マーカスの決意と命の水
死亡状態から復帰したマーカスは、呆然としながら店まで戻ってきた。
「大丈夫……?」
せっかく手に入れた女の子ホムンクルスを失ったのだ。その衝撃は計り知れない。魂が抜けたようになっている。
軒先に座り込んで、ブツブツと何かを呟いていた。
「シリカたんの唇柔らかかったぉ。これ以上は捕まえてごらんなさいって事かぉ……」
グフフと気持ち悪い笑いをしているが大丈夫なのか? 現実逃避しているだけかもしれない。
同じく死亡から復帰していたトーマスに話しかけてみる。
「なんで冠を外したの?」
「いやぁ、少しなら大丈夫かと思ったんだけどダメだったわ」
などと気楽な調子だ。ホムンクルスを失った痛みはなさそう……いや、マーカスだけがいい思いするのを、阻止したかったのかもしれない。
「だってコスプレさせて、頭だけ冠のままだと画竜点睛を欠くじゃない?」
マーカスはシリカを探す旅に出るそうだ。自由を手にした空を飛べる存在を、どこまで追いかけられるのだろうか。今のシリカはアクイナスの娘ではなく、素体となった悪魔の心が元になっているのだろう。
召喚した悪魔を調べる必要があるのかも知れない。
マーカスも少し錬金術を習得しているらしいので、昨日入手した日記を渡しておく。スキルレベルで読めない部分はあるかも知れないが、多少の助けにはなるだろう。
「俺も手伝うぜ!」
「当たり前だ、馬鹿。まっててシリカたん、必ず見つけてみせるぉ!」
恩着せがましく言うトーマスを引きずって、マーカスは街を出ていった。
俺は譲ってもらったマネキンで、人形作成を試みる……が、すぐに頓挫。先に『命の水』というアイテムを作成しないと駄目なようだ。
これを血液の代わりに流すことで、マネキンに命が宿るらしい。
アクイナスのレシピでは、そこが載っていなかった。となると他にレシピがあるのだろう。
さっきは慌てて出てきた錬金術ギルドへと戻ってみる。錬金術スキルのレベルが上がったことで買える本が増えてないかを確認するが、そんなことはなかった。
受付のNPCに『命の水』に関して聞いてみるが、分からないらしい。
「爆発の錬金術師はジャンルが違うよな……あとはどこを探せばいいのやら」
アクイナス屋敷のダンジョンにあった本棚の本は、読めない物ばかりだった。あそこにあれ以上、レシピがあるとも思えない。
オークションへと足を運び、命の水を検索してみる。すると今の出品はないが、落札履歴は残っていた。その取引は少なく、落札価格はどんどんと下がっていた。
そして出品者の中に、見知った名前を見つける。
「ジェイクか……」
ファーストネームは同じだが、ファミリーネームの方はイニシャルだけなので、本人なのかは不明だ。確かめればすぐにわかるのだろうけど、どことなく彼には苦手な印象を抱いていた。直接聞かなくても、彼であると仮定すれば類推はできる。
ヒーラーにして、薬師である彼が出品しているのなら、ポーション系の派生である可能性が高い。
錬金術が不遇の位置づけである一つの要因は、作成できるポーションが薬師に劣るからだ。なので作ってなかったんだが、そっちを進めることにした。
初級のレシピは、錬金術ギルドで手に入れた本に書いてあった。HPを回復するポーション、MPを回復するポーション、解毒用と、麻痺を治すものの四種類。素材はオークションで揃えても安価だ。難易度も小動物のホムンクルスを作るよりは、簡単だろう。
家に戻って早速、合成を行っていく。特に引っかかることもなく、あっさりと作れてしまった。
問題はここからだ。次のレシピをどこで手に入れるか。スキルレベルが上がっても本は増えなかったギルドは、あまり当てにはできないだろう。
念のために、爆発の錬金術師の元を訪れてみた。いつも通り煤けたローブを纏い、錬金釜に向かっている。
「命の水? あれは燃えないぞ」
やはりこの人は可燃物にしか興味がないみたいだ。
「その辺の事は、アリアの範囲だな」
「アリア?」
「ああ、今ではすっかり堕落して薬師なぞやっておる」
万物に通じる錬金術から、特定の専門を極めることは堕落なのかどうか。命の探求も錬金術の基礎、薬の道もまた錬金術であるのかもしれない。
爆発の錬金術師から教わった場所は、街から出て少し森に入った辺りだった。そこは薬草が栽培される畑と、二階建ての家が並んでいた。
家の一階部分は店舗になっていて、受付の女性が立っている。
「いらっしゃいませ、お薬をお求めですか? 薬師ギルドに用事ですか?」
ここが薬師ギルドになっていたらしい。
「あのアリアさんという方に会いたいのですが」
「アリアは私ですが、何のご用でしょう?」
どうやらこの人がアリアさんだったらしい。黄色のエプロンが似合う三十くらいの人で、優しそうな印象だ。
「命の水という物を作りたいんですけど、アリアさんなら知ってると伺って」
「確かに生成方法はしっていますが、いったい誰から聞いたんですか?」
そういえばあの錬金術師の名前を聞いてなかった。
「スラムに住んでる、やたらと爆発物を作りたがる錬金術師です」
そう言った途端、アリアさんの顔が苦虫を噛んだように歪んだ。
「あの唐変木、まだ息してたのか」
殺意の篭った声に少し怖くなる。
「貴女、あのバカとは付き合わない方が身のためよ。自分の研究にしか興味のないバカだから。命がいくつあっても足りないわ」
「ええ、単に情報を聞いただけなんで……」
「え、あ、そうね。ごめんなさい。命の水のレシピが欲しいんだっけ。この本に載ってるわ」
あの錬金術師とは、何か深い関わりがあったのだろう。
提示されたのは、特殊な薬品レシピと書かれた本で5000G。それなりに高価な本だ。とりあえず購入して、そろそろまた金策しないとなと思う。
「おや、ケイさんじゃないですか」
その声に振り返ると、ジェイクが立っていた。ここが薬師ギルドであるなら、おかしくはないのだが、タイミングが何となく怖い。
「錬金術より薬師の方が良さそうでしょ?」
「いえ、単に必要なレシピをもらいに来ただけなので」
そうか、ジェイクはどこか錬金術を嫌ってるところがあるみたいで、それが嫌なんだ。何故だろうとは思うが、深く聞くつもりもない。
「それじゃあ、欲しいものは手に入ったんで帰ります」
「そうですか? なんかすれ違いばかりで寂しいですね」
俺は転送石を利用して、逃げるように家に戻った。