悪魔の契約
「さてどうするんだ?」
悪魔が召喚された時点で、周囲の死者を襲っていた悪魔の動きも止まっていた。
トーマスやソニアも集まり、『望み』を待つ悪魔を前に相談する。
「ぼ、僕は、シリカたんの居場所を知りたいぉ」
「別にシリカじゃなくても、この子でいいんじゃ?」
トーマスは何てことを言うんだ!?
「確かにこの子は可愛いわね。でも、悪魔なのね」
ソニアも興味深げに眺めている。悪魔は高位になるほど、人間に近い姿になるんだろうか。他のダンジョンのボスでも、人型の悪魔はボスとして登場することがあった。
「私としては呼び出せただけで満足してるんだけど……スキルには登録されてないわね。あくまでイベント用のスキルなのかしら」
ルカにとっては呼び出す事自体が目的だったようなようなので、望みの内容に関してはこちらに任せてきた。
トーマスと協議という名のじゃんけんの末、トーマスの望みが叶えられる事になってしまった。
「よーしよしよし、ならば悪魔よ! 俺を気持ちよくさせてくれ!」
欲望丸出しの願いに、女性陣はドン引き……かと思いきや、そうでもないようだ。
ソニアはワクワクとした表情でそれを眺め、ルカは思案顔で見つめている。
動きを止めていた悪魔は、トーマスをそっと抱擁すると、耳元で何かを囁いている。
「うひっ、ひひっ、すげっ、何コレ、おおおおぉぉぉ!」
膝から崩れ落ち、背を反らしながらトーマスは絶叫する。そのままコテンと倒れると、ログアウトしていった。い、いったい何が?
「悪魔憑きの一種だな。ドラッグのトリップに近い高揚感のまま、セーフティ限界を突破して強制ログアウトが働いたのだろう」
ルカの冷静な分析に納得する。
一方のソニアは不満そうだ。
「もっと直接のドロドロとした絡みが見れると思ったのに!」
ええ、最近の女性は大胆ですよね。肉食女子とか言われて久しいが、ソニアはかなり肉食なんたろうか。
「てゆうか、望みを叶えて自由になった悪魔がこちらを見てるんですが」
「タンクもいなくなってるしな」
「よっしゃー、燃えてきた」
ソニアが前衛にヒールサポートするが、暴走のシリア並のレベルがある目の前の悪魔は強力であっさり全滅させられた。
トーマスがログインしてこないので、ソニアのクランからタンクを呼んでもらった。ソニアは女子クランのメンバーで呼び出されるのも当然女の子だ。
ALFにも女の子多いんだなぁと、思ってしまう。
ホノカというその子は、盾役として修行中で、僕のヒール寄り装備の槍でもターゲットを安定できず、中々に苦戦した。
ただ暴れまわるソニアのおかげで戦線が崩壊することはなかった。
その間に再びルカが悪魔召喚に成功し、お願いタイムに突入する。
「我を呼び出せし者よ、何を望む?」
少女悪魔が召喚されたところで、他の悪魔は動きを止める。少し小突いてみたが、破壊不能エフェクトが出てダメージは通らない。
ルカはこちらを見ている。僕に任せるということだろう。ソニアやホノカも助っ人という立場に徹している。
「シリカたんの所へ案内して欲しいぉ」
「シリカ?」
容姿のイメージは近いが、顔立ちは目の前の少女は、目つきが鋭くシャープな感じたが、シリカは無表情で丸みがあった。
ただ説明しようとすると難しいな。映像記録を取る前にトーマスに逃されたしな。
「え、ええっと、君みたいな悪魔なんだけど、もっと柔らかいというか可愛いというか」
説明しようとした僕に近づいてきた。そして僕の頭を掴むと力が込められ締め上げられる。
「いだっいだだだだっ」
「把握した。※▲→○の事か」
悪魔の手が放され、地面に落とされた。
「何十年か前に召喚された個体だな。魔力の波動はわかった、追跡は可能だ」
どうやら僕の記憶の中から知識を読み取ったらしい。純粋に言うなら、フラグを確認したって事だろうか。何にせよ、追いかける事はできるみたいでホッとする。
「それから可愛いのは私の方だ」
ぼそりと付け足した。確かにその反応は可愛いかもな。
シリカと同じくPTに加わった悪魔は、煉獄祭壇の敵よりも強く、ドンドンと敵を屠っていく。ソニアが対抗するが、レベル制限があるので一発のダメージが違う。撃破数で大きく水を開けられ、ボス戦でも雑魚の掃除を行う間にボス悪魔を倒されてしまった。
「むう、欲求不満だわ。ホノカ、稽古付けてあげる」
「え、あの、ちょっと、ソニアさん!?」
ダンジョンから戻ったところで、チェリーブロッサムの二人は離脱。ルカはそのまま付いてくるようだ。
僕らは少女悪魔と共に歩き始める。
「そういえば君の名前は?」
パーティリストのところに記載されているのは、良くわからない記号になっている。
「人間には発音できない名前だ」
「でも呼べないと不便だしなぁ。じゃあ君の事はエミットと呼ぶよ」
例のアニメの女幹部の名前だが、問題ないだろう。リストの名前も更新されて『エミット』になっている。
「な、くぅ」
エミットは何やら苦悶の声を出して、驚愕している。
「え、な、何?」
「悪魔にとって名前は結構大事なのよ。特に契約に使われる名前はね。これで契約が果たされるまで、マーカスの命令に逆らいにくくなったはず」
そんな事になるのか。ゲーム上でそれらのルールがどこまで再現されているかは不明だが、エミットの様子から何らかの影響はあるのだろう。
「ふん、さっさと終わらせてこんな名など無効にする。行くぞ」
ふわっと空中に飛び上がろうとした。
「ちょ、『待って』僕らは飛べないんだ」
びくっと体を硬直させたエミットが、地面へと墜落した。
「え、ちょっと、大丈夫?」
慌てて駆け寄ると、地面に落ちたまま身動きが取れないようだ。
「待機命令を解除しなさいっ」
「え? あ、僕が『待て』って言ったから? 動いていいよ」
その言葉でようやく上半身を起こした。僕の事を睨みつけてくる。
「言葉には気をつけなさい」
「ご、ごめんよ」
エミットは仕方なく僕らの前を歩き始める。魔力を探知した方へと向かうらしい。
ローティーンくらいのボディペイントのような体にフィットした服だけの少女の後を歩いていると、どうしても小ぶりだがきゅっと引き締まったお尻に目がいって仕方ない。
「エミット、これを着て」
「?」
振り返ったエミットに、女幹部のコスを渡す。まだ細部を詰めてない粗悪品だが、ボディペイントよりはマシだ。
レザーのおヘソの開いたレオタードに、フワリと広がる膝丈のスカート。ハイブーツまで、色は黒。
「こ、こんなの……」
着てみて青面している。悪魔の血は青いのか、上気すると頬が青く染まるようだ。
ツルペタ幹部だと気にならないが、発育し始めているエミットだと下乳が見えてしまってなかなかにエロい。
「お尻丸出しだと僕が落ち着かないんだぉ、ハァハァ」
「くっ……」
スカートの後ろを抑える。その衣装なら見えないんだって。
「早く案内してくれるかしら、時間は有限なの」
悪魔っ娘とのやり取りなど興味無いとばかりに、ルカに急かされエミットは再び歩き始めた。




