騎士、よっぱらって猫になる
実はロマンチストでもあるという話。
短いです。
アルゴール王国では、王族が婚姻する場合、結婚式の日までの一ヶ月間は、花嫁と花婿がけして会ってはいけないというならわしがある。
誰がそんな非情な決まり事を作ったんだ!
そういうわけで、俺はここ三週間、ミラベル姫と会っていない。
来たるべき結婚式のためとはいえ非常につらい。
つらいしストレスがたまるので、気を紛らわせようといつもより鍛錬を念入りに行っていたら、なぜか俺が筋肉を鍛えないと死んでしまうという噂が流れ始めた。
変な噂を流さないでほしい。
くそっ!あと一週間も姫に会えないなんて!
俺はいつもの大衆酒場で安い酒をあおっていた。
「そんなに飲まれては、体によくありませんよ、ガーランド様。何事も、ほどほどが一番なんですから。」
隣にはたまたま居合わせた武器商人のラルフがいる。
若いながらに立派に家業を継いでいるラルフは、商人というよりも、学者のような風貌をしている。
「ああ、すまない。つい、な。」
「いいえ。ですが、まさかあの鬼神のごとき騎士と言われるガーランド様が、このような姿をさらされるとは、本当に恋というものはすごいものですね。」
やめてくれ、そう面と向かって言われるとすごく恥ずかしい。
俺はグラスに残った酒を飲み干して、代金をカウンターに置いた。
「今日はもう帰ることにする。変なところを見せてしまってすまなかったな。」
「いいえ、ガーランド様もちゃんと人間だったんだな、とわかって嬉しかったですよ。」
なんだそれは。
俺はラルフに手を振って店を出た。
夜ももう遅い。
人出がまばらな通りを歩いて騎士塔に帰っていると、途中で色鮮やかな花が陳列された店に男たちが集まっていた。
男たちは嬉しそうに花束を買っている。
なるほど、皆恋人に贈る花を買って言っているのか。
興味本位でのぞいていると、ふと可憐な小さな白い花が目に入った。
ミラベル姫によく似合いそうな花だ。
渡せるはずはない。
けれど思わず一輪だけ買ってしまった。
これを持って昔の歌劇のように、姫の住む塔の下で、バルコニーから姫が出てくるのを一晩中待ってみようか?
いやいや、俺は馬鹿か。
柄にもないことをするものではない。
こんなことを考えるなんて、相当酔っているな。
しかし、いつもは理性によって抑えられている本能が、酒のせいで鈍っていることを感じる。
せめて、この花だけでも渡したい。
いや、本当は一目でいいから会いたい。
いつの間にか、小走りになっていた。
王宮に近づき、人通りがなくなった暗い道を月明かりが照らしている。
会いたい、会いたい、会いたい。
胸が苦しくて、熱くなってくる。
体が縮んでいくのを感じる。
俺はまた猫になっていた。
誰にも言っていないのだが、黒魔術師の事件が解決した後も実は何度か猫になったことがある。
それは決まって夜で、朝になると元の人間の姿に戻るという一時的なものだった。
猫になった時に落としてしまった白い花をそっとくわえて、俺は走り出した。
目的地はもちろん姫のもとだ。
人間ではないから、誰にもとがめられることもなく王宮に入れるし、一直線に姫の住む塔へと向かうことができる。
回廊を横切って、あっという間に塔についた。
木に登って二階の部屋のバルコニーへと乗り移る。
そこからいくつかのバルコニーを使って上へと登って行く。
猫だから、簡単にピョンピョンと行けるのだ。
姫の部屋のバルコニーについたら、俺は窓を爪でカリカリと引っかいた。
すぐに音に気付いた姫がこちらにやってきた。
はじめは驚いた顔をしていたが、すぐに満面の笑顔になると、急いで窓を開けてくれた。
「クーちゃん!あなた、クーちゃんなのね!」
そういって俺を抱えると、ぎゅっと抱きしめてくれた。
嬉しくなって、ゴロゴロとのどを鳴らした。
そして、口にくわえていた花を姫の顔の前に持っていく。
「え?これを私に?ありがとう。」
やっぱり姫にはこの花が良く似合う。
「ずっと貴方に会いたかったの。会いに来てくれて嬉しいわ。」
姫、俺もだ。
ゴロゴロ言いながら、頭を姫の体にこすりつける。
しばらくそうしていると、姫の顔に何かきらりと光るものがつたっていった。
泣いているのか?
俺はなぐさめたくて、あわてて涙の粒をぺろりとなめとった。
「やだ、嬉しすぎて涙が出てきちゃった。」
恥ずかしそうに頬を赤く染めている。
姫の気持ちをしずめてあげたくて、俺は姫の顔や手をぺろぺろと何度もなめた。
ほかの猫をグルーミングしてあげる要領だ。
「クーちゃん、お願いよ、今日はずっと一緒にいてちょうだい。」
もちろんだ!
俺は姫と一緒に寝台に上がった。
姫が俺の体を優しくなでてくれてとても気持ちがいい。
ゴロゴロ言いながら、姫の隣で丸くなる。
そして、姫が寝静まったのを見届けて、俺も眠ってしまった。
ずいぶんと酔っぱらって理性をなくしてしまっていた俺はすっかり忘れてしまっていた。
朝になれば、人間の姿に戻ってしまうということを。
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