再会パーティ
午後8時を回るとチェリーブロッサムの面々も集まり始めた。本来なら彼女達のクランハウスで集まるのだろうが、中心人物であるソニアさんがシゲムネの家に来てるので、こちらに集まっているらしい。
「そういえばチェリーブロッサムのクランマスターって、ソニアさんじゃないんですか?」
「私じゃないわよ。ちゃんとしたマスターはいるんだけど、このところ忙しいらしくて入れないみたい」
「そうなんですか」
「でもサブマスター権限でクランメンバーにしてあげられるわよ。ケイちゃんが入ってくれたら、セイラも付くだろうし」
「私はおまけか」
「私としてはケイちゃんが欲しいわぁ〜」
ソニアさんが近寄ってきて俺に抱きつこうとしたが、例の接触不可障壁に阻まれる。
「私達もケイちゃんやセイラさんを歓迎しますよ!」
クリスちゃんやアイリちゃんにも歓迎された。
「ごめんね、まだクランは考える余裕がないというか……」
女子限定クランに所属する勇気は持てなかった。
パーティがソニアさんの音頭で開始された。セイラさんやチェリーブロッサムのメンバーによって準備されたお菓子やフルーツを、集まった面々が取り合うようにかしましさが増していく。
俺はホノカちゃんの姿を探すが、まだ来ていないようだ。サーバー閉鎖前は、チェリーブロッサムでも出席率の高かった彼女がいないのは心配になる。
一連の騒動の中で拡散された暴行動画。その中にホノカちゃんのモノも混ざっていた。
本人がその事を知ってしまったら、そのショックは大きいだろう。
事前にその可能性を伝える事はできたが、過ぎた事件として詳細を伝えなかった俺にも責任はある。できることなら彼女の復帰をサポートしたい。とはいえ彼女との接点はALFだけ。あとは彼女と親しい人を辿っていくしかないか……。
盛り上がる様子を俯瞰して眺めていたためだろうか、シゲムネの家の敷地の外から中を伺う女の子の姿が目に止まった。
初心者用の装備の女の子が、盛り上がっている様子に興味を引かれているのかと思ったが、その表情は少し暗い。
パーティから締め出されたような寂しそうな顔。
俺は自分の閃きがその背中を押せるよう声を出した。
「ホノカちゃんへの連絡はどうなってますか!?」
パーティの中心に、そして傍らで見つめる少女に向けて、必要以上の大きな声になっていた。
「クランの連絡網で今日の事は流したから、VRを起動したら連絡は伝わってるはずだよ」
ソニアさんからの返答だ。
「うう〜ん、忙しいんですかね?」
「どうだろ。再開したらいの一番でログインしてくると思ったんだけどな」
アイリちゃんが首をかしげる。
「もしかして、あの動画を気にしてるのかな?」
少し危険な賭けだが、俺の方から話題を振ってみた。
「どうだろ。確かにびっくりするだろうけど、ホノカちゃんは被害者だしね」
やはり動画の事自体は知っている子が多いようだ。
「ホント、腹立つよね。犯人見つけてとっちめないと!」
「ウチラの仲間を傷つけた落とし前は付けさせないとね!」
クリスちゃんやソニアさんは、事件の犯人へと闘志を漲らせている。
「とにかくホノカちゃんに早く会いたいよ」
「うん」
特に仲の良かったカナエちゃんやアイリちゃん、クリスちゃんがうなずき合っていた。
俺は視界の隅に捉えていた初心者装備の少女が走り去ったのを確認した。ぜひとも皆の気持ちが届いたと思いたい。
それはそうと黒一点のシゲムネは、細々と会場内を動き回っている。
『俺、カナエちゃんと会えたら連絡先を聞くんだ』
ある種の決意を込めた言葉だったと思ったのだが、忙しいフリをして逃げ回っているようにも見える。
当のカナエちゃんは子犬ならぬ小狼だったフェンリルの小太郎を愛でていた。
メイフィや法師丸も集まって触れ合いパーク的な空間になっている。
プレイヤー同士は触れ合えないが、小動物は可愛がれていた。もみくちゃにされたメイフィが、こちらに助けを求める瞳を向けてくるが、今は可愛がってもらう方がいいだろう。
俺はシゲムネの所へと近づいた。
「手伝うことはあるか?」
「いや、大丈夫だぜ」
「忙しそうにしてるじゃん……カナエちゃんと話せないくらいに?」
うぐっとシゲムネは詰まる。
「いや、わかってるんだが、こう、人が多いとさ、いいにくいじゃん?」
それはそうかも知れないが、切っ掛けを逃すとズルズルと先延ばしになりかねない。勢いも時には大事だ。
「告白するわけでもないのに慎重になりすぎなんだよ」
「わ、わかったよ、いくよ、いけばいいんだろっ」
なぜかやけっぱちのような雰囲気で、シゲムネはカナエちゃんに近づいていった。
声を掛けられる距離まで行って、こちらを振り返る。男らしくないな。
俺は一つ頷いて『大丈夫』と声に出さずに口を動かした。
それからシゲムネはカナエちゃんに声を掛けた。
「あのっカナエちゃん」
「あ、シゲムネくん。こんばんわ〜小太郎ちゃん可愛いね」
「ああ、可愛いな」
腹を見せて撫でらる小太郎。フェンリルという伝説級モンスターの威厳は微塵も感じさせない。
「この子に会えただけでも、サーバー再開された価値はあるね」
「そ、そう。よかったよ」
ぎこちなく応対するシゲムネに、小太郎も叱咤するように一声吠えた。
「その、さ。こういう事があると、心配だしさ。できたら他の連絡手段とか、欲しいかなって。いや、やましい気持ちはないんだけどさ、心配だし」
「んん〜?」
カナエちゃんは幼く見えるが、中の人はそれなりに大人だと聞いている。シゲムネを試すような視線は、判断を誤ると失敗するのかもしれない。
「やましい気持ちは無い?」
「ないない……いや、なくは無いか……うん、その、もうふこし、少し、仲良くなりたい……んだ」
詰まりながらも素直に話すシゲムネ。その様子をじっと観察するカナエちゃん。
しばらくの沈黙はシゲムネをかなり不安にさせているだろう。
「錬金術で作った子は、念話が使えるみたいね?」
「え、ああ、そうみたいだね」
突然の話題転換に、シゲムネはキョトンとした顔になる。
「ふぅん、その様子じゃ仕込みじゃないんだ」
「へ?」
ますます困惑するシゲムネ。
「小太郎ちゃんに何を話してたのかな?」
「え……ああっ!?」
シゲムネが思わず声を上げて赤面する。いやそのそれはあれでと取り留めのない言葉を口にしている。
「ふふふ、小太郎に代役をさせてるのかと思ったけど、そうじゃないみたいね。じゃあ仕方ないなぁ」
カナエちゃんは紙片を取り出してシゲムネに渡そうとする。しかし、例の障壁に阻まれてしまった。
「あっ」
その手から小太郎が紙を咥えて、シゲムネへと渡した。
ちなみに会話のやり取りは、メイフィが後で教えてくれた。端で見てるとシゲムネがわたわたしてるだけで、よくわかっていなかった。
「さて、そろそろ有名クランのパーティに移動するかな」
ソニアさんの掛け声に、皆が片付けというなの略奪を開始。テーブルに残っていたお菓子や果物が、彼女達の所持袋へと消えていった。
「まずは花火大会かな……」
「うん、そこからが良さそう」
セイラと意思確認をして、シゲムネの家を出ようとした。
「ちょっと待ったー」




