シリカとの再会
仮眠をとって食事を済まし、少し広告ページを編集して、エミットの画像を掲載していく。
この悪魔っ子、ノリノリである。
カメラ目線で少し悪そうな笑みを浮かべていて、元ネタの女幹部の雰囲気を再現してくれている。販売数に貢献してくれそうだ。
「今週のノルマはこれでよし。シリカたんを取り戻したら、もっと仕事が捗りそうだぉ」
一通りの用事を終えてALFに戻ると、エミットが壁際に体育座りしていた。僕のログインを感知すると、はっと顔を上げ睨みつけてくる。
「き、貴様、この私を待たせるとは、良い度胸だ」
「ごめんぉ、エミットたん。でも人間にも色々あるんだぉ。寂しい想いさせてごめんね」
「だ、誰が寂しいなどっ」
青面しながら憤りを露わにしている。
「お詫びにコレをあげるぉ」
僕はストレージから衣装を取り出す。水の妖精ウンディーネをモデルにした衣装で、青白い肌にも合うはず……ただゆるふわ系なので、エミットの気の強い雰囲気とはマッチしないけど。
「し、仕方ないな」
文句をいいながら衣装を受け取ると、いそいそと着替え始める。インナーには元々のボディペイントがあるからか、悪魔としての特性が、目の前で着替えることに恥ずかしさはないらしい。
着替え終わったエミットは、僕の前に立つと、くるっと回転してみせた。波をイメージしたゆったりとした布地のドレスで、動きに合わせてレースがたゆたう。重力を無視した動きは、ゲーム世界ならではの動きだ。
「なかなか似合ってるぉ」
ややはにかんだ表情だからか、ツリ目で鋭い感じが緩み、思ったよりもマッチしていた。
「撮らんのか?」
「え、あ、うん、撮ろうか」
エミットは思ったより、撮影にはまっていたようだ。このまま悪魔っ子レイヤーに育てれば、人気者になるだろう。
30分ほど撮影を行い、その記録映像を眺めてニンマリしているエミット。
その様子を見ながら、フレンドリストを確認するが、知り合いはログインしていない。平日の昼間だし仕方ないか。
所持品に入っている衣装には限りがあるので、ここでダラダラと時間を過ごすのも限界がある。
「一旦入ってみるかぉ?」
エミットの戦闘力があれば、思ったよりは進めるかも知れない。中の傾向が分かると、対策もできるだろう。
何より暇である。
記録映像に見入っていたエミットは、はっと顔をあげてこちらを見る。
「ふ、ふん。早く契約が切れてせいせいするわ」
それを了承と受け取り、僕は一人でID『シリカの休息地』へと足を踏み入れた。
「おろ?」
入ってみると、そこは単なる空洞で直径20mほどの半球状の空間だった。その最奥部に氷でできた椅子に座って瞳を閉じるシリカの姿があった。
「ここ、ボスフィールドだけだぉ」
その声に反応したわけではないだろうが、シリカが瞳を開けた。真紅の瞳が僕を捉える。
「ワタシの眠りを妨げるのは、ソナタか」
右の肘掛けに頬杖をついたままこちらに声を掛けてくる。
「シリカたん、迎えに……」
「久しいな、※▲→○ 」
僕がシリカたんに駆け寄ろうとしたところに、足を引っ掛けられエミットが僕を踏みつけながらシリカたんに話しかける。
「貴様、□▲←≫か!」
シリカたんもエミットに気づいて立ち上がる。
「私の前から逃げ去ってどこにいったかと思えば人間界に来ているとはな」
「逃げてなどおらんわ。ただ呼ばれたから来たまでのこと。この世界には様々な物があって面白いしな」
「それはどうかな? 長く封印されて身動きもとれなかったらしいじゃないか」
「し、知らんな」
「では互いにどれだけ力を伸ばしたか、勝負してみるか。まずはこの男の魂を貰うぞ」
あ、やっぱりそういう契約だったのか。どうなるんだ……せっかくシリカたんに会えたのに、キャラ消えたら嫌だなぁ。
「誰だ、その男は?」
「「え?」」
エミットと僕の声がハモる。
「シリカたん、僕だよ。マスターのマーカスだぉ!」
こちらを見つめて首をひねるシリカたん。
「そんなっあんな熱い口付けをしてくれたのに!」
「貴様のような下賤に、ワタシが口付けを与えるはずが無かろう」
なん……だと。記憶が失われている?
ここはもう一度口付けすれば、記憶が戻るとかそういうフラグか。
僕はシリカたんの元へ走り出そうとしたが、エミットに踏まれたままで身動き取れなかった。
「エミットたん、どいて欲しいぉ!」
「お前、※▲→○とは将来を誓った仲ではなかったのか?」
「僕とシリカたんとは魂で結ばれた伴侶だぉ!」
「どうなのだ、※▲→○?」
「そんな男は知らん」
「熱い口付けで思い出すぉ。あの日のあの約束を!」
「ふむう、よく分からんがまあよい。※▲→○、お前の情夫の魂は頂く」
襟首を掴み上げられ、エミットの前に片手で吊るされる。その唇が僕のモノと重ねられ、何かが吸い上げられていった。
ドサリ。
長い口付けの後で、無造作に捨てられた僕は、手足に力が入らない。命までは奪われなかったみたいだが、身動きはとれなかった。
「まあ、程々に美味かった」
「シリカたん、違うお。不可抗力だぉ……」
シリカたんは元々僕への関心など微塵もないといった感じで、エミットを見つめている。
「多少力を増したくらいでワタシを超えられると思うな」
「何を言う、元々私の方が上だろうが」
2体の悪魔は僕の目の前で激突した。激しい衝撃はが辺りに広がり、動けない僕はゴロゴロと壁まで転がる。
シリカたんとエミットは近距離での格闘戦を繰り広げ、バトル漫画のように辺りに衝撃波が吹き荒れる。
「やめるぉ、僕の為に争わないで!」
声を出してみるが、当然のように反応はない。トーマスが適当に着せ替えていたドレスのシリカかんと、さっきあげたウンディーネ姿のエミット。中々見応えのある一戦を見ながら、何とか体を起こす。
「一体どうなってるんだ……」
重たい体が何のバッドステータスなのか確認してみると、異常アイコンは表示されていなかった。
ただ槍スキルの欄が1レベルに戻っていた。
「なん……だと?」
システムメッセージを呼び出して確認すると、エミットよりエナジードレインを受けました。経験が吸い取られます。
そんなメッセージと共に、徐々にレベルが下がっていた。
「あんな濃厚な口付けをと思ってたら、ずっとエナジードレインされてたのか……」
装備品のレベルが今のレベルと合ってないので、動きに制限が掛かっている状態だった。僕はメインスキルを裁縫に変えようとしたが、IDではメインの変更はできない。
仕方なく装備を外して、ノーマルの下着状態に。何とか動けるようにはなったが、氷雪地帯だった。
「さ、寒いぉ」
氷の洞窟でパンツとシャツ姿。麻痺に近い状態になっていた。
ドガン!
僕のすぐ横の壁に悪魔が叩きつけられた。
「シリカたん!」
長い間、アクイナス屋敷に閉じ込められていた影響か、僕からエナジードレインで精気を搾り取ったからか、勝負はエミットの勝利に終わったようだ。
広場の中央からゆっくりと歩いてくる。
「シリカたんをどうするつもりだぉ!」
「人間界で不抜けたのなら、魔界に送り返してやるのが慈悲だろう?」
せっかく出会えたシリカたんを失うわけにはいかない。
「僕の事を思い出すんだお!」
壁にめり込み動かないシリカたんに、僕は口付ける。びくっと震えたシリカたんの瞳がゆっくりと開き、至近距離で見つめ合う。
次の瞬間、側頭部に衝撃を受けて吹き飛ばされる。照れたシリカたんの振り払った一撃に、1レベル下がっていた僕は耐えきれず死亡。
「何をする貴様ぁ!」
そんなシリカたんの声を最後に、プレイヤーが全滅したIDから弾き出された。
始まりの街で復帰した僕に、周囲から痛ましい視線が注がれる。
「めげるなよ」
チャリンと小銭が置かれていく。
下着姿でリポップした僕を、PKに身ぐるみ剥がされた奴とでも思ったのだろう。
僕はメインスキルを裁縫に変えて、生産用の衣服を装備し直すとショップへと戻った。
プレイヤーが居なくなったIDに取り残された二人がどうなったのかは分からない。もう一度あそこに行くには、レベルを上げ直さないと無理だ。
誰か他の人に確認してもらう事もできるかもしれないが、それはやりたくない。
「新たなクエスト発行だぉ……」
レベルを上げてもう一度彼女達に会いに行く。その日はいつになるだろうか……。
マーカス編はここで終了〜。
次回からメインの話に戻ります。




