私は乳母で、私達が働いているのは勇者様(笑)パーティではなく、勇者託児所(笑)みたいですね。
「頭がとってもお豆腐みたいな貴方にもよーく分かるように言ってあげると、あのさ、ここ、魔王城の近くの森なの。でね、この人たぶん高位の魔族。状況分かる?アホみたいに恋だとか愛だとか言ってる場合じゃないの。命の問題。で、私はあんたが勇者様が好きだろうが、なんだろうが、関係ないの。一ミリも好きじゃないし。むしろ仕事じゃなかったら、まっぴら御免だから。」
立て板に水を流すように息継ぎなしで一息で言い切れるよう、大きく息を吸って、一気にまくし立てたら、さすがにミーシャも目をきょとんとさせて黙ってくれた。
空気を読まない魔族は、
「俺、やる気ないから」
と、まだまだ大爆笑のツボを堪能中。満足いただけているようで何より。
「それで?」
とりあえず、害意がないにしても、神官さんと賢者様にだけは少なくとも早急に連絡とれるようにしないと、と、左手で魔力を練って連絡を試みつつ、右手をこめかみに当てて、小首をかしげる。
「あなたのアホな主張のせいで、私達のパーティは高位魔族を引き寄せてる。それは分かる?」
「でも」
「でもじゃないの。あんたが私をこんなところに連れてきてお門違いの主張をした結果、私達二人の元に高位魔族が出てきてる。この現実は、あんたの愛しい勇者様とやらの命も危険にさらしてることになるんじゃないの?」
「勇者様なら、」
「他力本願で自分でやりもしないくせに、何でどうにかなるなんて信じてるの?」
「…」
「私に話を持ってくる前に、もっと他にやるべきこと、あるんじゃないの?」
「あ、貴方の…」
「私の何?私達はちゃんとやるべき役割果してるよ?何もできてないどころか賢者様の足引っ張ってる貴方が、偉そうに見当違いなご意見とやらを言っているせいで、パーティー全員に危険かも知れない人を呼び寄せた。ここまでで何か反論ある?」
「私は、私は、精一杯…」
「精一杯頑張ろうがなんだろうが、仕事なの。これは。私達は結果出さないとダメなの。遊びで魔王討伐に行くわけでも、サークル活動でもないんだから。真剣に命を懸けて働いてるの。皆。貴方は何が出来るの?昨日まで何してた?自分が賢者様に助けられていることすら分からない?私や神官さんがどれだけフォローしているかもちっともわかってないの?で、挙句、勇者様を愛しているからもっと戦わせろ?愛し合ってるんだから?羨ましい?はっ?!」
「ゆ、勇者様に言いつけてやるんだから!」
はーっ。
思い切り大きな溜息が口から出ていく。
「言えばいいじゃない。それで?何て言うの?」
「い、苛めてくるって!!」
「馬鹿なの?!貴方以外の全ての人が不可欠なこのパーティで、貴方のその一言で何かが変わるとでも思っているの?何より私はやられたら3倍以上にして返す主義だけど、覚悟は出来てるんでしょうね?証拠は?苛めてるってのは何を根拠に?」
あまりにも幼稚な反撃に思わず手加減なしで突っ込んでしまう。
苛めてくるって!幼児かっ!?
ここは学校に上がる前の子を預かっている託児所か何かか!?
小学校の低学年でこの世界に転移させられたけど、同級生達ですら、もっとまともだったよ?!
あまりの稚拙な反論と、実りが無さ過ぎる不毛な言い合いに辟易している私の後ろでは、引き笑いで、高位魔族様が地面に伏せている。
別の意味で笑いは世界を救うのかもしれない。
そこまで受けてもらえるならある意味本望、というかこの残念な話し合い?も人類平和の役には立っていることになるのかもしれない。
とはいえ、ここは託児所でも学校でもない。私達(残念な勇者様のだけど)パーティで、旅を急いでいる身だ。
「まずは、その阿呆な口を噤んで、必要な荷物は勇者や賢者様に持ってもらわないで、自分で持ちなさい。あと、歩けないとか疲れたとか言うなら帰れ。自力で帰るのが無理なら最悪帰してはあげる。帰るのがどうしても嫌なら、食事も当番制でちゃんと作れ。魔物に勝算もないのに突っ込まずとりあえず守られておけ。その上で、自分がどう動いたら一番パーティに負担をかけないか、ちゃんと考えて、それから話をもってこい」
ふわふわ、陽だまり脳でも分かるように、やるべきことを明示してやる。
ものすごい眼付きで睨んでくるけど、別に睨まれた所で痛くも痒くもない。
何なら、勇者が面倒くさいことになりそうだからやらないけど、強制的に今すぐ帰らしてやってもいい。
右手でも魔力を練り上げながら、ミーシャの鼻先に人差し指を突きつける。
「何なら、今すぐ強制送還してあげるけど」
ふん、と鼻を鳴らしながら、ミーシャが顔をぷいとそらして踵を返す。
「私、帰りませんから!」
ずんずんと歩き去るミーシャに止めを刺す。
「神官さんと賢者様に、たくさん迷惑かけてすいませんって謝れよ!あと、勇者が何と言おうと、迷惑かけないように静かに黙って歩け!それから、魔物の前には飛び出さず、しっかりと役割を担え!」
振り向きもしないミーシャの後姿になんだかなぁと脱力した私は、すっかり忘れていたんだ。
後ろに笑い転げているお人がいたことを。
「はーーーーーー!面白かった」
優美な細長い指で涼しげな目元の涙を拭いながら、すらりとした細面の顔を地面から上げて立ち上がった男を振り返り、私はとっさにまた、右手と左手の魔力を放つ。
連絡用の魔力と、ミーシャに掛けるつもりだった街に飛ばす移転魔法の移転先を街ではないどこかに設定した粗い転送用魔法だ。同時に放ったはずだが、効果は見られない。
男は軽く右手を顔の前に突き出し、
「ああ、連絡と移転は発動すると面倒だね」
と、目に見えないはずの魔力の粒子を掴むようなそぶりで手を翻す。
自分の魔力が拡散して空中に消え失せたのが分かる。
腕の一振りで、軽易な魔法とは云え、二つの魔法を消せてしまう高位魔族。
優美な人型をしていることからも、強い魔力を感じる長い髪からも、ただの高位魔族なだけではないことを感じ取る。
魔物は強ければ強いほど美しい人型をしていると聞く。
これほどの美貌ならば、少なくとも魔王の側近の誰か、もしかしたら、噂に聞く四天王の一人なのかも知れない。
警戒を露にして距離を取ろうとする私に、男はにこっと邪気のない笑顔を向けてくる。
「魔法はやめて。面倒くさいから」
攻撃魔法を練ろうとしていたのが分かるのか、もう一度顔の前に指を突きたて、二、三度人差し指を左右に振り払い、私の魔力を霧散させる。
「いやー別に危害加える気はないよー。面白かったし」
「ヨロコンデイタダケテ光栄です」
感情の篭らない声で応えると、また一頻り男が笑う。
笑い上戸か。
私、結構本気で言ってるんですけど?
「大きな娘、大変だねー?」
全然大変そうじゃない声で男が揶揄ってくる。
「あんな大きな娘、産んだ覚えはないですけどね!」
「いやいや、母親と子供とか、乳母と託児されている子供みたいな?」
きししと悪い笑みを見せる。黒い尻尾が見えていますよ。いや、実際あっても不思議じゃあないけど、気持的なやつね。
「いやー本当に面白いもの見せてもらった!お礼にいいもんあげるよー」
男が何か紙を右手に生み出して私の方に差し出してくる。
掌より少し大きいサイズの白い長方形の紙。
警戒しつつ見ていると、
「怖いものじゃないし」
と、男が近寄って更に手を伸ばしてくる。
「気が向いたらどうぞ?」
どうぞ?意味が分からないと訝しげに見ていると、紙を私の手に押し付けて、男が空に跳躍した。
「タイムアップ。本当に面白いもの、見せてもらったよ。教育?育児?頑張れ?」
転職届。
手元に残されたまさかの用紙に、私は呆然とたたずむことしか出来ず、ミーシャが戻ってきたことで、目を覚ました神官さんが迎えに来た時も、その場で宙を眺めていることしかできなかった。
案の定、高位の魔族だったらしい男からのまさかの転職勧誘。
神官さんがそっと
「だめだよ」
って破り捨てていたその紙が、真っ暗な夜空に吸い込まれていくのも、瞬きもせずじっと見上げていた。
真っ暗な森の更に上の宙の彼方で、
「くすくす」
とまだ笑い声が聞こえたのは、気のせいではないかもしれない。
むしろ、新しい声が増えた気がするけど。
とりあえず、私達にちゃんと魔王討伐のお仕事させてください!!
次、ミーシャが絡んできたら、問答無用でぶっ飛ばして、勇者託児所を強制閉園しようと心に誓う。
これは「お仕事」なんですからああああ。
でも、託児は仕事に入りませんからああああ。(涙)
そして、まだまだこの顛末が災厄を引き起こすことを、私も神官さんも気づいていなかったんだ。
不幸の連鎖。
不毛すぎる。
誰か、本当に魔族の元ではない、平穏で安寧な職場かパーティ、紹介してください(涙)
多分、神官さんと賢者様もとらばーゆするよ!!