる前足によってぽにゃぽにゃと肉球が頬に当たる。
「に、肉球ーーー!!」
黒猫は肉球もすべて黒かった。
素晴らしい!
これは芸術品だわ!
たまらず肉球をぷにぷにする。
気持ちいい。
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに。
「はっふぁっ!姫!おやめください!こそばゆいです!」
「いやよ!」
さらにぷにぷにしていると、黒猫は、ふしぁーっと言って、牙をむいた。
「きゃあっ!」
そのスキに猫は腕の中からは離れていってしまった。
「姫様に牙をむくとは。」
アリッサが怒ったように言った。
黒猫はといえば、豪奢なテーブルの上で尻尾をぴんっとたてて、まるでこちらを睨むように鋭い瞳で振り向いていた。
「はああっ。」
かっこよくて、凛々しい。
なのに可愛い。
なんなの、この最強の生き物は!
私はめまいをおこし、ふらり、と床に座り込んだ。
「姫!」
慌てて黒猫は私のそばまでやってきて、心配そうに見上げてきた。
そのくりくりとしたつぶらな瞳で上目遣いは反則よ!
「そこの侍女!早く姫君の介抱を。」
その上、私の体まで気を使ってくれるなんて、なんて健気なの!
この興奮は収まらない!
はあああ!胸が苦しい!
「大丈夫でございます。ちょっと興奮が過ぎてらっしゃるだけですので。」
「しかし、ミラベル姫は病弱だと聞いている。行事などにも参加できないほど虚弱体質だと。」
あら、私はそんなふうに言われてたのね。
どうやらさぼったのをアリッサが上手くごまかしてくれた結果だろう。
「私は大丈夫よ。いまのはあなたのあまりの愛らしさにくらっときてしまっただけだから。」
「私は愛らしくなどありません。」
黒猫は憮然としている。
「いいえ!あなたは可愛い過ぎる猫なのよ!」
「私は猫ではありません!」
ちょっと怒ってしまった。
そこにアリッサがすかさず
「どこからどう見ても猫ですが。」
と追い打ちをかけた。
「私は栄えあるアルゴール王国の十騎士の一人、クラウス・ガーランドです!」
クラウス・ガーランド。
素敵な名前!
「それじゃあ、あなたはクーちゃんね。」
「クーちゃん……。」
クーちゃんは首を落として黙り込んでしまった。
「あら?クーちゃん、その首に下げているものはなにかしら?」
いまさらだけど、クーちゃんの首には丸いコインのようなものが下げられている。
「ああ、これは我が家の家紋で、代々当主が持っているネックレスなのです。5つ黒丸の紋章です。」
クーちゃんは誇らしげにそれを見せてきた。
そんな姿がほほえましい。
こんなに表情豊かな猫は他にはいない。
ずっと見ていたい。
「あー、ところで、ミラベル姫。」
「なにかしら?」
「国王陛下にこのことを急ぎ報告せねばなりません。」
「そうね、あなたとはずっと一緒に暮らすんだもの。もういわば家族よね。お父様にもお知らせしなくては。」
「違います!不覚にも黒魔術師を取り逃がしたこと、それから私がこのような姿に変わったということでございます!」
「それは別に言わなくていいのじゃない?」
「なぜですか!あの黒魔術師がまた誰かを襲うかもしれないのですよ!王族の方々が狙われている可能性もあるのです!」
「大丈夫よ。皆それぞれ自分の身は自分で守るだろうし、近衛の人たちも無駄にいっぱいいるんだから。」
「ただの襲撃者ではないのですよ!黒魔術師というのは、100年前にいなくなっていて、今は一人もいないはずなんですよ!」
「ふぅん。」
あまり興味がないのでどうでもいい。
生返事をしていると、クーちゃんはこんどはアリッサに訴え始めた。
「君もなんとかしてくれ!これは国家の一大事だ!」
にゃにゃにゃにゃにゃにゃ、と焦っている。
可愛い。
「騎士殿、もしも尊き方々の身を守れないようなことがあれば、それはその役目を追っているものの不手際。我々がどうこうというものではございません。」
「しかし、事前に情報があれば防ぎようがあるかもしれん。」
「普通ではない黒魔術師相手なのですから、対策をしても無駄なのでは?」
「君の職業観念はどうなってるんだ!」
「わたくしは、王族の方々のクソみたいなワガママをどのようにうまく処理するか、といことが生きがいなのでございます。ですので今は姫様のご希望を叶えて差し上げるのが私にとって一番重要なことなのです。」
クーちゃんは開いた口がふさがらない、といった感じだった。
やがてクーちゃんはトボトボと歩いていき、ソファーの上にとんっと乗った。
そして人間のように座り、足のあいだに尻尾をはさんで、それを両手できゅっとつかんだ。
耳はペしゃんと下がってしまっている。
「っっっっっっーーーー!」
あまりの可愛さに私は声なき叫びを上げた。
ああ、神様!
ありがとうございます!
「ああ、神よ、俺は一体どうしたらよいのだろうか……。」
一方クーちゃんはうなだれている。
「アリッサ!このクーちゃんのしょんぼり可愛さを永遠に残さなくては!今すぐ宮廷絵師を呼んでちょうだい!」
「かしこまりました。」
アリッサがうやうやしく頭をさげ、部屋から出ていこうとすると、扉の鍵がガチャガチャとなった。
そして、カチャッと鍵が開く音がした。
ここは私のプライベートルーム。
そう簡単に開けられる扉ではない。
嫌な予感がして私はさっとアリッサの陰に隠れた。
それと同時に、重たい扉が勢いよくバアアーーンと開かれる。
「っるるああああああーーーーーー!!!ミラベル様ああああーーー!まーた茶会をすっぽかしてくれましたわねええええええーーーーーーー!!!!!」
どす黒い怒りのオーラをまといながら部屋に殴り込んできたのは、アルシア・アップルビー公爵令嬢、私の2つ違いの従妹だった。
彼女は豊かな金髪を複雑に編み込んだ髪形をし、流行のドレスに身を包み、きらびやかな装飾品であらゆる部分を飾っている。
こうしてみると私よりもよっぽどお姫様のようだが、腰には大量の鍵と庭師たちが使うような小袋を下げていてそこだけが異様に目立っている。
そういうわけで、彼女は「鍵姫」とも呼ばれている。
彼女が大量の鍵を持っている理由、それは引きこもりの私を部屋から無理やり引っ張り出すためだった。
彼女が鍵を開けるたびに、アリッサに新しい鍵につけかえてもらっていると、それを開けるためにまた鍵を作り、を繰り返しているとどんどん増えていってしまったらしい。
「今日という今日は、もう許しませんわよ!やっと部屋から出るように苦労して説得したというのに、結局出席なさらないんだもの、私の努力を無駄にしないでくださいませ!」
ドスドスと肩をいからせて私に近づいてくると、アリッサを押しのけて、私の腕をむんずっと掴んできた。
「さあ、今からでも遅くはありませんわ。わたくしと一緒にまいりますわよ。」
「い、いやよ!私は今日は行きたくないわ!」
「今日は、ではなくて、今日も、ですわよね。問答無用!」
「助けてー!アリッサーー!」
ずるずると扉の方へと引きずられながら、アリッサに助けを求めた。
「お待ちくださいませ、お嬢様。」
すかさずアリッサがアルシアの前に回り込む。
「なによ、邪魔するなら容赦しませんわよ。」
「姫様は、茶会どころではないのでございます。」
うやうやしく頭を下げる。
「はああああああああんんんんんん?」
アルシアはおよそ貴族の令嬢とは思えないほど顔をゆがませ、アリッサに凄んでいる。
「第一王子主催の茶会よりも重要なこととは一体なにかしら?」
「我々の前に黒魔術師が現れ、姫様を狙ったのです。そして、姫様をかばった騎士殿が死んで、猫へと生まれ変わりました。」
「......。」
「姫様はこれからその猫との生活のための準備があるのでございます。」
「いかにも全く流行らない劇のあらすじみたいね。それに、後半は何を言っているのかわけがわからないわ。」
アルシアはまた私の腕をグイッと引っ張った。
「お待ちください!」
そこへ、クーちゃんが隠れていた椅子の下からかけてきた。
アルシアに驚いてとっさに隠れていたのね、もう、可愛い!
「先ほどの話は本当のことなのです。私は、騎士、クラウス・ガーランド。また黒魔術師が現れ王族のかたが狙われるかもしれないのです!」
「......猫が、しゃべってる?」
アルシアは口をポカンと開けて固まっている。
「どうか私の話を信じてください!」
クーちゃんは両手を合わせて、お願いポーズをしている。
心臓を撃ち抜かれた。
アルシアは、はああ、と重たいため息をつくと、
「とりあえず、話を聞きましょうか。」
と言った。
お読みいただき、ありがとうございました。




