メイフィに乗って
「小太郎、めっちゃ可愛いんだが」
翌日顔を合わせるなり、鼻息も荒く紹司に詰め寄られた。
子フェンリルには、小太郎と名付けたみたいだ。カナエちゃんが来る週末までに、芸を仕込むと息巻いていたが、小動物の愛らしさにやられたようだ。
「見てくれ、会心のお手を!」
ゲーム内で記録した映像を、携帯端末に転送してまで俺に見せようとする。
「お手って、念話ができるならすぐじゃ……」
「念話?」
そうか、カナエちゃんに渡すためにマスター登録はしてないのか。俺もメイフィとは念話で話せるが、セイラにあげた法師丸とは会話できない。
「マスター登録すると、頭の中に話しかけてくるんだよ。だから知能は高いよ」
「そ、そんな事が……小太郎の前じゃ迂闊なことはできないな」
「まさか浮気でもしてるのかよ」
「ばっ、ばか、そんなじゃねえよ。だらしないトコ見せらんないって意味で」
「そ、そんな動揺すんなよ、気になってくるだろっ」
「例の暴力表現に関してな、本格的に夏の参院に向けて動き出してるみたいだ」
形勢不利になった紹司は、コロッと話題を変えてきた。本当に大丈夫か? このところお風呂作りでチェリーブロッサムにも出入りしているらしいし……。
「民心党の払口議員がお題目として掲げるみたいだ」
TVでも顔を見かける与党時代は大臣も務めた議員が、暴力表現規制法案を掲げて選挙するらしい。
「まあ露出が多くて失言も多い議員だから、単に新しい話題に乗っかっただけだとは思うけどな」
とはいえ政党内でそれなりの力を持つものが、本腰を入れて活動すると世の中はその動きに反応するだろう。
「でも暴力表現って意味だと、ALFはまだマシじゃないの? 銃を使うゲームとかの方が、派手でテロリズムを促進するとか言われてただろ」
「単純にプレイ人口の差だろうな。FPSは日本だとそこまでウケないから、ファンタジー系で市場の大きいALFが狙われたんだろ」
しかし日本サーバーでは、プレイヤー同士が戦うPvPやPKなども少なく、戦闘はモンスターとが多い。モンスターを退治するのに目くじらを立てても効果は薄いだろう。
「何か暴力表現でも別の切り口を持ってるのかも知れないなぁ」
しかし、俺達のゲームが大人の駆け引きに使われるのは癪だ。いや、俺にも選挙権はあるし、15歳以上でないとプレイできないゲーム。選挙権を持つプレイヤーは多いだろう。
「かといって投票したところで何が変わるって訳でもないよなぁ」
暴力表現規制法案は、俺達にとっては深刻な影響を与えるかもしれないが、多くの有権者にとっては気にも止めない問題だろう。
子供を持つ親くらいしか、興味はないかもしれない。そうした暴力に対抗しているというイメージで、何となくこっちがいいかという気にさせる。そんな一つのピースに過ぎないのだろう。
「俺だって自分に関係ない話には無頓着だしな」
雑多な問題をひっくるめて一人に委ねる民主主義って何なのだろうか。
ALFにログインすると、革細工師のカシムの所へと向かった。メイフィの大人バージョンを伴って、店内に入るとカシムが待っていた。
「い、いらっしゃいませ」
固さのある対応に少し微笑みながら、近づいていく。
「頼んでいたもの、できました?」
「はい、できてます。最終調整しちゃいますね」
「メイフィ」
『はい、わかった、です』
トコトコとカシムのところに歩いていって、鞍を当ててもらう。固定用のベルトとかの締め具合などを調整してくれる。
その間に俺は物陰に隠れつつ、乗馬用の緑の運動着に着替える。アクイナス屋敷に行く時に、マーカスからもらった服だ。
「これでよし、苦しくない?」
『大丈夫、です』
「大丈夫みたいね、ありがと」
カシムにお礼をいいつつ、メイフィの鞍を確認する。シンプルでそれほど大きくなく、メイフィの動きを阻害することもない。固定もしっかりされていた。
「お代はいくらですか?」
「え、そ、それほど素材に掛かりませんし、タダでいいですよ」
「ダメよ、それじゃ。職人なら自分の作った物に責任を持つためにも、お金はもらわなきゃ」
「は、はい……」
しゅんと肩を落とす。こちらで予め調べておいたオークションでの価格を支払って、更に店内を確認する。
「皮を加工するにも色々いるわよね」
「そうですね。工具はもちろん、なめす際の薬品類や、接着剤なんかもいります」
「その辺のレシピとか分かるかしら?」
「僕はオークションで揃えてるので、ちょっと……」
ふむ、薬品の納入できれば、固定客にできるかと思ったが、レシピを探さないとだな。
「必要な薬品を書いてもらえる? 作れそうなら挑戦してみる」
「え!? は、はいっ」
同じ生産職として、手伝える事はやりたいし、顧客の確保も大事だ。このところ錬金術のレシピもあまり増えてないので、そういう意味でも、レパートリーを増やせそうだった。
「ありがと。もし諸々の薬品ができたら、買ってくれると嬉しいわ」
「は、はい。その時は是非!」
カシムの店を後にして、メイフィの試乗を行う。マクシミリアン家の所領は詳しい場所を調べていないので、一度行ったことのあるアクイナス屋敷へと向かう。
「それじゃ、よろしくね」
『任せる、です』
鞍に跨がり、首筋を叩いてやると駆け出した。森を走っているせいか、鞍があるおかげか、最初にしがみついて街中を走った時よりも余裕がある。
「マップを表示して……うん、そのまま道なりね」
『大丈夫です、覚えてるです』
おお、オートナビで進んでくれるみたいだ。メイフィは大事な相棒になったなぁ。戦闘はもちろん、移動や探索面でも役に立ってくれている。
「メイフィと出会えてよかったわ」
何気なく呟いた一言に、メイフィの足が乱れた。
『と、突然、何、です?』
取り乱した念話は、メイフィには珍しい。このゲームのAIはどうなっているのか、会話で動揺する事もあるようだ。
「ふふっALFに来て、一番の収穫はメイフィね」
反応が面白いので、道中は褒め殺しにしてみた。