セイラの気持ちと撃退
翌日も何とか遅刻せずに大学へ。普段は夜更かしとかしてなかったので、午前2時までゲームをやってただけでもかなり眠い。
やはりあの子を見かける事は無かった。もし俺のせいで学校に、講義に出れていないなら、俺が居ない方がいいんだろうか。
「えらく眠そうだな」
「まあ、色々やってて寝るのが遅くなってるしね」
「俺だってちゃんと調査してるんだぜ?」
紹司はネットゲーマーの裏サイトから、怪しいやりとりが無いかを探ってくれている。
「まぁまだ新しい情報はないけどな」
もしかすると仲間を募って行為に及んでいる可能性がある。
昨日、紹司が言ってたように、第三者が介入できないように3人でパーティを組むはず。そうなると、都合を合わせないといけないし、募集掲示板があってもおかしくはない。
犯罪用クランがあって、そこで話されていたらお手上げだが、それでも外部からの接触窓口はありそうだ。
「あまり深追いしなくてもいいからな。運営には報告済みだし、対処法もあるわけだし」
「ああ、分かってる。ただゲーマーとして、ゲームを悪用する輩は許したくないんだよ」
その気持ちは分かる。せっかくの楽しい空間が、犯罪的に乱されるのは……俺のことじゃないか。
「何暗くなってんだよ、お前のネカマは犯罪行為には触れてないだろ?」
「そのつもりだけど……」
女の子から過度のスキンシップがあったり、セイラさんとの関係も不正があっての結果であると思う。
「あまり考えるな、お前はゲームをちゃんと楽しんでる」
紹司の言葉に少し励まされながら、ちゃんと考えないといけないなと思った。
家に帰って早速ログインする。やはりセイラさんは、オフラインのままだ。リアルでは大学で過ごせなくして、ゲームでも過ごせない状況を作ってしまっている。
しかし、連絡のとりようもなくどうしたらいいのか。
そんな時、ソニアさんからメッセージが飛んできた。
「ポーションありがとう。これ、今回の件以外でも重宝しそうね。報酬を払うわ。あとセイラがこのところログインしてないんだけど、何か聞いてる?」
ついにその質問が出るようになってきたのか。
何と返答していいか迷っていると、追加でメッセージが飛んできた。
「とりあえず、時間ができたらハウスに来て頂戴?」
こちらが答えにくいのを察したのか、そんな内容だった。今から向かうと返事をして家を出た。
チェリーブロッサムのハウスに着くと、そのままソニアさんの私室へと案内される。トレーニングルームかと思わせる器具に囲まれながら、ソニアさんと向かい合う。
「それじゃ、話を聞きましょうか」
有無を言わせぬソニアさんの様子に、俺は正直に話す事にした。
性別を偽ってキャラクターを作成し、男なのに女の子としてセイラさんに接してきたこと。それを打ち明けた時、ショックからセーフティが働き、ログアウト。それ以降、会っていないこと。
そして、まだ確定はしていないが、同じ大学に通っていてお互いを認識したことまで話した。
「なるほどね、シゲムネくんと恋愛感情がないのはそういうことね。しかし、そんな事あるのねぇ」
ソニアさんは感慨深げに呟いた。
「あの子にALFを勧めたのは、私なのよね」
セイラさんとは高校時代の友人らしく、大学は別になった。元々引っ込み思案で、友達の少なかったセイラさんに、ゲームの中なら気楽な感じで、友達を作りやすいんじゃないかと思ったそうだ。
「最初はこわごわだったけど、こっちじゃ女の子は放っておかれないじゃない。強引に誘われるウチにゲームが好きになったみたいね。まあ、女の子と付き合ってたのは意外だったけど」
セイラさんは、俺からすると姉御肌な面倒見の良い人だが、そのベースはソニアさんにありそうだ。仮想の自分を作るときに、憧れの友達を投影したのだろう。
「あの子はロマンチストというか、乙女チックなところがあるから、今のシチュエーションに悶てるんだと思うわよ。ケイちゃんに裏切られたとか思ってないから安心して」
「へ?」
「あの子にALFを勧めたけど、実際にゲームを始めてたのを知ったのは半年後でね。髪や化粧でごまかしてたけど、顔はあの子のままでさ。リアル割れするから辞めなさいって言ったんだけど……」
その先はセイラさん自身から聞いた言葉だ。
「リアルで見つけてくれる人を探すんだって。何を夢見てるんだかって思ってたら、本当に現れるとはね」
何かちょっとニュアンスが違う気もする。
「ケイちゃんの事もよく聞いてたのよ。危なっかしくて守ってあげたいんだけど、突飛な事して楽しませてくれるって」
最初から親身に接してくれて、俺の方が世話にはなっている。何とか恩返しをしたいのに、色々とこんがらがって申し訳ない気持ちだ。
「考え方が男の子っぽいとは言ってたし、もしかしたら気づいていたのかもね」
「そう……ですか」
シゲムネとの仲を何度も確かめたりとかも、その一環だったのだろうか。何にせよ、ちゃんと話して謝りたい。
「とりあえず、セイラの事は任せといて。ちゃんと叱っておくから」
「いえ、悪いのは私の方だから。ただ、ちゃんとお話したいです」
「うん、伝えておく」
俺はソニアさんと別れて、少し気持ちは楽になっていた。セイラさんを傷つけたかどうかは、まだわからないみたいだ。
何にせよ、会える算段がついたなら、もう一つの問題に専念できる。
耐性ポーションをわざと失敗させて、反転させた能力を付ける。回復ポーションと併せる事で、狙えるはずだ。
薬草などの低品質の物を、放置したりして、劣化させるのがいいらしい。水に浸けたりもいいだろう。
幾つか素材を見繕って、家へと帰った。
『おかえりなさい、マスター』
家に帰ると、メイフィが待っていた。どうやら留守の間に、また盗賊がやってきたのを撃破したようだ。このところは、セイラさんの家も守っていて、頼もしい。猫又の師法丸とも仲良くやってるみたいだ。
「何かあったのか?」
『レベルが20になって、新しい能力を選べるです』
IDを連れ回したりしているうちに、かなりレベルが上がって、ついにスライムを追い越したらしい。
「新しい能力?」
『はい、幾つかから選べるです』
炎魔法の広範囲化、火傷を与えて継続ダメージ化、炎の壁を立てて行動を制限するなど、中々に便利そうなのが並んでいる。
ただ俺の目は一箇所で止まっていた。
「浄化の炎……」
バッドステータスを解除できる治癒魔法だった。一連の事件への突破口ができた気がした。
耐性リバースのポーション作成には、素材の劣化をまたないといけない。
俺はメイフィに、バッドステータスを治せる『浄化の炎』を覚えて貰って、毒薬や麻痺薬を飲んでその効果を確認する。
「綺麗に治ってる!」
『当然です』
得意げなメイフィの頭を撫でながら、計画を伝える。
「私がいいと言うまでは、我慢してね?」
『わかったです』
俺はメイフィを連れて不自然ではない『ミリシアの森』でIDを回す事にした。キノコが胞子を飛ばす深い森だが、植物系のモンスターが多く、炎が弱点なのだ。
またボスのいるフィールドが、草原になっていて見晴らしもいい……まあ、襲われる事を考えたら、暗澹たる思いだが。
ランダムパーティで行き来を繰り返し、九回目の時に怪しいパーティと巡り合った。
Taka、Fuji、Nasubiの3人は、元々の顔見知りらしく、俺へと話しかけてきた。
「よろしくお願いします」
「ああ、任せといてくれたら大丈夫だから」
俺が遠距離火力だと分かると、それに合わせてパーティを調整。こちらが炎が得意なのもあるが、他のメンバーも炎系の装備を準備してあり、撃破ペースが早かった。
ボスのラフレシアをベースにした、蔓を伸ばして攻撃してくる花も、呆気なくHPが削れていく。
撃破確実となった時、ポーションを使用したエフェクトが、俺の周りに発生した。
「あっ」
すぐに体が動かないのを感じた。麻痺効果のようだ。自分に付いたバッドステータスを確認すると、その時間は59分。IDが終わるまで、ほとんど動けず、声も出しにくい。
「ああ、麻痺か」
「動きなしか、魅了や熱病は中々当たらんね」
他の男達もボスをあっさりと撃破し、俺の周りに集まってきた。
「はふ……へへ」
言葉を発しようにも、ろれつがまわらない。それが男達には嬉しいのか、はしゃいでいる。
「何でもいいよ、ここまでの上物なんて初めてだし」
「ゲーム内整形だろうけど、楽しむのには関係ないしな」
「攻略ペースも早かったし、たっぷり楽しめるぞ」
IDの残り時間は23分もある。
「変に構えず、君も楽しんだ方がいいよ。どうせ忘れるし」
男の一人がそんな事をいいなが、俺のゴスロリのワンピースに手を掛けた。以前のように脱がせようとはせず、小さなナイフですっと切り裂かれた。
露わになった胸元を容赦なく揉んでくる。
『マスター!』
『まだ、まだダメ』
心配そうなメイフィから念話が飛んでくるが、まだ我慢だ。
もう一人の男が、白のタイツを脱がしてくる。太ももが露わになると、そこに頬ずりしてきた。気持ち悪いが、あと一人。
最後の一人は何やら機材を持ち出して、俺がよく見える位置にセットしている。
『まさか、撮影までしてるのか!』
頭が真っ白になるほど、血が昇る。しかし、ここでセーフティを発動させてはいけない。努めて、冷静を取り戻す。しかし、揉まれて、撫でられて気持ち悪い。
「前の魅了は勿体無かったな」
「タンクはタイミングが難しいんだよ。タゲ暴れると厄介だし、タンクの子が死んじゃ意味ないしな。女の子なのにタンクとか、やるなよな」
勝手な事を言い合っている。だがその女の子に心当たりはあった。
「倒すの確認してからだったから、魅了がかかるまでの間にIDから出られちゃったんだよ」
「あらら、それはお気の毒」
「まあ、ケバくて可愛さは微妙だったけどな。胸は大きかったんだよ」
どんどんと、俺の中のイメージに近くなる。とするなら、セイラさんは被害に会う前に逃げられたのか。ほっと安心する。
「胸と足は抑えられてるし、俺は顔か」
残る一人が近づいてきて、俺の顔を掴む。待て、辞めろ。しかし、阻止する間も無く、唇が触れ合う。
『メイフィ、お願い!』
3つ目のハラスメントウィンドウが開いたのを確認して、メイフィに指示を出す。
俺の体が青白い炎に包まれ、男達は飛び離れた。
「な、何だ!?」
「何したんだよ」
「しらねーよ!」
言い合う男達は無視して、ウィンドウの2つを報告する。即座にそのキャラが視界から消え、残ったのはヒーラーで、ワンピースを切り裂いた男、Nasubiだった。
俺が動けるのを確認したNasubiは、後退りして距離をとる。そんなNasubiに質問すた。
「あのポーション、どこで手に入れたの?」
「ポ、ポーション? 何の事だ?」
「あなたのハラスメントウィンドウもあるのよ。逃げられはしないわ。知ってると思うけど、ハラスメント報告はキャラじゃなくて、アカウントから停止させる。これまでのプレイは全て無駄になるわよ?」
「し、知らないよ、俺は。Fujiの奴が持ってきたんだ」
「そう、残念ね」
Nasubiが後ろ手にアイテムを使おうとしていたが、それが効果を発揮する前に、ハラスメント報告は完了していた。
こいつらは末端というか、ユーザーなのだろう。元凶にたどり着くのは難しいと実感した。
「セイラさんが無事だとわかっただけでも収穫かな」
さすがにIDを回り続けて眠くなっていたので、IDから戻るなり眠ってしまった。