錬金術師と屋敷
滑り台を降りた先は、石を組み上げて造られた部屋で、奥に向かって通路が続いている。
「ここから先は合成獣が出てくるんだ。元になった獣によって、攻撃パターンが変わるんで気をつけてね」
トーマスが説明してくれていると、メイフィがトコトコと壁に向かって歩いていった。
『ここに何かある、です』
前足でカリカリと壁を引っかいている。
「ここに何かあるらしいんだけど」
「え? 隠し通路なんて聞いたことないけど……」
「とりあえず叩いてみれば分かるだろう」
シゲムネが大きなハンマーを取り出して振りかぶる。するとあっさりと壁は崩れ、書庫のような部屋に通じた。
「こいつは……」
タンクとして最初に入ったトーマスが、感嘆の声を上げる。そこは周囲が本が詰まった本棚に囲まれた部屋だった。
そして正面には、椅子に腰掛けたままミイラとなった遺体があった。サイドテーブルにある一冊の本の上に左手を乗せている。
「本棚の方はダメだね、開くと崩れる」
IDの制限時間を考えると、ここにある本を全て調べることはできない。やはり本命は遺体の側にある本だろう。
トーマスが警戒しながら遺体に近づき、その本を手にする。
「うーん、俺には読めないみたい」
「ケイちゃんなら読めるのかな?」
スキルに応じた解読が必要なようで、俺が見ると内容がわかった。
「色々な実験の試行する様子と、いくつかのレシピ、後は日記になってるみたい」
レシピは動く人形やゴーレム、人型ホムンクルスの作り方が載っていた。
日記部分を読んでいると、奥の部屋に進んだトーマス達の声が聞こえてきた。
「こ、これは凄い!」
「てゆーか、可愛い!」
「いいねえ、これこそホムンクルスだろう」
俺もそっちに行ってみると、円筒形のガラスにローティーンの少女が浮かんでいた。青白い肌に、暗い青の髪。オールバックで露わになった額には、複雑な模様が描かれている。
ボディペイントのように肌にぴったりとした服は露出も多く、男達がはしゃいでいた。
俺が近づいたことがスイッチになっていたのか、ガラスにヒビが入り始め、背後の書庫への通路が閉鎖された。
「え、ボス戦?」
「この子と!?」
ガシャーン!
遂にガラスが砕け散り、少女が地面に降り立つ。驚く俺と違って、熟練のプレイヤー達はスイッチが切り替わっている。
トーマスが最前線で盾を構え、マーカスは敵の側面に。シゲムネも弓を構えて、射撃を開始する。
少女は何気ない感じでトーマスへと腕を振るった。盾でガードを固めていたトーマスが大きくノックバックさせられる。
「まずい、コイツ無理設定だ!」
トーマスの声にシゲムネは、弓を杖に持ち替えヒールに専念。マーカスから声が掛けられる。
「何か部屋にギミックがあるはず、それを探して!」
部屋の中央に少女の入っていた実験槽。部屋の奥には古びた箱、壁には本棚。慌てて駆け寄るが、本は外れ。書庫の本と同じく、読むことはできなかった。
一方、トーマスのHPは、激しく増減を繰り返している。ダメージを受けたのをシゲムネが回復しているのだろう。
箱の方にはいくつかのアイテムが入っていた。月桂樹でつくったような冠、ガラス瓶に入った液体、文字の刻まれたプレート。あとは光沢のある赤紫の石、何かの骨などだ。
「訳がわからないっ」
マーカスが隣で頭を抱える。背後の戦闘は激しく、盾を殴られる音が響いてくる。
「あ、日記か!」
日記を走り読みすると、錬金術師が研究に没頭する様子が書かれている。発端は失った娘の復元というありふれたもの。命の水と呼ばれる秘薬を求め、エリクサーを作ろうとして、年月を重ねた。
やがて娘の体は朽ち果て、器から再現を試み、マネキンを動かし、ホムンクルスを作るが上手くいかず。
遂には悪魔を召喚し、それを素体にホムンクルスを作成した。容姿を娘に似せて、魂を降霊したが悪魔の自我が抑えられずに暴走。エネルギーを使い果たして仮死状態になったところで、実験槽に入れて封印した。
しかし、仮のモノで真に悪魔の自我を封じるには、制約の冠を被せるしかない。
錬金術師は素材を集めたところで力尽きた。動き出した悪魔のホムンクルスを止めるには、合成を行って被せないといけない。
「トーマス、もう少し頑張って!」
俺は携帯用錬金釜を用意して、必要な素材を並べる。本で得たレシピから、『制約の冠』を、選び合成開始。
本来はかなり高度な合成なのだろうが、イベント用なので失敗せずに完成。月桂樹で作られた冠のようなそれをマーカスへと渡す。
「これを」
「オーキードーキ!」
マーカスが壁を蹴って高く舞うと、悪魔ホムンクルスの頭へと被せた。冠が外れないように頭を抱えながら、二人で床に転がる。
ホムンクルスの暴威から開放されたトーマスとシゲムネが見守る中、マーカスがゆっくりと体を起こす。
続いて起きあがったホムンクルスには、攻撃性が無くなっていた。
「マスター、ご命令を」
制約の冠を被せたマーカスを主として認識したようだ。
「え、マジで?」
「まて、ここはちゃんと所有権を掛けて勝負しないと」
マーカスにトーマスとシゲムネが食ってかかる。俺としては、錬金術のレシピが手には入ったので文句はなかった。
「まだダンジョンは続いてるから、クリアしようではないか」
マーカスが紳士顔でそう切り上げて、探索を続ける。
戦闘に参加したホムンクルスは、脅威の強さを発揮。ほぼ一人で雑魚をなぎ払う。
ボスは最も知られたキメラ。獅子と山羊の頭を持ち、獅子の体に蛇のしっぽ、コウモリの羽根がついた姿だった。
「行けっシリカ」
アクイナスの娘の名前がつけられたホムンクルスは、本来のボスよりも強かった。そこへプレイヤーの攻撃も加わって、あっさりと終了。
シリカの所有権に関しては、いつでも会わせるということを条件に、マーカスが引き取ることになった。
既に看板娘として着飾らせる方向に話が進んでいた。ハラスメントに引っかからないように、注意はしておいたが大丈夫だろうか。
「ただいまー」
メイフィを連れ出すために留守番をしてもらっていたセイラさんに挨拶する。
「おかえり、ケイちゃん。結局、どこ行ってたんだっけ?」
「アクイナス屋敷です」
「ああ、あそこか。不気味な敵が多かったでしょ?」
セイラさんはあの手のモンスターは苦手なようだ。
「錬金術のレシピも取れたので、上々の成果ですよ。メイフィのレベルもかなり上がりましたし」
ボスのキメラ戦では、シリカに張り合うようにかなりの攻撃を見せていた。元々のレベルが低かった事もあり、一気にレベルアップ。スライムに近づいていた。
そのメイフィを庭に放してやると、すぐに法師丸とじゃれ合っている。その姿には癒された。
『お姉さんが鍛えてやるです』
「ほどほどにしてやれよ」
「畑も大分できてきましたね」
「モフモフのおかげね。いつの間にか『耕作』の能力を覚えてたわ。おかげで品質の良い野菜ができるみたい」
そのモフモフは、メイフィから逃げ出した法師丸に絡まれていた。もこもこの毛玉が転がり回っている。
「明日は休みだし、久しぶりに朝食作るわね」
「え、そんな、悪いですよ」
「なぁに? 私のご飯は食べれないって?」
「いえ、ご飯はとっても美味しくて嬉しいんですけど、私は返せないし……」
「いいのよ、私の感謝の気持ちなんだから。ケイちゃんと過ごすようになって、ちょっとマンネリしてたのが解消されたというか、新たな楽しさを教えてもらってるから」
「私の方こそ、セイラさんには色々教えてもらって、楽しんでますよ」
「今度のお風呂も楽しみだしね。互いに同じのをするのも楽しいけど、補い合うのも楽しいじゃない。私は料理で、ケイちゃんは色々な発見。役割分担よ」
「そう言ってもらえると気が楽になります。セイラさんのご飯楽しみです。一人暮らししてるとなかなか、ちゃんとしたご飯食べないですし……」
「ダメよ、ケイちゃん。リアルもちゃんとしないと!」
「うう、ごめんなさい」