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猫愛ずる姫君  作者: 月乃渚
本編
11/16

11 さよなら、クーちゃん

 黒魔術師が放った黒い矢がこちらに向かって飛んでくる。

 もうだめだ、と目を閉じる。

 だけど何の衝撃も起らなかった。

「ぎゃああっ!」

 代わりに黒魔術師の叫び声が聞こえた。

 おそるおそる目を開けると、黒魔術師は床に倒れていて、その上に黒い何かが乗っている。

「クーちゃん!?」

 どこからともなく現れたクーちゃんが、黒魔術師に襲い掛かったようだった。

「あれはミラベルの猫なのかい?」

 エドモンド兄様が剣を振り回しながら聞いてきた。

 剣が当たりそうになるからあまりこちらに寄らないでほしい。

「知り合いの猫です。」

 私の猫ではない。

 彼は騎士なのだ。

「そうか。なかなか動きの良いよく訓練された猫だ。あの魔術師が放った矢も弾き飛ばしていたよ。」

「弾き飛ばす?」

 まさかあの時のように矢の直撃を受けたのだろうか?

 だったらなぜ今は平気なんだろうか。

「貴様、一度ならず二度までもミラベル姫を襲うとは、覚悟はできているだろうな。」

 クーちゃんは聞いたこともないような怖い声で言っている。

 後ろでぼそりと、

「私も襲われたんだけどなあ。」

 とエドモンド兄様がつぶやいていた。

「クソっ!なんだお前!なんで僕の術がきかないんだ?」

「だまれ!」

 クーちゃんは爪の出た前足で黒魔術師ののどをドン、と床に抑え込んだ。

「ぐっ。」

「もしまたミラベル姫を狙った時は、この身がたとえ果てようとも、貴様を八つ裂きにし、二度と日の当たる場所で暮らせぬようにしてくれる。いいな!」

「クーちゃん......。」

 私はその言葉に感激してしまった。

「なんでだ!体が、動かない!」

 黒魔術師は体を起こそうとしているようだが、うまくいかないようだ。

 そこにエドモンド兄様が近づいて行った。

「お手柄だよ、猫君。まるで姫君を守る騎士のようだ。さて、魔術師君、君は一体だれなのかな?顔を拝ませてもらおう。」

 穏やかな口調とは全く正反対の、鋭い剣さばきで黒魔術師の顔を覆っていた黒いローブを切り裂いた。

「貴様、子供じゃないか!」

 クーちゃんは驚いて声を上げた。

 黒魔術師は、13歳か14歳くらいのまだあどけなさが残る、そばかすがある大きな目をしていた。

 燃えるようなオレンジ色のウエーブがかった髪は、短く切りそろえられている。

「おや、君の顔には見覚えがある。ロビン・トレイナー、トレイナー男爵の次男だったね。」

 エドモンド兄様は、どん、と剣を彼の顔の横に突き立てた。

「くそっ!」

 ロビン・トレイナーは左手を大きく振り、黒い霧を自分の体のまわりに充満させた。

「おおっと。」

 エドモンド兄様はステップを踏むように後ろに飛びのいた。

「クーちゃん!」

 クーちゃんは、まだ黒い霧の中にいる。

 私は血の気が引いて、座り込んでしまった。

 どうしよう、クーちゃんが危ない!

 ここでただ見ていることはできない。

 何とか立ち上がると、私は黒い霧に近づこうとした。

 突然、足元を小さな白く光るさいころのようなものが転がっていった。

 それは黒い霧にぶつかると、小さく折りたたんでいた紙が広がるようにだんだんと大きくなり、やがていくつもの細い線状の光が黒い霧をおおってしまった。

 そして、一度眩しく光ると、そこから現れたのは、白い檻に囲まれたロビン・トレイナーとクーちゃんだった。

 ロビン・トレイナーは何が起こったのかわからない様子で、ポカンと口を開けたまま固まってしまっている。

 クーちゃんはそんなロビン・トレイナーを、フーッと威嚇していた。

「なるほど、やはり私の仮説は正しかったようだ。黒魔術は猫には効かないし、黒魔術師は猫に対して無力になる。」

 声がした方を振り返ると、お父様の寝台の下の隙間から、白魔術師ウェントワークスがずるずるとはい出てきていた。

「何してるの!?」

「見てわからないか?隠れていたところから出てきている。」

「そうじゃなくって、どうしてそんなところに入ってたのって意味よ!」

 ウェントワークスは立ち上がると、私を無視して白い檻に近づいて行った。

 そして、クーちゃんだけを檻から出してあげていた。

「なぜ檻から出すのだ!私はまだこいつをひっかいたり、後ろ足でけったり、噛みついてやりたいのに!」

 尻尾でパタパタと抗議している。

 それも無視して、ウェントワークスはロビン・トレイナーを見下ろしながら言った。

「300年前の大戦以来敬遠され、やがて忘れ去られていた黒魔術を再び復活させた、その潜在能力の高さは褒めてやろう。だが、魔術師と呼ぶにはあまりに未熟、その上やることといえば幼稚な自己顕示のみ。実にくだらない。私が用意した罠にもあまりにも簡単にとらえられ、無様な姿をさらすとは、見ているこちらが恥ずかしい。」

 あまりに辛辣で冷たい物言いに、ロビン・トレイナーはうつむいてしまっている。

「ちょっと、全然私には話が見えないけど、どういうことなのか説明してくれるかい?罠とはなんのことなのかな?」

 エドモンド兄様はにこにこしながら言った。

 でも、オーラが怒っている。

「自分が襲った覚えのない国王が、黒魔術によって倒れたと聞けば様子を探りにくるかとと思って、そもそもはってもいない結界を解いたという情報を流したら、のこのこと現れたということだ。」

 のこのこではなく窓を割って入ってきたけどね。

 というか、結界ははってなかったのね。

「おい、待て!ということは、父上が倒れたというのは、お前がこの黒魔術師を捕らえるためについた嘘だということか?」

 ディミアン兄様は、さっきの攻撃で打ったらしい左肩を押さえながら、ウェントワークスに詰め寄った。

「嘘というか、狂言だな。」

 ウェントワークスはどうでもよさそうに答えた。

 皆が一斉に国王の寝台に目をやると、そこには寝間着姿で仁王立ちしているお父様がいた。

「あーはっはっはっはっはっはっはーーーーーーーー!我が子らはわしの素晴らしい演技にだまされおって!まだまだ修行が足りんぞ!」

「父上!」

 ディミアン兄様が頭を抱えた。

「ああ、しかしミラベルには気づかれておったようだな。あぶないところだった。」

「お父様はいつも私を部屋から出すために、病気のふりをして呼びだされますもの。またそれかと思ってましたから。」

 私はこそはもうこの手を止めるよう抗議に来たつもりだった。

 まさか、ウェントワークスと罠をはっていたとは思わなかった。

「ところで、この魔術師の処遇はどうするんだ?」

 ディミアン兄様は言った。

「私がこの場で死刑を執行してあげよう。」

 エドモンド兄様が剣をかまえた。

「ええっ!!僕が、死刑に?」

 ロビン・トレイナーはすっかり意気消沈していて、子供なだけに可哀想に思えてきた。

 おびえた表情で膝を抱えている。

「お待ちください、刑を与える前に、彼の言い分も聞くべきではないでしょうか。確かに彼は死刑に値する罪を犯しましたが、どんな人間にもその行動には原因があります。」

 クーちゃんがエドモンド兄様を止めた。

「猫君、まるで裁判官みたいなことを言うんだね。それにこの第一王子に意見するとはなかなかに度胸があるじゃないか。」

 エドモンド兄様はクーちゃんに剣を向けた。

 それにはひるむことなく続けた。

「私は騎士、クラウス・ガーランドです。この黒魔術師の少年の術にかかり、不甲斐なくもこのような姿にこの身を変えておりますが、騎士として殿下にご注進いたします。殿下は未来の国王となられるお方。過ちを犯した者の考えこそお聞きください。彼もまた、この国を形作る一員なのでございます。」

 クーちゃんは深々と頭を下げた。

「その偽善的な物言い、たしかにガーランド卿のようだね。最近姿を見ないと思ったら、まさか猫になっていたとは。しかたがない、騎士に言われたとなれば私もそれにこたえなければならないね。さあ、ロビン・トレイナー、君の意見を聞かせてもらおうか。」

 エドモンド兄様は剣を鞘におさめた。

 今、ロビン・トレイナーは四方をエドモンド兄様、ディミアン兄様、ウェントワークス、クーちゃんに囲まれてすっかりおびえてしまっている。

「ちょっと!相手は子供なのよ、そんなにおじさんたちに囲まれていては言いたいことも言えないじゃない。はいはいはい、離れて離れて。」

 私は見ていられなくなっておじさんたちと子供の間に割って入った。

「おじさんではないよ。」

「おじさんではない!」

「なんで私がおじさんなんだ。」

「おじさんではありません!」

 皆が声をそろえて言った。

「このくらいの子にとっては成人男性は皆おじさんよ。さあ、どうしてこんなことをしたの?話してくれないかしら?」

 私はロビン・トレイナーに目線を合わせるように座り込んで彼に話すようにうながした。

「僕だって、家を継ぐ能力はあるんだ。その努力もしてる。家のためにいろんな意見も言うのに誰も聞いてくれない。誰も僕のことをちゃんと相手にしてくれない。僕は兄さんに何かがあった時のためのスペアでしかないんだ。

 」

 ディミアン兄様が息をのんだ。

「それで、もう何もかも嫌になって......。勉強した魔術でいろんなものを壊してやりたくて。僕だって人ができないことができるんだって見せつけてやりたかったんだ。」

「あなたはお兄さんのことが嫌いなのね?」

 私は聞いてみた。

「違う!兄さんのことは嫌いじゃない!なんでもできるし、誰にでも優しいし、尊敬してる!僕では一生かなわないことはわかってる!だけど......。」

 そういって、口をつぐんでしまった。

「なんだ、やっぱり子供のくだらない自己顕示欲じゃないか。承認欲求を満たしたかっただけだ。だから最初から言っていたではないか、これは大したことではないから騒ぎ立てるなと。」

 ウェントワークスが吐き捨てるように言った。

「よし、話も聞いたし、死刑執行。」

「兄上!お待ちください!」

 ディミアン兄様が珍しくエドモンド兄様に反対した。

「どうか、死刑はおやめ下さい。私には彼の気持ちが痛いほどわかるのです。誰かに自分を見てほしかったのです。彼のことは、私に任せてもらえませんか。彼はまだ子供だ。これからいくらでもやり直せます。どうか、お願いいたします。」

「えー、ディミアンは王族にたてついた奴を許せというのかい?」

「違います、許すのではありません。彼にはきちんと罪を償いさせます。ですが、彼には自分の居場所を作ってあげたい、というか、うまく言えませんが、私は彼の味方でいてやりたいと、そう思ったのです。」

 いつになくディミアン兄様が弱気だ。

 何とも言えない沈黙が落ちた。

「あのー、君たち、わしのこと、忘れてない?」

 その沈黙を破ったのはお父様だった。

「あ、お父様のことすっかり忘れてたわ。」

「ひどくない?!ってゆーか、この中でわしが一番偉いのに、なんで皆勝手に話を進めちゃってるわけ?」

 お父様は寝台をおりて、檻の前にやってきた。

「すみません、父上。すっかり存在を忘れておりました。」

「エドモンドまで!お前たちはいつもいつも冷たくて、パパ悲しい!最近はチェルシーもパパきらーい、くさいし。とか言い出したし!わしめっちゃ首の後ろとか洗ってるのに!」

 地団太を踏み出した。

 50歳に近づこうかという年齢の人間がすることではないよね。

「ねえ、そんなに臭くないよね?君、ゴビーだったっけ?え?違う?ロビン?最近物忘れがひどくてさあ。ロビン君、わし、加齢臭してないよね!?」

「え?......え?」

「父上、おやめください。彼が困ってしまっています。」

 ディミアン兄様が助け舟を出した。

「父上は加齢臭はしておりません。」

 これがディミアン兄様の優しさか。

「え、そう?よかったー。」

 まずい、このまま放っておくと、ノンストップおっさん独壇場が始まってしまう!

「でも、わしの枕を洗うのを侍女が嫌が。」

「お父様、それよりもこの子のことをどうするか決めてください。」

 私はお父様がなにか言いかけた言葉を遮った。

「え?ああ、そうだったな。えーっと、話は聞かせてもらった。つまり君は今、反抗期真っ只中。青春真っ盛り!いいじゃん!」

「何が!?」

 思わずつっこんでしまった。

「反抗!レジスタンス!何かわからないぶつけどころのないイライラ!すべてを壊してしまいたい衝動!若いっていいよね~。もうおっさんになると立ったり座ったりすることさえも面倒でもう、流されるままでいいか~って思っちゃうけど、こういう青臭い行動を目の当りにすると、元気をもらっちゃうな~。」

「お父様の年寄り発言はどうでもいいですから、どうするんですか?」

「ロビン君のことはディミアンに任せるよ。ロビン君、お兄さんのいうことをよく聞いて、元気にすくすく過ごしなさい。そして、暴れたくなったらいつでもそのむしゃくしゃする若き熱いパトスを、この中途半端なじじぃにぶつけておくれ!」

 両手を広げて、檻に覆いかぶさっているから、ロビン・トレイナーは端っこに身をちじこませてしまった。

「父上、彼がおびえております。はしゃがないでいただけませんか。」

「えー。」

 お父様は口をとがらせてすねている。

 単純に気持ち悪い。

「まあ、とにかく、世の中たちの悪い大人がたくさんいるけど、幸い君は一番たちが悪い人間がひしめき合ってる王宮に関係を持つことになってしまったんだ。どうしようもない大人たちにふれて、もっとたちの悪い大人になりなさい。あ、そうだ、魔術のことは、ウェントワークスに任せたぞ。彼を一人前にしてあげなさい。」

「また面倒なことを。まあいい、しっかりこき使ってやるから、覚悟するがいい、小僧。」

 ウェントワークスは悪人顔でにやりと笑った。

 ご愁傷さま。

「おい、ウェントワークス、ひどいことはするなよ。」

 ディミアン兄様がさっそく世話をやき始めた。

 珍しいこともあるんだな。

「やれやれ、久しぶりに人が切れると思ったのに、残念だったなあ。」

 エドモンド兄様はそう言って部屋を出て行ってしまった。

 私は、やれやれとため息をついた。

「あのー、とりあえず、ひと段落ついたようなので、私のこの姿をもとに戻していただきませんか?」

 クーちゃんが両手を合わせてお願いポーズをとっている。

「ああ、そうだったな、もう人間の姿に戻っても大丈夫だろう。君の体に黒のエネルギーを超える光のエネルギーを与えればもとに戻ることはわかったからな。さっそくとり行おう。」

「ありがとうございます。」

 クーちゃんは無事に、もとの人間の、騎士クラウス・ガーランドに戻ってしまうんだ。

 その瞬間を見たくなくて、私は急いでお父様の寝室を出て行った。

 さよなら、くーちゃん。














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