12 黒きネコミミ
クーちゃんが、騎士クラウス・ガーランドに戻ってから一か月がたった。
あれから彼には会っていない。
一度会おうとしたら、故郷に帰省しているので会えず、せっかく振り絞った勇気も無駄になってしまった。
それ以来なかなか出会うきっかけがつかめず、ただ日にちだけが過ぎていた。
アリッサは足首を見せろ!といっていたけれど、やっぱり、それよりも一度謝るべきよね。
ああ、でも謝るにはまず会わないといけないけれど、話しかける勇気が出ない!
アリッサが言うようにあちらから話しかけてもらうように、こちらに注意を引き付けるようなことをすべきかしら。
堂々巡りで答えは出ない。
「ふう。」
思わずため息が出てしまう。
今日はただでさえ国王主催の舞踏会に強制参加というだけでも気が重いというのに。
髪の毛を結い上げられて、重たい飾りをつけられ、装飾が付いた動きにくいこれまた重たい絹のドレスを着せられて、かかとの高い靴を履かされている。
拷問だわ。
こんなに着飾ることに意味があるのかしら?
男の人もこういう靴を履いてみて、どれだけ歩きづらいか知るべきよ!
唯一私の気を紛らわせてくれるのは、アリッサに着けてもらった扇の要についている、猫の尻尾型の白いファーだった。
本物にはかなわないけれど、これを撫でているといくらか気分も晴れてくる。
今日の舞踏会には、ガーランド卿も参加するらしい。
話しかけるには今日は絶好の機会だ。
ああ、でも......。
私専用の控室で、侍女が呼びに来るのを待っているけれど、今からでもここから逃げ出してしまいたい気分だ。
「ああ、どうしたらいいのかしら。」
つい独り言を発してしまうと、向かいに座っているアリッサも言った。
「本当に、どうしたらいいのでしょう。」
「私から話しかけるべきよね、謝罪を最初にして......。」
「やはりそろそろドルコム国の軍事商会への投資はやめた方がよさそうですね。フリスクリプ連合王国の債権回収部隊が動き出しましたか。よりによってフリスクリプからも融資を受けていたとは。リスク分散のつもりでドルコム国には投資していましたけれど、あのもはや軍隊ともいえる部隊が動き出したのならば、もううまみはなしですね。」
「ううっでも話しかけても無視される可能性もあるわよね。」
「それにしても、フリスクリプがあまり締め付け過ぎなければよいのですが。ドルコム国は追い込まれると何をするかわかったものではないですからね。我が国も国境線の警備を強化すべき時が来ましたか。」
「って、アリッサはさっきから何をブツブツ言ってるのよ。」
私がアリッサを見ると、彼女は<アルゴール経済新聞>を眉間にしわを寄せながら読んでいた。
「姫様こそ、何をうじうじもじもじと芋虫みたいにしているんですか。どうせまだ騎士殿のことで悩んでらっしゃるんですよね。もじもじしていいのはローティーンエイジャーまで!成人女性は当たって砕けろですよ。一発決めてらっしゃいませ。ファイト・一発!」
新聞から目も離さずに言ってくる。
扱いが雑だ。
「砕けたくないからうじうじしてるんじゃない!アリッサの鬼!」
「では、砕けてもすっぽんみたいに騎士殿の腰にしがみついて離れないようになさいませ。そのうち騎士殿もあきらめて相手をしてくださいますよ、たぶん。」
「そ、そうかしら?」
「さあ、知りませんけれど。」
「どっちなのよ!」
わめく私にアリッサは呆れたようにこちらを見ながら、新聞を折りたたんで机に置いた。
「しかたありませんね。年長者として、姫様に最後のアドバイスを。人生は一度きりです。つまりは、楽しんだもの勝ち。やらないで後悔するよりも、やって後悔する方が気持ちも楽ですし、その後の人生にいい経験として役に立ちます。」
「......なるほど。」
「私もそれで何度くやしい思いをしたことか!投資しようか迷っていた弱小商会が、投資をしなかったら一年後には三十倍の利益を生み出す大商会となっていたことがあるんですよ!なぜ、私はリスクを恐れたのか!」
こんなにくやしがっているアリッサを初めて見た。
でもまあ、やって後悔した方がいい、という言葉には勇気をもらった。
「よ、よし。私、やってみるわ。」
「その意気です、姫様。」
「今日がだめでも、明日またトライするのよ。」
「あきらめたら負けです。」
「そうよ!私は負けない!この勝負、勝たせてもらうわよガーランド卿!待ってなさい!」
うまく乗せられた私は、意気揚々と舞踏会会場に向かったのだった。
なんなのよーこの人の多さは!
ぜんっぜん誰がどこにいるのかわからないじゃない!
舞踏会のフロアはごった返していた。
肝心のガーランド卿はどこにいるのか全く分からない。
私はフロアよりも数段高い王族の貴賓席に座っているけれど、そこから見渡してもそれらしき人物は全く見当たらない。
それどころか、フロアをじろじろと見ているものだから、いろんな人と目があってしまい恥ずかしい。
扇で顔を隠すことにした。
それでもいろんな視線を感じてしまう。
引きこもりの猫姫が社交界に顔を出していることがよほど珍しいのだろう。
やっぱり帰りたい。
ガーランド卿もいないみたいだし、人々の熱気でこもった空気が熱くて気分も悪くなってきた。
もう帰ろうかと顔を上げた時、正面の扉から騎士服を着た数人が入ってきたのが見えた。
その中の一人は、黒髪に濃紺の騎士服、ガーランド卿だ。
彼は隣にいた人物から数枚の紙を受け取ると、丁寧に折りたたんで胸にしまった。
眉間にしわを寄せて、厳しい表情をしている。
なにか緊急事態でもあったのだろうか?
そのまま目で彼らを追っていると、騎士の集団はあっという間に着飾った若い女性たちに囲まれてしまった。
そのうちの一人がガーランド卿にすり寄っている。
金髪の豊かな髪をこれでもかと飾り立て、胸繰りの大きく開いた赤いドレスを着た美人だ。
そしてあろうことかその女性はこれでもかと盛り上がった胸を、ガーランド卿の腕に押し付け、彼にしなだれかかっている。
ガーランド卿はといえば、苦笑いしている。
おのれーーーー!私のクーちゃんになんたる破廉恥を!
このおっぱい星人が!
二人を引き離そうと思わず立ち上がったとき、ふとガーランド卿と目があった。
だけど彼はすぐにふい、と目をそらせてしまった。
ショックです。
悪夢の、あなたとは顔もあわせたくありませんぷいっ、が現実のものとなってしまった。
完全なる戦意喪失。
敗兵は去りゆくのみ。
私はフロアから背を向け、王族用の扉から出て行くことにした。
そして部屋に向かって帰りだす。
自分の塔に向かうには、王宮の中庭の回廊を通らなくてはならない。
誰もいない回廊を、とぼとぼと歩いていたときだった。
遠くから足音が聞こえてくる。
なんだろうと振り返ると、ガーランド卿がこちらに向かって走ってきていた。
鬼の形相で。
「ひいっ!」
私は思わず逃げ出した。
「姫!お待ちください!」
「いやああああああっ!」
どんどん足音が近づいてくる。
この靴は走りにくい!
私は靴を脱ぎすてて走り出した。
「ミラベル姫!なぜ逃げるのですか!」
「あなたが追いかけてくるからでしょおおおおおおーーーーっ!」
引きこもりの私ではすぐに追いつかれてしまう。
私はアルシアに追いかけられるときに身に着けた、回廊の柱に隠れるという作戦を実行した。
ガーランド卿が回廊を駆け抜けていくのを見送って、私は中庭を横切ることにした。
裸足だと草がちくちくして痛いけど、この際仕方がない。
中庭の中央には噴水があるので、そこでひとまず休むことにした。
運動不足がたたってなかなか息がととなわない。
噴水のふちに手をついて、ふう、と一息。
あんな風にいきなり全力で向かってこられてはびっくりする。
まったく、心臓に悪い。
こちらはまだ心の準備ができていないというのに!
「ミラベル姫、こんなところにいらっしゃったのですか。」
「ひいっ!」
驚いて振り向くと、全く息が切れていないガーランド卿が立っていた。
なんでここにいるのがこんなに短時間でわかったの!?
「ちょっ、ちょっと待って!息を、息を整えさせて......。」
「大丈夫ですか!」
おろおろしながらも私を噴水のふちに座らせてくれた。
ううっ優しい!
さすがは元クーちゃん!
「ふう、落ち着いたわ。ありがとう。」
「急に走り出されたので驚きましたよ。」
いや、あなたが急にすごい顔で追いかけてくるから本能的に逃げてしまったんだけど。
「忘れものです。そのままでお風邪でも召されてはいけません、履かれてください。」
ガーランド卿は私が脱ぎ捨てた靴を持ってきてくれていた。
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「あ、ありが......。ええっちょっと!そんなことしなくていいのに!」
ガーランド卿はひざまずいて私の足についた泥を落として、靴を履かせてくれた。
あまりの恥ずかしさに固まってしまう。
「さあ、これでいいですよ。」
両足に靴を履かせてくれると、満足そうにうなずいて立ち上がる。
彼につられて私も立ち上がった。
気まずい。
気まずい沈黙に耐えられない!
なにか、なにか話さなくては!
私がもじもじしていると、ガーランド卿は懐から白い紙を取り出して何かを確認すると、咳ばらいをした。
「えー、あの......。つ、月が綺麗ですね。」
「?」
今日は曇りで月は出ていないけれど、何が言いたいのだろうか?
「しかし、月よりも、あなたのほうがもっと、き、綺麗です。」
「は、はあ......。」
棒読みで褒められた。
どう反応したらよいのか混乱していると、ガーランド卿も焦りだした。
「ええっと、それから、髪形も流行の最先端ですね、きっとあなたがすべて女性たちのあこがれの的になっていることでしょう。ドレスだって、あなたほどそのデザインを着こなせる人はいない。あー、それから、くそっ、なんだったっけ?」
後ろ手に組んでいた手にはまだ先ほどの白い紙が握られていたらしい。
それをちらりと見て、また話しだした。
「私はあなたの瞳の、と、虜になってしまったのです。あなたのためなら、死んでもかまわない。」
一気にまくしたてると、よし、言えたっ!と拳を握りしめている。
「......え?」
「え?」
何が起こっているのかさっぱりわからない私は目をしばたかせた。
急にガーランド卿が慌てだした。
「あいつ、嘘つきやがって!ぜんぜんダメじゃないか!」
紙をぐしゃぐしゃとにぎりつぶして、髪をかきむしっている。
「あのう、一体どうされたのですか?」
様子のおかしい彼におそるおそる尋ねてみた。
「私はあなたの美しさをほめたたえているつもりなんです!」
「ええっ!」
思いがけない言葉に、顔が赤くなってしまった。
あわてて扇で顔を隠した。
「あの、私はぜんぜん美しくはないんですけど、嬉しく思います。ありがとう。」
そう言うのが精いっぱいだった。
今日は着飾ってきてよかった。
たとえ嘘でも嬉しい。
私は初めてわかった。
このために女性は着飾るのだと。
どうしよう、私もお返しになにか彼を誉めることを言ったほうがいいだろうか?
足がびっくりするほど速いですね、とか?
いや、それは何か違う気がする。
つい扇についている尻尾型ファーをいじくってしまう。
「おや、それはもしや、猫の尻尾ですか?可愛らしいですね。」
「え?あ、わかります?こうしたら絶対可愛くなると思ったんです!アリッサに作ってもらったんですよ。」
猫アイテムに気付くなんて、さすがは一度猫生を生きただけはあるわね!
嬉しくなって尻尾をプラプラと振ってみせた。
「でも、黒い尻尾ではないんですね。妬けます。」
「あ、もしかしてガーランド卿も尻尾型ファーが欲しいの?良かったら作って差し上げますよ。どこにつけるおつもり?」
「えっ、私は別に欲しいわけでは......あー、いえ、ぜひお願いいたします。剣帯につけます。」
「素敵!できたらすぐにお持ちしますね。」
よし!これで次も会う口実ができたわ!
がぜんやる気が出てきた!まず、足首を見せて、腰に抱き着いてすっぽんのように離れない!
いや、その前にまずは謝らなくては。
「あのー、ガーランド卿、私、あなたに言わないといけないことがあるの。」
「はっ、何でしょうか。何なりとお申し付け下さい。」
彼は直立不動で私の言葉を待っている。
そんなにかしこまらなくてもいいのに。
「この前は、あなたにひどいことを言ってしまって、ごめんなさい。私が愚かだったの。あなたは立派な騎士だわ。これからもこの国をお願いいたします。」
もっとうまい言い方があるのに、なんだか尊大な物言いになってしまった。
「ええっと、つまり、あなたは私なんかよりも、ずっと素晴らしい人なので、やっぱり騎士であるべきというか......。」
うまい言葉が見つからずに最後はしりすぼみになってしまった。
ああっ、ちゃんと紙にでも書いて練習しておけばよかった!
「それはつまり、もう私のことはいらないということでございますか?」
ガーランド卿は眼光鋭く聞いてきた。
「え?そういう話ではなくて、ひどいことを言ってしまったことを謝りたかったのよ。」
急に雰囲気が変わってしまった彼が怖くなって、後ずさりをしてしまった。
その私の足元にガーランド卿が片膝をついてひざまずき、頭を下げた。
「ええっ!ちょっと!何してるの!やめてちょうだい!」
騎士は、国王にしかひざまずかない。
国王にだけ忠誠を誓う存在だからだ。
「ミラベル姫、どうか私を拒まないでください。私はあなたを、お慕いしております!」
「え、えええええーーーーーーーー!」
あまりの出来事に大声を挙げて固まってしまう。
「そのように驚かれるとは、心外です。猫のようにはいきませんが、代わりに私は猫を大事にするあなたを一生をかけて守りたいのです。私を生涯の伴侶としてお選びください。」
これはもしかして、もしかしなくても、プロポーズ?!
とりあえず謝ることを第一に考えていた私には衝撃が強すぎる。
「あなたは、私を嫌っていたのでは?」
「まさか!なぜそのような......。私が勝手に出て行ったからですか?しかし、あれは私にとっても苦渋の決断だったのです。このように人間の姿に戻らなければ、あなたに求婚することもできなかったので。」
嫌われていたわけではなかったんだ。
良かった。
「ミラベル姫、私はあなたをあきらめません。そして、あなたの隣に誰かほかの男が立つことも許しません。」
まさか。私と結婚したいと思う男性が現れるなんて思えないけれど。
不吉と言われる猫を飼い、引きこもりの猫姫と言われる私と。
「ガーランド卿、どうか、顔を上げてください。そして、お立ちになって。私になど、ひざまずかないで。」
私は彼の肩にそっと手を置いた。
やがてのろのろと、彼は立ち上がった。
「姫、私は......。」
くやしそうに顔をゆがめている彼を見て、私は微笑んで見せた。
「私も、あなたと結婚したいです、ガーランド卿。」
「ミラベル姫!」
「でも、二人の関係は、姫と騎士では嫌です。」
「わかりました。私に猫になれとおっしゃるのですね。このクラウス・ガーランド、姫の前では常に猫になりきってみせます。お任せください。猫の生態については少々自信があります。」
「そうじゃないわよ!怖いことを言わないで!そうではなくて、お互いが依存するような関係ではなく、ともに人生を歩んでいけるような、そんな関係になりたいのです。だめですか?」
「姫、あなたという人は......。」
ガーランド卿は目を見開いて驚いていた。
「もちろんです、どうか私とともに生きていただきたい。」
「よろしくお願いしますね。」
「はい!」
どちらからともなく、手をつないだ。
しばらく私はうっとりと彼を見つめていたけれど、ガーランド卿は急に右手を離して胸元から何かを取り出した。
「ミラベル姫の気が変わらないうちに、これをお渡ししたい。」
彼が見せたのは、ガーランド家の紋章のついた指輪だった。
「肉球の紋章!」
思わず前のめりになってそれを凝視してしまう。
「これを代々妻になる女性には送っているのです。私はこれを取りに故郷まで帰っていたため姫にお会いするのが遅くなってしまいました。」
もう彼が何を話しているのか全く耳に入ってこない。
ただ苦笑いしているのはわかった。
「今日ほど我が家の紋章がこのデザインでよかったと思ったことはありませんよ。さあ、つけさせて下さい。」
彼が私の左手の薬指にそれをはめてくれた。
ため息をつきながら肉球をみていると、ふと私は丸い紋章の上に黒い三角が二つついていることに気が付いた。
「ま、まさか、これって......。」
「ミラベル姫、どうされました?」
「これってネコミミーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
あまりの衝撃にふらり、と体が倒れる。
「姫!大丈夫ですか!」
ガーランド卿はそんな私を優しく抱き留めてくれた。
「どうやら、うまくいったみたいですわね。」
「はたから見ると、ロマンチックな恋人同士の抱擁ですが、大方姫様が猫発作を起こされたんでしょうね。」
回廊の柱の陰から、アルシアとアリッサが二人の様子をうかがっていた。
「猫についても、ウェントワークスが、不吉ではなく、むしろ悪しき魔術をはねのけるものだと説明してくれるみたいですし、ミラベル様に対する今までの不当な評価もなくなるはずですわ。」
「二人がいつまでもうじうじしているから面倒でございました。やっとくっつきましたね。」
「めでたし、めでたし、ですわね。」
「あ、騎士殿が姫様をお姫様抱っこで連れて行きました。」
「あなたは侍女として抗議に行かなくてよろしいんですの?どこへ連れていかれるかわかったものではありませんわよ。」
「騎士殿は基本生真面目ですのでその辺は心配無用でございます。」
「さあ、どうかしらね?」
二人が見えなくなるまで、アルシアとアリッサは二人を見守っていた。
これにて本編は完結です。
お読みいただき、ありがとうございました。




