10 黒魔術師の襲来
「あああああーーーーーっ!クーちゃんに嫌われてしまったわーーーーーーー!」
私は床に崩れ落ちてしまった。
クーちゃんが昨日からいなくなってしまった。
きっともうこんなところにはいたくないと思ってどこかへ行ってしまったのだろう。
「まあ、たしかに昨日の姫様の騎士殿へのお言葉は、あの方の人格を否定したととらえられても仕方のないものでございましたね。」
アリッサは淡々と言った。
「私だってあんなこと言いたかったわけじゃないのよ?だけどクーちゃんが私と一緒にいたくないっていうようなことを言うから腹がたってしまったの。」
「正確には猫のままここにいるのではなく、早く元の人間の姿に戻りたいと、しごくまっとうな希望を言われておりましたが。」
「クーちゃんが黒猫でいなくなるなんていや!」
「姫様がお望みであれば、私がすぐに騎士殿を捕まえるよう各所に手配して、二度とこの部屋からは出られるようにいたしますが、いかがですか?」
「......それはいや。これ以上嫌われたくないもの。」
「ではもう騎士殿のことはお忘れなさいませ。黒猫ならば他にも山ほどおります。話す猫というのはなかなかおりませんが。」
「クーちゃんのことを忘れることなんてできないわよ。」
うずくまってうじうじとしている私に、アリッサはため息をついた。
「私だって、どうしたらいいのかわからないのよ。だって、どうしたらいいの?私はクーちゃんに一緒にいてほしいのに、クーちゃんは人間に戻って私とは一緒にいたくないと思ってるんだもの。」
「では姫様、こうお考えなさいませ。騎士、クラウス・ガーランド卿は、黒猫クーちゃんが人間の姿になったものなんだと。」
「クーちゃんが、騎士に?」
「そうでございます。騎士殿が猫の姿になったことと、同じことでございます。」
「......す。」
「す?」
「すてきいいいいいいいいいーーーー!」
クーちゃんが騎士に?あの凛々しい騎士に!?
頭がくらくらしてきた。
そういえば、ガーランド卿は濃紺の騎士服を着ていたわね。
クーちゃんによく似合っていたあの首につけてあげたリボンと同じ色だ。
黒い短髪をすっきりとまとめ、鼻筋の通った精悍な顔立ち。
がっちりとした長身でありながらどこか優雅さも感じられるいでたち。
「いやだ、心臓がどきどきしてきたわ。」
私はほてっきた頬を両手でおさえた。
クーちゃんにすぐ会いたいような、でも会うと恥ずかしいような、不思議な気持ちがする。
ああ、でももうクーちゃんは私には会いたくないだろうな。
「やっぱり嫌われてるから、もう会ってはくれないかもしれないわね。というか、会うのが怖いわ。」
なぜあんなに意地悪なことを言ってしまったんだろう?
今更後悔したところでもう遅い。
会ったとしても、もうあなたとは話したくもありません、と、ぷいっと顔を背けられるのではないかと想像するだけで涙が出そうだ。
「会ってまずはこの前のことを謝って、許してもらわないといけないけど......。」
途方にくれていると、何やら考え込んでいたアリッサが口を開いた。
「では、やはり姫様は騎士殿が猫でも人間でも一緒にいたい、と思ってらっしゃるんですよね。ならば話は早いですよ。」
「そういうことになるけど、どうすればいいの?」
「騎士殿をオトすのでございます。」
「落とす?」
「姫様にメロメロのゾッコンにさせるのです。」
「はあ?」
思ってもいなかったことを言われて、私はぽかん、と口を開けてしまった。
「姫様、今後一生騎士殿とお会いできなくてもよろしいのですか?」
「それは嫌だけど......。」
「では腹をくくって騎士殿に挑まなくてはなりません。攻略するのです。これは男と女の戦争です!よろしいですね!」
アリッサがいつになく気合が入っている。
その気迫におされて、つい、ええ、と返事をしていまった。
「じゃあ、まずはクーちゃんに謝罪をしてそれから......。」
「いいえ!いけません!こちらが下手に出る必要はございません。間違えても、こちらから追いかけてはいけません。」
「でもやっぱりこの前のことを怒っているだろうから素直に謝らないと。」
「怒りを超える感情を沸き起こさせるのです。ですが、追いかけては逃げてしまいます。こちらを追わせるのです。」
「何を言ってるのかよくわからないけど......とりあえず、追いかけてもらわないといけないのね。」
「そうです!そのためには話しかけずとも相手の気をこちらに向けるあらゆるテクニックがございます。社交界の女性は大抵身についてらっしゃるんですが、姫様は何といっても引きこもり、女の武器をお持ちではございません。」
私は立ち上がり、テーブルについてメモを取ることにした。
アリッサの言葉にうなずきながら、女の武器、とメモする。
「扇で顔を半分ほど隠しつつ、目くばせをする。相手の前にわざとハンカチを落とす。涙を流す。上目遣いで見つめる。胸を強調して見せつける、などがございますが。」
なかなかきわどいことをしないといけない。
「なにより大事なのは、自分自身の一番の魅力的な部分はどこなのかをよく知り、ここぞというときに使うことなのです。」
「たとえば?」
私が質問すると、アリッサは突然スカートを太ももまでたくし上げた。
「ええっ!」
そこから現れたのは、真っ白で均整の取れた国宝級の美脚だった。
眩しい!
大人の色気!
「す、すごいわ、アリッサ。とっても素敵で綺麗な足をしてるのね!」
「これが私の最終兵器です。おわかりいただけましたか?」
私はぶんぶんと頭を縦に振ってうなずいた。
女性の私でも見とれる、素晴らしい美脚だった。
「でも、女の武器はわかったけど、私はどうすればいいの?私はあなたみたいに綺麗な足はしていないし。」
「最終兵器はそう簡単に出すものではございません。それに、姫様のチャームポイントはいずれ姫様自身が気づかれるでしょうから、それを見つけてから磨き上げるべきです。今回は、そうですね、扇で顔を隠しつつ、流し目、そしてちらりと足首を見せる、これです。」
アリッサがして見せてくれた。
「さあ、姫様もやってみてください。」
私は椅子から立ち上がって、アリッサがしたようにしてみせた。
「扇はもっと顔に近づけて、目はもう少し開き気味に、スカートはそんなに上げなくて結構です。床から4センチくらいで、そう、そうです。」
「こ、これでクーちゃんも落ちてくれるかしら?」
「もちろんでございます。」
「私、なんだかバカみたいじゃない?」
「とんでもございません。」
アリッサは絶賛してくれたけど、やっぱりこれはどうだろうか、と思ってしまった。
美女がするなら効果はあるだろうけど、私がしても鼻で笑われるんじゃないかしら?
マタタビでもぶら下げて行ったほうがよほどマシな気がする。
姿勢を戻してスカートをはたいていると、部屋の扉が五回たたかれた。
火急の用があった時の合図だ。
すかさずアリッサが部屋を出て行った。
嫌な予感がする。
すぐにアリッサが戻ってきた。
「一体どうしたの?」
「国王陛下が黒魔術師に襲われ、重体との連絡がございました。」
「なんですって!」
私はすぐにお父様の部屋に向かうことにした。
「お父様!」
国王の部屋に入ると、天蓋付きの豪奢な寝台の横にはすでにエドモンド兄様とディミアン兄様が来ていた。
「おや、ミラベル、お前も来たんだね。」
エドモンド兄様がいつもと同じ微笑みを浮かべながら、挨拶をするように言ってきた。
「お前、何をしに来た?邪魔だ、さっさと部屋に帰れ。」
ディミアン兄様は眉間にしわを寄せてイライラしている。
そんな二人を押しのけて、私は寝台に寝ているお父様を覗き込んだ。
青白い顔をして、苦しそうに目を閉じている。
「部屋で休まれているときに、突然現れた黒魔術師に襲われて倒れてしまったらしいよ。結構ひどいけがをおわされたらしくてね、絶対安静にと医師から言われているんだ。」
エドモンド兄様が説明していた。
私はお父様に向かって大声で言った。
「お父様!何をのんびりとねてらっしゃるんですか!起きてください!」
「おい、やめろ!何をしているんだばかもの!兄上の話を聞かなかったのか?父上になにかあったらどうするつもりだ!」
ディミアン兄様が私の腕をつかんで寝台から引きはがした。
「お父様がこれくらいのことで倒れたりされるわけがないわ!私たちのことをだましているのよ!」
「そんなわけがあるか!父上がそんなことをなさるわけがない!おかしなことを言うな!」
言い返そうとした時、突然窓ガラスが割れて、黒いローブで顔まで隠した黒魔術師が部屋に飛び込んできた。
回廊で会った黒魔術師に間違いなかった。
兄様たちは剣を抜いて構えている。
「一体国王陛下の部屋に何の用かな?窓から入ってくるとはずいぶんと行儀が悪いね。」
エドモンド兄様が言った。
「これは、一体どういうこと?」
黒魔術師はあの不思議な声で聞いてきた。
「うーん、実にナンセンスな返事だなあ。それはこっちが聞きたいんだけど。」
エドモンド兄様はひょいと肩をすくめた。
「貴様が父上を襲ったんだろうが!」
ディミアン兄様が黒魔術師に切りかかった。
しかし、剣は届くことはなく、ディミアン兄様はあの黒い霧に吹き飛ばされてしまった。
「ディミアン兄様!」
どんっと部屋の扉にぶつかって倒れてしまった。
「お前ら、僕をからかっているな。許さない!」
黒魔術師は私とエドモンド兄様に向けて、黒い矢を飛ばしてきた。
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