他人の為と自己責任
「何やってんだ、俺」
二人から逃げるように路地へと飛び込み、できるだけ走った。薄暗い行き止まりにあたって、足を止めるとその場に座り込んだ。
逃げる要素などなかった。
冷静になれば分かる。
セイラはずっと俺の事を気にしていたし、彼女の方からあの子に何かしたわけでもない。
嫌がることもなかったけど。
ただ付き合いの長さや、親密さであの子に勝てない、セイラを奪われる。そんな憶測が俺を走らせた。
「俺、セイラの事、好きなんだな……」
思っていた以上に彼女に依存してい自分に気づく。
慌ててセイラにメッセージを送ろうとして、何と書けばいいか分からない。
もしかしたら、こちらに助けを求めていたかも、それを放って逃げ出した俺が、何を言う資格があるのか。
あの子と仲良く話してるところに無粋なメッセージを送ったら、それこそトドメになるんじゃないか。
何も送らない事こそ、一番悪いんじゃないか。
セイラにとっては、俺よりも彼女とやり直せた方がいいのかもしれない。一度フラレたとはいえ、それを反省してたみたいだし。
こんな気の利かない、臆病な奴より、少し強引でも引っ張ってくれるあの子の方がいいだろう。
俺は彼女が幸せならそれでいいか。
でも本心では俺を待ってくれているかもしれない。俺はあの子の代用品でしかなかったかもしれない。
ウジウジとネガティブなループに陥っている間に、時間は深夜に差し掛かっていて、セイラもログアウト状態になっていた。
俺もそのままログアウトして布団に潜る。でも頭の中はループ思考が続いてよく眠れなかった。
「なんだ、喧嘩でもしたのか?」
石井さんと離れて座る俺に、紹司が絡んできた。俺は満足に睡眠もとれず、ぼーっとしている。
「お前が悪いんだろ、謝っちゃえよ」
何も知らない決めつけのセリフだが、その通りだ。俺が全面的に悪い。
がたっと席を立ち、再び座る。
「行かないのかよっ」
謝るとそこで終わってしまいそうだ。そんなの辛い。何か気の利いた事を言いたい、伝えたい。
「カナエちゃんと喧嘩した時とかどうした?」
「カナエちゃんと喧嘩したことなんてないよ」
お菓子パーティをした時に、険しい目つきで見られた気がする。
「ケイに対して怒ってなかった?」
「そんな事は……カナエちゃん、大人だしな」
紹司はそう言いながらも目を泳がせている。
「まあ、直接会うことが解決策だったわけで」
「役に立たないなぁ」
「あれだ、ソニアさんに聞けよ」
「ああ、そうだな。それが良さそうだ」
その時はそれが正しいように感じていたが、単に自分だけで解決する勇気がなくて、先延ばしにしただけだった。
「はぁ〜」
ソニアさんに会いに行くと、待ち受けていたのは深いため息だった。
「もうちょっと骨のある子だと思ったんだけどねぇ」
「でも、それは……」
「言い訳しない!」
強い一言に、ビクッと固まってしまう。
「自分のことは後回しに、他人のために動けるっていい事のように思うじゃない?」
ソニアさんの言葉に頷く。
「でもね、それって無責任な事だと思うのよ。他人を助けるのに失敗しても、やらなくていい事をやって、結果は残念だけどやることはやったって言える。でも、自分の事で失敗したら、それは全部自分に掛かってくるの」
そういうものなのか。他人を助けたいって思う事は、悪いことじゃないと思うんだけど。
「今回の事だって、セイラの為には本人に判断させた方がいいとか思って、自分で決断した結果を受け止める覚悟が無いだけでしょう?」
そうなのか……そこまでは考えてなかったような。そんな俺の内心は顔にも出てしまっていたのだろう。
「こちらの言う事が素直に聞けないようなら、無理かもね。一人で解決してみなさい」
「え? ちょっと、ソニアさん!」
突き放すような言葉だけを残して、ソニアさんは立ち去ってしまった。
俺はどうしたらいいんだろうか。セイラに選択させるのがいいんじゃないのか?
家に戻った俺を待っていたのはメイフィだった。
『マスター、スライムさんが倒されてしまった、です』
「え!?」
慌てて確認してみると、庭の隅にスライムはいる。家に配置したNPCのリストにもスライムの表記は残っていた。
「え、ちゃんといるけど……?」
『お隣のスライムさん、です』
セイラにあげた分か。庭に出て確認してみると、モフモフと法師丸はいるが、スライムの姿はなかった。
『敵が強くなってて、対処が間に合わなかったです』
ハウスのグレードは、ギリギリ1の範囲に留まっているが、セイラの方が越えてしまったのか?
庭の畑では、様々な果物がその実を付け始め、色鮮やかになっている。
畑の作物の価値で家のグレードも上がるのだろうか。セイラに確認してもらうしかないか。
メッセージを送ろうとして固まる。
まずは戦力の増強を図ろう。
マーカスからもらったマネキンの残り2体も『動く人形』にする。
カメリアとアゼリアと名づけて、カメリアにはスライムの代わりになるよう盾役の装備を着せる。アゼリアには槍を持たせて近接の攻撃要員に。
「ヒーラーも増やした方がいいか」
『動く人形』は魔力が無いため、回復魔法を使えない。人型ホムンクルスはまだ作れるかわからないので、法師丸と同じように『癒やしの石』を使った幼獣を作る事にした。
鳥系の素材を使用して合成を行うと、ハトのようなホムンクルスになった。
これでスライムの穴を埋めれるとは思うが、このまま配置するとウチのグレードも上がってしまうので、家具の幾つかを撤去。
グレードを1に保ったままで、防衛用のNPCを配置した。『動く人形』はレベルが上がらないみたいだが、その分最初からある程度戦えるはず。ハトのヒーラーがレベル上がれば、グレードも上げれるようになるだろう。
「よし、こんなものだな」
満足した俺は今日の活動を終える。セイラの家を守るために頑張った。それを免罪符に自分を納得させているだけだということに、この日は気づいていなかった。




