帰還していたマーカスと革細工師
革製品の店を出て一息つくと、辺りを見渡す。ユーザーの店が並ぶショップ街だ。
ふと一角が賑わっているのが見えた。
「あれってマーカスの店?」
確か飛び去ったシリカを追いかけて、探索を行っていたはずだけど帰ってきたのだろうか。
シリカが看板娘として復帰したら、話題になってそうだ。
俺は店を訪ねてみることにした。
マーカスの店に近づいていくと、以前見たように等身大のポスターが軒先に二枚飾られていた。
ローティーンの少し目つきの鋭い女の子が、黒の露出が高めな衣装で躍動的なポーズをとっているものと、青白い肌にゆったりとした青のドレスを身につけた精霊を思わせるもの。
シリカかと思ったが、少し違うようだ。
一定時間ごとに切り替わる水晶の映像に、集まった人々は見入っている。
照れながら撮影した俺の映像よりも、イキイキとしていてレイヤーのグラビアかなと思う。
「マーカスさん、戻ったんですか?」
人混みをかき分け、店内へと入る。メイフィはいつもの子狐サイズに戻ってもらった。
「いらっしゃい」
少し覇気のないマーカスが、カウンターに頬杖を付きながら挨拶してきた。
「ああ、ケイちゃん。久し振りだぉ」
髪を変えていたのに、普通に気づいてくれた。黒髪にした時は戸惑ったはずだけど、それだけ交流が増えてたかな。
入り口の混み具合の割に、店内に人影はない。表に集まるのは主に男で、店内の商品は女性用だから仕方ない。マーカスも暇そうにしていた。
「どうしたの? 元気無いみたいだけど……」
シリカを探しに旅に出たマーカスが店でぼんやりしているのは、手掛かりがないのか、もう飽きてしまったのか。
「シリカはどうしたの?」
「実はね……」
事の顛末をかいつまんで教えてくれた。
「そう、1レベルに」
「それもそうなんだけど、シリカたんは僕の事を覚えてなかったし、あの様子だとエミットにやられたかもだし……」
「確かめに行かないのって、レベル下がっちゃったのか」
「だから頑張ってレベル上げをしているところだぉ。今は少し疲れたから、休憩してるとこ」
覇気がないというか、単純に疲れているのか。
「あまり無茶しちゃダメだよ」
「わかってるぉ」
シリカという目標ができて、俺に迫ってくる事がなくなって、ある意味付き合いやすい雰囲気になっていた。ありがたいんだけど、少し寂しい。
「疲れているところ悪いんだけど、もし騎乗用の鞍に心当たりあったら教えて欲しいんだけど」
「鞍?」
「ほら、アクイナス屋敷に行った時に乗り物無くて困ったじゃない。だから自分用の乗り物が欲しくて」
「なるほど……どんな鞍がいるのかな?」
メイフィの大人バージョンは見せずに、大きな犬に跨る為の鞍と伝えた。
「裏通りに修行中の革細工師がいるぉ。彼なら親身に要望に応えてくれると思うぉ」
「ありがとう」
店の場所をメモしてくれている間に、店内を見回す。そういえばIDを連続でこなしたことで、レベルがそれなりに上がっていた。そろそろ装備を変える頃かもしれない。
髪色も銀髪にしたので、色味を変えるかな。展示品はかわいい系が多いけど……。
「できたぉ」
「ありがとう。あと装備に関してなんだけど、銀髪に合うのってどんなのかな?」
「あ、髪色変えたんだね。そうだなぁ」
おおう、髪色すら気にされないとか、こちらを全く見てない様子にちょっと傷つく。まあ、迫られても困るので、単なるワガママだ。
「ケイちゃんの趣味ならこの辺かな」
試着室で装備してみると、紺色や藍色を基調とした西洋ドレスで、要所に使われたフリルが可愛い。ロングスカートは裾に近づくにつれて淡くなるグラデーション。
頭には青い薔薇が飾られた帽子、杖は濃紺の傘になっていた。
「ホント、私の好みに合ってる……どうかな、メイフィ」
『かわいい、です』
「ありがとう、こちらを頂くわ」
「毎度どうも」
展示されているものよりは割安で売ってくれた。アニメが終了して人気が落ちたキャラらしい。
マーカスの店は装備そのものの性能よりも、デザイン性で稼いでいるらしい。
ただ性能面でも決して劣るものではないと思う。その辺は、職人魂といったところか。
「表はエミットたんに群がる男で一杯だから、裏口を使うといいぉ」
何とも至れり尽くせりな感じで、マーカスのショップを後にした。
マーカスに貰った地図を片手に裏通りへと出ると、程なく目的の店を見つけた。裏通りはやはり人通りは少なめで、シャッター商店街のような寂しい雰囲気があった。
どうやら長くログインが無く、使用権を失った店舗が多いらしい。
「カシムの店、ここか」
年季の入った建物へと足を踏み入れると、エプロンを付けた青年が皮をなめしていた。
「あ、いらっしゃい」
作業台から顔を上げて、こちらを見た。つつっと視線が少し離れて、泳いでいる。ほんのりと頬が赤くなっているのは照れているのか。
初々しい反応に、少し嬉しくなる。マーカスが冷めた態度だったせいもあるかな。
「あの、この子に合う鞍が欲しいんですけど」
再び大人バージョンになってもらったメイフィを撫でる。
「犬型用の鞍……」
青年の手が空中で動く。レシピメニューを表示して、調べているのだろう。
「はい、大丈夫そうです。採寸させてもらいますね」
メイフィはくすぐったそうにしていたが、大人しくサイズを測らせていた。
「では明日にでも来てください。あまり装飾はできませんが、後からでも付けていけるので」
「シンプルなのが欲しいから、助かるわ」
思ったより早く仕上がるみたいだ。メイフィで移動できるようにならば、マクシミリアン家の依頼をこなしに行けるだろう。
行動範囲が広がれば、手に入る素材も増えて新たな錬金術もできるかな。




