再会
昨日というか、今朝ログアウトしたのは、午前四時を大きく回った頃だった。流石にヤバイとすぐに寝たが、目覚ましもかけていなかったので、朝はかなりギリギリの時間になった。
まあ大学はそこまで出席が響かなかったりするのだが、ソニアさんがセイラさんに話してくれたはずなので、講義に出れなくてすれ違う方が怖い。
俺は既に始まっている講義の教室に入っていくと、紹司の隣に席を確保する。
「お前が遅刻するなんて、珍しいな」
「まあな、夜更かししすぎた」
「その顔は、何か成果があったのか?」
「成果といえるかわからないけど、3人ほどハラスメントで報告できた」
「なるほどな、やったじゃん」
「でも薬の出処は分からなくてさ。使ってる末端を処罰しても解決しないだろ?」
「それでも前進だよ。ハラスメントは、前後の映像が残ってそれを運営が精査するからさ。そういう行為が行われている事がわかれば、運営の動きも早くなるよ」
「だとしたらいいんだけどな」
せめてバッドステータスが一時間続くバグが直れば、被害は無くなるだろう。
その安心感からか、授業の大半は寝て過ごす事になったが。
二限目、紹司は別の教室での受講で、席を立つ。俺はそれを寝ぼけながら見送って、再びうとうととし始めた。
ふと何かの気配に目を開けると、俺の横に何かが置かれるところだった。手にとって見ると、白い封筒で宛名も差出人もない。
振り返って見ると、白のブラウスに、青のスカートを履いた人物が去っていくところだった。
「あっ」
セイラさんだと思い至った時には、その姿は見えなくなっていた。
手元に残された封筒を見る。紹司がいなくなって、隣には人がいないので、誰かと間違えたということもないはず。
少し緊張しながら中を見ると、一枚の便箋が入っているだけだった。
『今日、ここまで来て下さいますか』
そのメッセージと共に簡易な地図と座標。スラムにあるセイラさんの家の場所だ。
「なぜ今更こんなことを……?」
ぼんやりと考えるうちに、また寝入ってしまっていた。
結局その日は大学の構内でセイラさんと会うことはなく、俺は家に帰ることになった。
家に帰ると早速、ログインしてみる。するとちゃんとセイラさんもオンラインになっていた。
庭に出てみると、メイフィや法師丸がじゃれあっていた。そのいつもの光景にほっこりできるのは、徐々に物事が片付いてきたからか。
俺はセイラさんの家の前に立つと、ドアをノックする。
「は、はい。待ってくださいね」
少し間があってから、ドアが開く。出てきたセイラさんは、いつもの派手な髪色ではなく、フェイスペイントもない。黒髪のストレートに、ノンフレームのメガネといった出で立ちで、シンプルな白のブラウスに青のスカートという大人しい姿だった。
「え、あれ、ケイちゃん?」
「裏口から他の誰が来るんです?」
「そ、そうよね。ケイちゃん、私がいない間に色々あったらしいけど、ちょっとだけ時間を頂戴。今日、会わなきゃいけない人がいて……」
やはり変だ。大学の俺とケイとが、繋がって無いみたいだ。
「ソニアさんから話は聞いたんですよね?」
「そう、大変だったのは知ってる。ゆっくり話したいんだけど、先にしないといけないことがあってね……」
何だかややこしい事になっている。ソニアさんには、昨日説明して分かってもらったはずなのに、どうしてこうなっているのか。
『メイフィ、誰かいないか探して』
『わかった、です』
庭で遊んでいたメイフィは、迷うこと無く風呂場の方へ。バラの垣根の向こうに消えたかと思うと、盛大な火柱が上がった。
その炎に押し出されるように現れたのは、シゲムネとソニアさん。
「え、何で?」
セイラさんだけが、状況についていけずに、呆然としていた。
俺は庭に正座させたシゲムネとソニアさんの前で腕を組む。
「シゲムネはともかく、なんでソニアさんまで家の敷地内にいるのかな?」
「それは、俺が許可出して……」
そういえば、風呂工事の際に権限を広げていた。メニューを呼び出し、権限を家具移動ができ、入室管理もできるサブマスターから、ゲストに降格。
「好きなときに風呂に来れるように、多少は権限残してくれよ!」
「自分ちに作りなさい」
ひとまずシゲムネはこれでよし。
次はソニアさんに向き合った。
「……」
「あのね、その、セイラの保護者として、見届けてあげないと、ダメかなぁって……」
「素直に言わないなら、絶好ですよ?」
「ごめんなさい、どんな事になるかワクワクしてました」
土下座して、頭を地面に付けるほど下げるソニアさんだった。
「結局、どういうことなの!?」
一人取り残されていたセイラさんに向き合った。
「セイラさんから白い封筒を受け取ったのは、私だっていうだけの事ですよ」
「え、なんでケイちゃんが封筒の事を……え、ええ!?」
「封筒って……やっぱり、直接は話せなかったのね」
「ラブレターとか、男のロマンじゃないか!」
「ラブレターというか、ALFの住所が書かれた呼び出したげだよ」
「だから校舎裏で待ってます的なのだろ? 十分じゃないか」
「そう言われればそうか」
シゲムネとそんな会話をしていると、ガシッと両肩を掴まれた。
「ケイちゃんが、あの男の人、なの?」
「だからそうですって」
「……私の苦悩っていったい」
肩を落として何かを呟いた。
「というか、ケイちゃん。あの風呂場って何よ!?」
落ち込んでいるセイラさんを慰めようとすると、ソニアさんに割り込まれた。
「お風呂に入る為の場所ですけど?」
「そういう事を聞いてるんじゃなーい。あの広々とした、眺めのいい風呂で、つる……じゃなかった、セイラといちゃこらしてたの!?」
「し、してませんよ。正直、それどころじゃなかったですし。完成時に、シゲムネやカナエちゃんと入ったっきりです」
「何!? カナエちゃんまで、その毒牙に……ケイちゃん、恐ろしい子」
頭の上にガーンという文字が見えそうなくらい衝撃を受けていた。
「じゃあ一度、使わせてあげます。気に入ったら、シゲムネにでも依頼してください。お湯を沸かすのに時間がかかるんで、一時間ほどしたら来てください」
「おおお、ケイちゃん。あなた天使なの……」
「な、なぁ、カナエちゃんも呼んでいいか?」
「何でもいいよ、適当にしちゃって……」
テンションを上げる2人を追い出して、ようやくセイラさんと2人きりになれた。
「セイラさん、今まで言えなくてごめんなさい」
「私こそ確認もせずに……その間、大変だったのよね?」
『マスター、お茶が入りました』
動く人形のウィステリアから、念話が届いた。よくできたメイドさんに感謝しつつ、セイラさんを家に招く。
「ソニアからも話を聞いたのよね」
「多少は」
「私がALFを始めたのは、友達が欲しかったから。大学の為に街に一人暮らしをはじめたけど、周りに知り合いがいなくてね」
そこでソニアさんに愚痴っていたら、ALFを教えられたそうだ。リアルでの知人が増える可能性にかけて、顔はほとんどいじらなかった。
ただ仲良くない人にまでリアルが割れる事を懸念して、髪色とフェイスペイントでごまかしていた。
現に俺も間近に見て、ようやくその可能性に気がつけた。シゲムネにも聞いてみたが、さっぱり分かってなかった。
「でも始めた動機はそんなだったけど、この世界で過ごすのが楽しくなってたのは本当。引っ込み思案で臆病な私が、ここではセイラでいられるの」
「まだ現実では話せてませんが、イメージはかなり違いますよね」
「セイラはロールプレイ……ケイちゃんも気づいてるだろうけど、高校時代のソニアのイメージだから。人付き合いがよくて、皆を引っ張るような格好いい女の子」
「そうみたいですね。まあ、ソニアさんと比べると、セイラさんの方がちゃんとしてますけど」
「そうなのかしら? まあ、ソニアは自分勝手な部分もあるしね」
クスクスと笑う姿は、いつものセイラさんじゃない。これがプレイヤーとしてのセイラさんなのだろう。
「だからセイラは偽りの自分でもあるの……それでも、仲良くしてけれる?」
「偽ってたのは、私も同じです。というか、もっと酷いですよね……セイラさんも女の子だと思ってたから、世話を焼いてくれたわけですし」
「そうね、男の子だったら、ここまで仲良くはなれてなかった。ケイちゃん、女の子でいてくれてありがとう」
「へ?」
「だってこうして会えたのは、ケイちゃんのおかげでしょ? 一年以上続けて、色んなプレイヤーに会って、自分がどこまで脳天気に夢見てたか気づいてたもの」
ネットゲーム上で、リアルでも知り合える友達を作るのは至難だ。仲良くなれた相手が、近くにいるというのは奇跡だろう。
俺が男だったら、ここまで話すこと無く最初のIDだけで終わってたかもしれない。ケイの存在が、セイラさんの支えになれるなら、こんなに嬉しい事はない。
「ケイちゃん、これからもよろしく……ね?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「仲良くなれた印に、そろそろ『さん』付けをやめて欲しいかな?」
「え、あ……その、せ、セイラ」
「うん、ケイ」
そこには柔らかな優しい笑顔が浮かんでいた。