prologue
※attention※
作者は中学1年生です。
・中1クオリティ
・多忙により更新が遅い
この2点をご注意ください!
2035年/4月15日/VIP本部 屋上
彼女が足を浸けたプールの水面に、星がいくつも瞬いていた。
ピチャ、ピチャと音を立てて足を動かせば、水面が揺れ、星と星が混ざり合ってゆく。彼女はそれが面白かったのか、右手に持ったジンジャーエールを一口飲み、また足を動かし始めた。
_____昔のお嬢様は、こんな姿をしていたでしょうか。
白い足が浮き沈みする水面を眺めながら、そんなことをぼんやりと考える。
今の彼女はあの屋敷では見せなかった、興奮を噛み殺したような……美しい表情の裏に恐ろしい狂気があるような……そんな姿なのだ。屋敷にいた頃の、あのおしとやかで清楚な笑顔は何処へいったのだろう。
_____そして何故彼女は屋敷を飛び出し、こんな汚れた世に足を踏み入れたのだろうか……!
彼女には、清純でいてほしかった。通っていたN女子大学院を卒業して、就職してほしかった。結婚をし、彼女に似た美しい子供を産んで、暖かい家庭を築いて欲しかった……!!
「っ……!」
思わず声が漏れる。彼女は足を止め、こちらを見た。
「どうしたの?神崎」
「い、いえ……なんでもありません」
彼女の大きな茶色の瞳が、私をまじまじと見つめてくる。目を合わせば吸い込まれてしまいそうだ。
「………」
少しの間沈黙が流れた。目を合わせることが気まずくなり、少しずつ彼女から視線を外していく……が。
「ふふっ……あははははっ…」
「…お、お嬢様?」
彼女は空いている左手を口元に当て、声を上げながら笑い始めた。突然の事で、体が思うように動かない。彼女はしばらく笑い続け、やっと落ち着いたのか口元から左手を離した。
「私たち、何年一緒にいると思ってるのよ。あなたの考えてることくらい、すぐに分かるわ」
「考えてること……といいますと」
ごくりと唾を飲み込む。鼓動が早くなるのが分かった。
彼女の唇が三日月のように歪む。
「『何故私があの屋敷を飛び出し、こんな世界に入ったのか』……違う?」
「ど、どうしてそう思われるのですか…」
水面に映る星のような輝きを持つ彼女の瞳を、じっと見つめた。やはり彼女には、目が離せない魅力があるのだろう。長年そばにいても、その毒に溺れてしまいそうになる_____
ピチャリ……ピチャ。
は、っと意識が戻る。いつの間にか彼女はプールから出ていた。ジンジャーエールの入っていたグラスはプールサイドに置かれており、彼女の白くて細い足には、雫がポツポツと付着している。
「お嬢様様、足をお拭きに……」
「ねえ、神崎」
なんですか、と言いかけたが、唇に感じた柔らかい感触がそれを邪魔した。喋ろうにも息が出来ない。
_____彼女が私にキスをした、ということに気づくのには、時間がかかった。
白くて綺麗な肌。父に似たであろう高い鼻。そして母譲りであろう彼女の大きな目は閉じられていて、睫毛の長さがより際立つ。数十年間鮮やかな桜色であると感じ続けてきた唇が、今私の唇と重なっていると思うと、徐々に力が抜けてくる。
が、私は執事という立場であって、彼女とこのような行為はしてはならない。少し勿体無い気もするが、彼女の柔らかい頬に手を添え、ゆっくりと顔を離す。
「なりませんっ……お嬢様」
できるだけ彼女を見ないように私は言った。どんな顔で彼女を見れば良いか分からないのだ。
「なぜ口を離したの?」
「いいですか、私は貴方の執事ですよ?このようなことはあってはならないのです…!」
私は強く目を閉じる。体が燃えるように熱くなるのだ。数分前の接吻を思い出すだけで……いや、彼女を見るだけで。
「私だって大人よ。屋敷を出るまではこんなこと知らなかったわぁ」
少しの間沈黙が流れたが、先に切り出したのは彼女の方だった。
「……ごめんなさい、もうしないわ。だから……お願いだから、目を開けて」
いつもより少し低いこの声に、逆らえる気がしなかった。恐る恐る、目を開ける。
目の前にいる彼女に、怒っているような表情はなかった。私と目が合うと、嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、神崎」
「い、いえ……」
「早速…なんだけどね、貴方に見せなきゃいけないものがあるの」
「なんでしょうか……?」
彼女は、赤いワンピースの左太腿あたりを左手で強く握った。
「私が屋敷を出た理由は、あんな堅苦しいところが嫌だったっていうのもあるんだけど……」
そしてその左手を、少しずつ上へ上げていく。
やめてください、と言いかけたところで、彼女の左太腿あたりに何かあることに気がついた。
「それは……?」
その「何か」が露わになる。
_____衝撃のあまり、声が出なかった。
プールの星空は風によって波打っていたし、置かれたグラスのジンジャーエールもプールに合わせて揺れているように見える。
彼女の長くて艶のある髪も、光沢のある赤いワンピースも、彼女の瞳も、声も。
「“これ”のせいで、あの屋敷を飛び出したのよ」
全部全部、揺れていた。
〜 prologue 完 〜