シリカの追跡開始
毛利隆行は服飾デザイナーをやっている。とはいえ自分でデザインするのではなく、二次元の絵を元に型紙を作る作業をこなす仕事が多い。
彼がデザイナーの仕事についたのは、アニメとコスプレの影響だった。二次元でデザインされたものを、現実に着れるものとして立体に起こすには、色々と問題があるのだ。
コスプレ用の通販サイトで見つけたデザイナー募集に応募して、その枠を勝ち取り今日に至る。
その仕事は3D図面を引く技術を高めてくれて、それはALFでの衣服作成にも活かされた。
今では会社もALFで製品を作っての販路拡大を狙っていて、ゲーム内のショップは勤める会社の広告塔にもなっていた。
「シリカたん、迎えに行くお」
ALF内のキャラクターであるマーカスは、とある事態に直面していた。
ゲーム内で出会った可愛い女の子、ケイちゃんと共に挑んだ『アクイナス屋敷』で、アクイナスが作っただろう美少女ホムンクルスの主になれたのだ。
しかし、相棒のトーマスの失態でそのホムンクルスが自我を持って、マーカスの元を去ってしまった。
幸運で手に入れた宝物を簡単に諦める気は無く、マーカスは追いかけて口説く旅を始める。
「つっても、どこを探すんだよ。相手は空を飛んで逃げたんだぞ?」
「ヒントはこの日記にあるはずだお」
錬金術師のアクイナスが、自らの娘を蘇らせる為に続けられた研究。その最終作品が、悪魔を素体に作られたホムンクルス、シリカだった。
錬金術師をメインにしているケイちゃんは、この日記から新たなレシピは得られたから、あとはマーカスに譲ると渡してくれた。
「悪魔を素体にした。つまりシリカたんの行動は、その悪魔の影響があるはず」
ここまではケイちゃんからの受け売りだが、トーマスは感心した様子で頷いていた。
「なるほど、なるほど」
「日記によると、悪魔召喚の儀式は『煉獄祭壇』で行われたみたいだぉ」
「あそこかぁ、悪魔型モンスターが出てくるダンジョンだな」
「そこで召喚を行えば、シリカたんに親しいモノが呼び出せるかもしれない」
「ふむ……で、悪魔召喚ってどうやるんだ?」
「ちょっとは自分で考えるぉ……」
マーカスとしても、そこからの答えは見つけていない。ただ広いALF世界、多くのユーザーの中には変わった探求を続けるプレイヤーもいる。日記を渡してくれたケイちゃんも、錬金術を今までにないアプローチから探求している一人だ。悪魔召喚に関しても、誰かが追い求めているかもしれない。そんな人を探すつもりだった。
ゲーム内で情報の検索ができないのは不便だが、セキュリティを考えると仕方ないそうだ。
HP経由で解析ツールなどを使用され、幾つかの外部からのアクセスのツールが作られ、データ改ざんを試みる連中が過去にいた。その対策として、外部との通信は許可されていないらしい。
おかげで攻略サイトなどを見るのに一度ログアウトする手間が増えてしまった。
ALFから出て、カップラーメンを啜りながら、隆行は悪魔召喚を検索する。
システム的に悪魔召喚を組み込んだのは、アメリカの運営のようだ。カルト系をイメージして組み込まれたそれは、悪魔憑きの概念に近く、人に別人格を降ろす。
それによって様々な知識を得たり、肉体を強化したり、トリップ状態を楽しんだりするそうだ。
「ドラッグに近い感覚か」
文化の違いがあちこちに見られるのが、ALFである。日本で悪魔召喚となると、実体を呼び出して一緒に戦うイメージになるだろう。
「アクイナスの召喚は日本式のイメージなんだが……日本サーバー限定クエか?」
ALFはサーバーごとに独自の仕様を盛り込む事がある。日本サーバーは、オタク文化や食文化に特化していて、海外のオタク達にも親しまれている。
アクイナスの名前で検索しても、屋敷の攻略方法などが載っているだけで、作成されたホムンクルスの話は出ていない。
あのイベントの後も少し屋敷に行ってみたが、例の部屋は開かなかった。
サーバーに一本の剣や、固有NPCなど運営による仕込みは多い。シリカの存在もまた固有存在なのだろう。
「攻略サイトがあてにならない探索が。久々に面白くなってきたな」
マーカスは裁縫特化のキャラで、冒険は二の次だったが隆行自身は、それなりにネットゲームをハシゴしてきたプレイヤーでもある。まだ攻略情報の出揃わない状況で、自分の知恵と勇気で攻略した経験もそれなりにあった。
シリカの所有権も大事だが、そうしたゲームとしての攻略を久々に堪能したい気持ちもあった。
「マーカス、遅いぞ」
「情報漁ってたら、遅くなったんだぉ……」
「で、収穫は?」
「あんまり。ゲーム的な悪魔召喚と、シリカたんの素体は別物の気がするくらい……日本固有クエかも」
「その程度か。くくく、シリカの所有権は俺がもらうぜ」
「な、なんだってぇ!?」
大げさに驚いて見せるまでがテンプレだ。オタク文化はなかなかに面倒な部分がある。
「とりあえずトーマスの話を聞こうか」
酒場のカウンターに肘をつき、口元を隠すようにしながら報告を聞く。
「悪魔崇拝者クランというのがあるらしい」
「また怪しい響きだな」
「といって、日本のオタクの集団だがな。中二心をくすぐる響きと、悪魔キャラを愛するクランってだけだ」
単なるマニア趣味なサークルってだけか。
「大半はな。ただ一部にはこのゲームの悪魔を研究している輩もいるらしい」
ゲームシステムとしての悪魔は、倒すべきモンスターと憑依させてドーピング効果を得る手段の二種類だ。研究とは何だろう?
「とりあえず、アポはとったし会いに行ってみるべ」
百聞は一見にしかずか。
サタニストクランは、スラムに近い廃教会風の建物になっていた。よく見ると、十字架が逆になっていたり、六芒星が刻まれていたりと背徳的な装飾がなされている。
外れかけた扉から入るとそこは礼拝堂で、正面には黒山羊の頭をした人間、バフォメットの像が飾られていた。
像の前には黒いフード付きローブを纏った人影が待っていた。
「ようこそ背徳の教会へ」
中々に中二臭い歓迎だ。
「今日は入信をご所望か?」
「いや話を聞きに来たトーマスだ」
「ああ悪魔召喚の方法の……ウチでそれ系やっている奴のとこに案内するよ」
ロールプレイが途切れた彼は、俺達をハウス内に招き入れてくれた。