外伝:ソニアの憂鬱
「はい、石井です」
「あ、鶴ちゃん。久し振り……って言うのも変か」
「陽子さん、何でしょうか」
その声はどこか警戒心が現れていて硬い。
「ここ3日ほどインしてないから、なんでかなって」
「ちょっと用事があるだけで、特にコレと言ってないですよ」
あくまでしらを切るつもりか。ならば少し脅かしてやるか。
「ちょっとケイちゃんが大変なんだけど……忙しいなら仕方ないね」
ガタガタッと何か転げ落ちるような音が聞こえる。効果が出過ぎたか。
「大丈夫? かけ直そうか?」
「平気です! それより何があったんですか!?」
やっぱりこの子は、自分より他人を優先させるところがあるな。そこが良いところでもあり、心配なところでもある。
「前にIDで記憶がなくなるって話があったでしょ? それを独自で調べ始めててね」
そういえば、セイラも被害者の一人である事を思い出し、どこまで教えていいか戸惑った。
「あれ、何か深刻な事なんですか?」
「悪質なプレイヤーが、意図的に起こしているらしいのよ。その防衛策とか、探して無理してるみたい」
「そ、そんな……」
自分のいない間に、事件が進んでいる事に呆然としている気配がある。
「あの子、止めても聞かないところあるじゃない? 特にアンタも被害者だし」
「わ、私はそんな。被害者というか……」
記憶が無いから、自覚も少ない。それがより腹立たしいと、ケイちゃんは怒っていた。
ケイちゃん自身は途中で落ちたからか、記憶が残ったままだったようだが、ID内で襲われたままだと、どこかの時点で記憶がなくなるようだ。
「防衛手段もできたし、運営にも報告しているから、後は待つだけでいいのだけど、妙に焦っててね」
「焦り?」
「誰かさんに不正してる事を明かしたから、キャラを消されるかもしれないって」
「!?」
息を飲む雰囲気が分かった。
「私はそんな、ケイちゃんを報告するとかしません。確かに運営が認めてない事をしてますが、それで誰かを陥れたり、傷つけたりはしてないですし!」
「ショックで落ちて、復帰しない人を傷つけたと思ってるわよ」
「そ、そんな……」
彼女は人付き合いが少なく、他人の心を類推するのが下手だ。その上、自分の価値を低く見積もる傾向がある。自分がいない程度、影響がないと思っているのだろう。
「ケイちゃん、かなり悩んでるわよ。早くちゃんと話してあげて」
「は、はい、それはそうなんですが……」
高校が女子校ではないが、男女比が2:8で女子の多い学校だった。おかげで、鶴ちゃんは男子との接点がほとんどないままに高校生活を送っていた。
男性恐怖症というわけではないのだが、意識し過ぎる傾向はあった。
ケイちゃんから男だと告げられた事で、今までの関係を継続できないと思っているのだろうか。
「ケイちゃんの事、どこまで聞きました?」
「多分大体のことは。彼女というか彼、キャラが消されると思ってるから、隠すことは無いと考えてるみたいね」
「ケイちゃんが男だって告白してくれたのは、驚きよりもやっぱりというところがあったんで、あまり気にはしてなかったんですが、タイミングが……」
ん? どういうことだ?
リアル割れした直後に、男と告げられて、何か迫られたりしたのだろうか。しかし、ケイちゃんの性格を考えたら、女の子を傷つけるような事はしないと思う。
「わ、私がリアルで声を掛けられた話をした直後に、打ち明けられたから。その、妙な対抗心を抱いてしまっただけじゃないかって」
え、どういうこと?
「私としては、ずっとリアルの知り合いを見つけたかったんだけど、それでケイちゃんと疎遠になりたくなくて……私の我儘で二股みたいになるのは嫌で、気持ちに整理を付けたくて」
もしかして、大学で会った人がケイちゃんだと気づいてないのか?
はぁ〜と、重いため息が出た。何を意味の分からない悩みでケイちゃんを振り回してるんだ、この子は。
「ごめんなさい、私なんてそんな気にされてないよね。自意識過剰なだけで、相手からしたら挨拶しただけですよね」
「とりあえず、相手とちゃんと話す機会をつくりなさい」
「は、はいっ」
あの子の事だ、リアルで長く話すのは無理だろう。それに、大学で会った人のキャラを確認したいはずだ。
となると、主な会話の舞台はゲーム内か。セイラの家を監視して、2人の様子を伺うのは面白そうだ。