勇者を狩場に連れ出すのも我々パーティのお仕事です。
「国王様、お願いです」
頼まれたはずの作業なのに、始末書を書き続けることに疲弊した私が、国王様に奏上してもらうよう賢者様をどうにかこうにか説得し、私、神官さん、賢者様の三人で国王陛下の前で頭を下げ、魔王討伐にいよいよ旅立つ許可を頂こうとしているところだが、肝心の勇者は、頭を下げるわけでもなく、ただダルそうに私達の横で、横の女官の方を見ながら突っ立っている。
さすがに魔王討伐前に死なれたら困るので、勇者にその実力が備わっているのか、計る様に、勇者と私達の温度差を気にする国王様と、若干腹黒さが笑顔から漏れている、こうなることを予見していたかのような宰相様を華麗にスルーし、笑顔で私は国民のため、そろそろ魔王を討伐するべき時期がきたことを切々とアピールした。
勇者もおだてて、とりあえず木に登らせることも忘れません。
功績を褒め称え、今なら魔王も倒せますから!と太鼓を持つどころか打ち鳴らし、よ!格好いい!女の子にモテマスヨ~!とこっそり耳元で囁き、護りますから!と心にもない笑顔で押し通したことにより、どうにか勇者というなの馬と鹿は河童に変身して河を流され始めました。
今がチャンスです!
「勇者様もやる気の今!今こそ魔王城まで討伐の旅に出ることをお許し下さい!」
早く魔王を討伐するなり、玉砕するなりして、とにかくお役御免になりたい!という内心の気持ちは微塵も感じさせないように、誠実な眼差しで国王陛下にひれ伏す。
え?本当に玉砕したらどうするって?!
護りますよー!もちろん!
賢者様と神官さんをね。というか、二人とは連携、実力共に、まぁ何とか三人が逃げ帰るくらいの余力はあるだろうと、今までの雑魚討伐でも感じているし、そもそも賢者様、一人でも辺境の魔物討伐に行かされてたくらい強いしね。神官さんも守護の魔法なら国内随一なんだから、神官さんですら自分を護れないようなら、もうとっくにこの国は滅びてるよ。
魔王の強さを鑑みても、国の結界と、魔物と人の攻防の歴史を考えても、まぁ勝算があるとは言えないけど、二人を護って逃げるくらいは最悪、どうにかなるんじゃないかなと見積もってる。
賢者様と神官さんには恩義を感じてるからね!
え?!
勇者様?
うん。もう三年鍛錬してもどうにもならないんだったら、仕方ないよねー。棒読み。
もしもパーティ玉砕となってしまっても、勇者他と、その次に自分の命と引き換えにしてでも頑張って二人と国は守りきるよ!
だから心配しないで!
そんな内心の声を必死に噛み殺して、誠実そうな眼差しで国王様を見上げる。
「うむ。そち等の意向は受け止めよう。旅立つがよい。ソフィアとアイリにはワシから上手く伝えようぞ。」
国王様が若干諦めの眼差しながら、鷹揚に許可を出し、王女様と勇者の娘への伝言を伝える、つまりは二人とはもう勇者様を会わせずに旅立たせると暗に匂わせた瞬間、すぐに私達一向は勇者を除いてばたばたと出立の用意を始めた。大部隊で行くわけには行かないが、装備品、日常生活上の消耗品とそれを運ぶ荷馬車、と御者、一般人の御者を連れて行く以上、最低限の騎士と、勇者と何度かペアを組んだことがある剣士、そして道案内の出来る盗賊の頭。最低それだけは魔王城の近くまで一緒に旅していくパーティ、装備品として必要だろう。最後の最後、魔王城に続く森から先は一般人も荷車も置いていかないといけないだろうけど。
最速で、それだけの準備を行い、旅立つ日が近づいてくる。
でも、そこでもまたひと悶着あった。
何なのこのパーティ。
魔王討伐に行く気あるの?!
と宰相様は悪くないけど、首元を掴んでがくがくと揺さぶってやりたいね。
道案内させる盗賊の頭を牢から出すこと?
それに関しては別に揉めも何もしていない。減刑・恩赦をぶら下げて、本人の許可をもらえば、国王陛下からの許可が出ている以上、何の文句もでないし、問題らしい問題というのは起きっこない。
それよりも問題だったのは、踊り子である町の酒場の女が勇者様と一緒に居たい、勇者様の身の回りのお世話をするのは私だと、旅立つ
前のパーティーに乗り込んできたことだ。
は?
何いってんの?
この女??
毛虫でも見るような目で見てやったが、これがちっとも現状を理解もしなければ、こちらの話も聞きやしない。
国王様の英断で、ソフィア王女とアイリ様に見送りをさせないよう早朝の裏門出発にして心底良かった。
乙のポーズで崩れ落ちる私の背中を神官さんが諦めたようにぽんぽんと叩いて慰めてくれる。
賢者様は温厚な表情ながらも、困ったオーラを全開で出して、そのオジョーサマに誠心誠意、魔王城に行く危険とやらを説いていた。
うん。諦めないしめげないし、折れないな。
まぁ困ったオーラくらいじゃダメだよね。
空気読めたらこんなとこまで勇者追いかけてこないしね。
これ、はっきり言うか、燃やすかした方がいいんじゃない?
目で訴えかけてみるけど、神官さんも賢者様もいいよって頷いてはくれない。
ちぇっ。絶対面倒なことになるよー?
私の嫌な予感って、なんでこんな時に限って優秀なんだろう。
城の裏門出発とはいえ、人類の宿敵、魔王の城に戦いに行く、国王陛下公認のパーティーだ。
王女様達に合わせないためとはいえ、さすがに国王陛下や宰相様も魔王討伐に送り出す勇者をこっそりと旅立たせるというわけには行かないと思ったのか、お忍びでお見送りに出ていらした。
そして、何故か更にはその後ろにはアイリ様とアイリ様を追いかける女官に縋り付くようにソフィア様も歩いていらしているじゃないか!
う・ら・め・に・で・た!!!!!!
国王様がもう二人に会わせないつもりで早朝裏門出発にしたのが完全に、裏目に出ていた!
お花を持って走ってくるアイリ様を見て、空気が読める私が読んだところによると、離宮の庭でお花を摘んでいたアイリ様が、お爺様と宰相様が早朝から並んで歩いているのを見て、お花をあげようと走って垣根の隙間から出てきてしまったんだろうなぁ。
近衛兵が遥か遠くの垣根の向こうでわさわさしてるのが見えるし…。
真っ青になった私と、私の顔色を見て振り返って全てを一瞬にして把握した神官さんが、賢者様に必死に目線やら念話やらを飛ばしてその女どこかに飛ばしてー!と虚しく奮闘し、むしろ私が飛ばす!と二人一斉に転移魔法の詠唱を始めたその時。
や・ら・か・し・て・く・れ・ま・し・た・よ!!!
「ミーシャ!本当にきてくれたのか!」
勇者は女に気づいた。
「俺はお前を危険に晒したくない」
賢者様は蚊帳の外に放り出された。
「危険でも一緒にお供したいと思っております」
女は涙を浮かべて悲劇のヒロインを演じた。
「ミーシャ!!」
勇者は女をひしっと抱きしめると、熱烈な口付けを交わした。
「その気持ちだけで充分だ。魔王を倒して戻ってくる。そしたら一緒になろう。待っててくれ!」
・・・・。
えーっと。。。自分既婚者だってこと忘れてないかこのアホ勇者。
あと魔王討伐の旅立ちの前に嫌なフラグ立てるのやめろ!まじで!
私はまだ美味しいものも食べたいし、恋だってしてみたいし!魔法の研究でやりたいこともあるし!死にたくない!!
はっ!あまりの展開に一瞬現実逃避をしていた!と我に返ってみれば、視界の端では音も立てず崩れ落ちるソフィア様と、それを見て異常を感じたのか、国王様に向かって走っていた足を止めてソフィア様の元へとUターンすると、しくしくと泣き出すアイリ様。
もう少し早くソフィア様の元に戻っていて欲しかった…。
女の登場から慌てて立ち上がっていたものの、再び脱力した私が、乙、のポーズになりながら、女と勇者様(涙)の残念な展開に呆然として神官さんが中断してしまった転移魔法の詠唱を完成させて、慌てて勇者や女ではなく、ソフィア様とアイリ様の方向へ飛ばす。
二人の側に仕えていた侍女に目配せしながら離宮へと三人を飛ばしたから、色々察してくれているといいな。
遠い目になることしか私に出来ることは、ない…。
一瞬のアイリ様の泣き声に、国王陛下始め、周りはことの重大さに真っ青になっているが、肝心の二人は、二人だけのソープオペラの世界にしっかり浸りきって、何度も抱擁とキスを繰り返しているため、気付きもしていない。
表情の抜け落ちた賢者様と、苦笑する神官さんと共に私は国王陛下に頭を下げながら、
「姫たちは離宮に飛ばしております故」
と小声で現状をお伝えして、そのまま出立の挨拶を交わす。
後ろでミーシャとやらと勇者はまだ盛り上がっていて、剣士と盗賊の頭が面白がって囃し立ててるが、知ったことか。
もうこの女も連れて行って、どっかでのたれ死にさせちゃえばいいんじゃね?
現実に気付いて逃走しても良いし。
開き直った私が、勇者様の襟首を掴み、重量軽減の魔法を掛けて引きずるようにミーシャとやらから引き剥がす。
ものすごい、睨まれたけど。
お前ももう行くんだよ!意志に関わらずな!
とにもかくにも、ぐだぐだな勇者パーティー、魔王討伐の旅に出発です。
こんな出発、本当にげんなりだし、御免だし、もう二度としたくないけど。
狩場に勇者を連れ出すのが大変な仕事の一つなんだよーーーー!
ああ・・・本気で働く先を間違えたなぁ。
神官さんと私の溜息が、空の彼方に吸い込まれて消えていく。
魔王城までは、王国を北上し、最北端の町から更に北部の森を越えればすぐ。のはず。
無事に魔王を倒したら、魔王からの負傷で、、、って言って、絶対に勇者のぴーーーーをそげ落としてやるんだからああああああ!
待ってろよ!