スラムで家を買う
マーカスの店を出て、マクシミリアン家の屋敷へと向かう。衛士はもう俺の顔を覚えているのか、近づくとお辞儀して門を開けてくれた。案内はしてくれなくなったが、門番としてはただしいのか。
距離はあるもののまっすぐな道で迷うことはない。
玄関についたらどうしたらいいのかなと思っていたら、近づいたところで扉が開いた。
「リュウゾウジ様、ようこそいらっしゃいました。案内いたします」
出てきたのはメイドさんだ。クラシカルな黒のワンピースに、白いエプロンドレス。落ち着いた雰囲気で、俺を案内してくれる。
例の応接室につくと、すぐに令嬢も現れる。変にもったいぶらなくてありがたい。
「ダガーの修復が終わりましたか?」
「はい、こちらに」
取り出したダガーを渡すと、嬉しそうに受け取った。
「錬金術って凄いんですね。まるで新品になったみたいです」
「ありがとうございます」
「こちらが報酬になります。あとこれは依頼というかお願いなのですが、冒険者さんが旅先で兄に出会ったら、家にも顔を出すように言ってください」
やはりこの子としては、兄は死んでないということなのだろう。しかし、顔も知らない兄を捜すのは無理だよなぁ。
「こちらが兄の姿です。これをお持ち頂ければと思います」
そういえば写真のような物があるんだった。渡されたのは手のひらサイズの薄い水晶で、手で両面をなぞると姿が現れた。金髪で青い瞳のイケメンで、目の前の令嬢と似たところも見られる。
「あとこちらは親交の証として受け取って頂けると嬉しいです」
ダガーに刻まれていた紋章が刺繍されたハンカチだった。
「それがあれば兄に会ったときに身分を示す証明になります」
マクシミリアン家の紋章というアイテムになった。これからも続く連続クエストなのか。兄は生きてるんだなぁと、淡い邪推をしながらマクシミリアン家を辞去する。
所持金が16000Gを越えてしまった。既に携帯用錬金釜は買ってあるので、当座に必要なのは攻撃魔法くらいか。
それも明日にする予定だし、この辺でログアウトする。
ネットで地価を調べてみると、スラムの価格が異常に安いのが分かる。何か理由はあるんだろうなぁ。でも錬金術師の家にすぐ行けるのは魅力だ。
急に手に入れた大金のせいで、2000Gは安いとか思ってしまっている。
買ってしまうか……。
大学の間もうじうじと家を買うかで悩み、そこまで気になるなら買うしかないになっていた。
マクシミリアン家のクエストは情報がなく、兄の居場所は分からなかった。最初のアイテムがダンジョンだっただけに、次のダンジョンを攻略しないと駄目かな。
ダガーの還元で錬金術のスキルもそこそこ上がったので、これを続けるか新しいレシピを探すか……未知の発見が楽しいな。
ログインすると錬金術師の家。色々と煤まみれの部屋も見慣れてしまった。
家を出て向かいの土地を見ると、やはり買い手がないのだろう2000Gだ。ふと両隣も見てみると、同じ値段で同じ広さだ。
「これって三つまとめて買ったら、広くなるんだろうか」
いらぬ欲望が沸き上がる。一つでも十分広いが、三つ合わせたらかなり立派な屋敷にできる。
マクシミリアン家に影響された訳じゃないが、メイドさんに迎えてもらえる家とかロマンがある。
俺の手は勝手に三件分の家を購入しようとしていた。
「ん?」
この区画の家に関する注意?
買おうとしたところ、メッセージウィンドウが開いた。
それによるとここの家は定期的に、襲撃者が来るらしい。無防備だと、家具が壊されたり、盗まれたりするので、守る必要があるらしい。
「タワーディフェンスかっ」
広い家は不利になりそうだ。人を雇って守るとなると維持費が必要となる。本当はクランで守ったりするんだろうなぁ。
これは錬金術師の家に来るためと割り切って、最低限の家を買うことにしよう。安い理由がちゃんとあるし、急に高騰もしないだろう。
ただ錬金釜は置けそうにない。まだしばらくは借りるしかなさそうだ。
錬金術師の向かいの家を買い、転送石がアイテムとして手に入った。一度使うと一時間ほど使うまでにインターバルが必要だが、歩いて移動に比べれば許容できる。
昨日の還元で減った一酸化炭素を補充しようと、錬金術師の家に戻った。
すると珍しく錬金術師の方から話しかけてきた。
「どうやらお前も真理の扉を目指して歩き始めたようだな。どれ私がその腕を見てやろう」
ピコンとクエスト発生が伝えられた。どうやら蒸留水を作って渡せというモノらしい。近くの井戸から水をくみ出して、それをガラス瓶に入れる。
「蒸留器は無いからな。レシピからの合成を試してみるか」
錬金釜の使用料を払い、メニューから作成するものを選ぶと自動的に合成が始まる。成功率が低くなるそうだが、どうだろうか……。
しばらく待つと瓶が光って、蒸留水が出来上がっていた。
「よし、ちゃんと作れたな。では次の段階のために本をやろう」
渡された本には、新たなレシピが載っていた。フレアストーンという炎属性の石を使った爆弾をベースに、色々な効果を付随させるレシピだ。
「爆発物か……最初も燃える気体とか言ってたよな。どこに錬金が出てくるんだ」
「金を作るには、莫大な火力で燃やす必要があるんだよ。高熱の中でモノの本質が変化する」
核融合までいくのか?
何にせよ、爆発物はモンスターを倒すのにも使えそうではあるな。
俺は改めて魔術師ギルドへとやってきた。流石に昨日IDでパーティーだったダンやロイドの姿はない。
NPCと会話して、炎の攻撃魔法を取得。召喚も悩むところだが、まだいいか。
炎の魔法を強化する為には、やはり酸素がいいのか。しかし、過酸化水素水とかどこにあるのやら。
水を分解して酸素と水素にできれば、燃える気体と燃やす気体の両方が手に入るわけだが、電気がないしな……。
雷は魔法の定番だが、この世界だとどうなってるんだ。前提は風と炎だろうか。いや、確か雲の中で氷が摩擦を起こして静電気を貯めるんだったか。となると水か。
難しそうなので一端は保留だな。