初めてのデート
梅雨が開けようかという土曜日。
俺は石井さんとお出かけすることにした。変に気張らず互いに楽しめるように、二人で行き先を決めていた。
石井さんもそうだが、俺も人混みは苦手なのであまり人に会わないところを選んだ。
「思ったよりも暑くないね」
「そうだね」
白のワンピースに、白の日傘を持った石井さんは少し眩しく感じる。
二人で選んだのは、少し郊外に出たところにある森林公園だった。
小高い丘に整備された木々。林間の小道を散策できるハイキングコース。
太陽の照りつけは木々の木漏れ日に変わり、吹き抜ける風には草木の臭いを感じる。
「ALFはリアルだけど、やっぱり現実とは違うんだな」
「そうね、空気が違うというか、五感で感じるものって凄いね」
ALFでも草木は香るし、日の光には温かさもある。しかし、それらを複合した何とも言えない一体感までは再現できていない気がする。
山頂付近の広場で、ベンチに座りながらの昼食。石井さんのリアルでの手料理は初めてだ。
とはいえその腕はALFで体感済み。純粋に楽しみに準備を見詰めていた。
「今の季節だし、保ちのいいものばかりだけど……」
広げられた弁当箱には、サンドイッチに一口サイズのおかずの数々。どれも出来合いのものではなく、手の入った一品になっている……気がする。
サンドイッチのパンにしても、一度トースターで焦げ目を付けているので香ばしい。具材の水分が移ってへにゃりとしそうだが、それが無いのはこの場で改めて具材を挟んでいるからだ。
こうした一手間を掛けれる心遣いが凄いなと思う。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
「久し振りにまともな食事をしたよ」
「もう一人暮らしだからって手抜きばかりじゃ駄目ですよ」
前々から言われている事だが、ここまで手をかけて貰った後だと余計に心に染みる。
昨今のレトルトやら冷凍食品は技術が進んでかなり美味しいものになっているが、石井さんの手料理を食べた後だとやっぱり濃い味付けなのかと思う。
石井さんの料理が単に薄味というわけではなく、全体のバランスが柔らかく口当たりが良いのだ。その上で、しっかりと味が感じられる調和。外食でも味わえない感覚だった。
「こんな料理とか、凄く手間がかかるよね。ありがとう」
「り、料理は段取りだからね。慣れてくればそんなに手間じゃないんだよ?」
素直な感謝にやや照れて、うつむきながら答えてくれた。それでもやっぱり凄い事だ。
「本当に俺で良かったのかな……」
思わず口に出てしまう本音。正直、石井さんに好意を向けられているのは、俺が彼女を2つの世界で繋げたからだ。
単に運が良かっただけに思えてしまう。
「本気で言ってるなら、怒りますよ?」
ぷくっと頬を膨らませて睨まれた。
「でも自覚がないというか、たまたまなのかとか思っちゃうんだよ」
「そもそもは私の方からアプローチしたんですよ? ケイの隣に無理矢理引っ越して押しかけたのに、嫌な顔せずに接してくれたじゃない」
「それは……まあ、下心もあったかもだし」
あの頃はケイとして、女の子としてセイラに接していたが、それでも女の子と接点を持てる事自体に浮かれていた面もある。
「私の方こそ不安だよ。ケイは人気者だし……」
「それは女の子だからでしょ?」
「どうだろ。チェリーブロッサムの子達もある程度気づいてそうだけどね。やっぱり、仕草とかに出るから」
そ、そうなのか。
「スカートの直し方とか普段というか、幼い頃から積み重ねてきた仕草とかは、やっぱり違うと思う」
なるほど……でも、直すのは難しそうだな。
「まあ、同性だから気づくレベルだろうけどね。それらを踏まえても彼女達はケイのこと好きだと思うの」
「そうなの……かな」
正直なところ、リアルでモテたこともない俺としては、素直に嬉しいと感じていた。
「だから不安なのは私も同じ。だからまずは胃袋を掴む!」
「なら成功だね。こんなに美味しいものはもっと食べたいと思うよ」
「そう? なら良かった」
特に会話をするでなく、時折吹き抜ける風を感じながらまったりと過ごす。
付き合い始めたばかりなのに妙に落ち着いているのは、ALFで約一ヶ月ほど近所付き合いをしていたおかげかな。
『健全な子供の育成の為に、我々は戦います! 待機児童、教育、暴力表現の規制、ネット犯罪の撲滅。様々な問題に立ち向かいます! 民心党をよろしくお願いします』
せっかくの閑静な雰囲気が、破られた。いよいよ参議院選が近づき、宣伝カーが走り回っているようだ。
「こんな何も無いところも回ってるのね」
「まあ、落選するとタダの人って言葉もあるからね。必死ではあるんだろう」
何にしても、再びまったりするには気が削がれてしまった。
「帰ろうか」
「そうだね」
帰りも木漏れ日の中を二人で歩く。それだけで心が穏やかになれた。石井さんも同じならいいんだけど。
そんな俺の気持ちに気づいたのか、そっと俺の手を握ってくれた。
「鍋島くんは優しいけど臆病だよね。もう少し自分を見せてくれると嬉しいかな」
「ごめんね」
「私もそうだからね、頑張ってるんだよ」
「うん、それは分かるよ。ありがとう」
石井さんを見ると、何かを期待するようにこちらを見ていた。人気のない山道、木々の間を渡る風。
ええっと、間違えてないよな。ここで勇気を見せるべきなんだよな。
繋いだ右手をすっと引き、彼女と正対する。左手を彼女の肩へと添えて、顔を近づける。
石井さんの瞳が閉じられ、俺はそっと彼女へと口付けた。




