第三十ニ話 秘密を持つのは誰?
ノックスフィムは、いつもローブのフードを深くかぶっているので、顔が影になって良く見えない。香澄が垣間見た顔は、彫りが深く鼻筋が通った北欧系イケメンである。高身長で声も豊かに響くので、やや声フェチの香澄はちょっとドキッとする瞬間があった。
ただ、魔道具のもふもふオッサン精霊の話を聞くと、魔術師の設定にありがちな研究オタク気質なのだろう。
「遊帆殿は、微弱な小さい精霊にも人格や知能が備わっている事に懐疑的ですが、蓄積された経験から得た予測です」
「つまりは、なんとなくそうなんだろって感じなんだろう? それは、証明にならないって何度も言ってるはずだよ」
「……申し訳ございません」
「まず、証明には客観的な数値の観測と立証が不可欠だ」
「精霊は、客観視できず数値化も出来ない。観測者も限定されています。精霊を探知する方法は、未だ『祝福』以外存在しないのです。……遊帆殿が言う『カガクテキケンチ』を精霊研究に当てはめるには限度があります」
「そこを、魔道具で観測器を開発するとか、何とか観測する方法を探る努力をすべきだろう」
「それだと、魔道具の精霊に力を借りるので、客観的観測とは言えないのではないでしょうか?」
「……うーん。だから、そこは魔道具の動力源を精霊や魔力以外で補う方法を考えて……」
「あの、私はいつまでこうしていればいいのですか?」
遊帆とノックスフィムの議論が白熱してきたが、香澄の背筋と腰が限界を迎えそうになっていた。こんなに長い間、やや低めのテーブルに、片手を魔法陣に置いた中腰の姿勢でずっといると、若い身体になったといえ膝や腰が痛い。
香澄の現在の身体……若くてしなやかな筋肉は、多少の無理な姿勢でも軽々と維持できていた。香澄は以前の余計な脂肪がついた上に、あちこちガタがきていた五十代の身体と比べて、今の身体はなんて素晴らしいのだと調子に乗っていたが、若くても限界はあるのだと反省した。
「あ、ごめんね香澄ちゃん! ノックス! 討論は後にして、先に香澄ちゃんの正確な魔力属性を測ってくれ」
「申し訳ありません。香澄様、もう少しそのままでいて下さい!」
ノックスフィムが慌てて香澄の反対側に立ち、何か詠唱しながら魔道具の板に描かれた飾り文字の様な一部分を指先でなぞる。魔道具の飾り文字が、指先の触れた場所から光を放って魔道具を一周した。
「魔力属性開示!」
魔道具の上にフワリと光りの枠が浮かび上がった。
「香澄様、もう手を離して大丈夫です」
「はい。あたたた……」
香澄は腰に手を当てて伸びをした。行動がババくさいのは許して欲しい。
「……ノックス、おかしいぞ」
「遊帆殿?」
「まだ表示されてない」
「え?」
「…………? 変ですね? 表示されない?」
ノックスフィムは、首をかしげてもう一度飾り文字に触れながら詠唱した。
「魔力属性開示!」
『あかんな、本人以外に開示不可や!』
フンスと胸を張った二足歩行のモフモフ精霊は、短い前脚をクロスさせてバツ印をした。香澄は、その姿と言葉を見聞きして目を丸くした。
「魔道具の故障でしょうか? はっ! そうです。香澄様、魔道具の精霊に尋ねていただけますか?」
「あ、はい。あの、精霊さん?」
『何度でもあかん! 開示不可なんや!』
「えっ?! 精霊さん?」
『ネエちゃんの魔力属性は、常識を超えとるんや。正直に公開したら、えらい騒ぎになるで、称号とか持っとるし。そやから、あかんのや。オッチャンの経験と勘を信じとき。あ、この事は他のやつには黙っときや』
「……………………」
香澄は、何やら自分に新たな発見があるらしいぞと慄いた。もうこれ以上は要らないし、気が遠くなりそうだ。
『しゃあないな、隠匿しとる方がええのは、これ、これ、これやから……これもあかんな……。よし、コレやったらまあ、ええか……?』
光る枠の中に、ふわっと光る文字が中空に浮かび上がった。
『隠匿しとくのは『魔力量が測定範囲以上の為計測不可能』と『魔力全属性』、『世界の祝福』と、称号『裁定者の娘』やな……』
……………………は?
『魔力は、『落ち人』さんの平均ぐらいにしといて、『全属性』は『四大属性』に抑えとこうか? それでも、かなり凄いねんけどな。ネエちゃんの精霊の姿が見えて会話できるのは、『世界の祝福』のおかげや。この世界そのものに、めちゃめちゃ愛されとるからやな! そやから、自動的に精霊にも好かれとる。そこを、ただの『精霊の祝福』にしとこう! あとは、隠匿や。あ、誰得や? そこ、笑うとこや! …………ありゃ? スベったか? ま、それもアリや!』
精霊は、小さな身体で精一杯胸を張ってツッコミポーズをきめていた。
「ああ、香澄様。大丈夫です。表示されました」
香澄は、魔道具のもふもふ精霊が喋った中に不穏な言葉が混じっていたのを記憶から消したかった。
『世界の祝福』だなんて壮大過ぎて怖いし、『世界』とやらに愛されるほど関わり合いになった覚えもない。称号も『裁定者の娘』とか、中身五十女にはイタすぎる……。『裁定者』って、誰なのだ?! 両親は鬼籍に入っているし、至ってごく普通の人物だった。間違っても『裁定者』などと呼ばれるような事などない。
どういう仕組みかわからないが、塔の内部に広がる草原を渡る風はあまりに爽やかだった。逆に、香澄の心は嵐が吹き荒れていた。
香澄が頭を真っ白にしている間に、ノックスフィムはサラサラと用紙に記録していた。
遊帆は、香澄の動揺を見逃がす筈はなく、ニヤニヤと笑っていた。
「香澄ちゃん、何かあったかな?」
「な、何のことでしょう? 遊帆さん」
香澄は、思いっきり噛んでしまった……。
「ノックス、結果を正式書式で二部作成して一部は俺にくれ。もう一部は受取人を陛下のみに指定した機密保持魔術付きで、塔の出張所で待ち構えている陛下の執務長に渡してくれ。そのメモは厳重に廃棄して口外も厳禁な!」
「承知いたしました。では……」
ノックスフィムは、いそいそと草原にポツンと立った扉から出て行った。ノックスフィムは、久しぶりの機密書類の作成だと楽しげに呟いていた。
香澄は、魔術師って魔術に触れられれば何でもいいのかもしれないと思った。
「あー、香澄ちゃん。誤解を招くかもしれないが、ノックスフィムはまだマシな魔術師の方だからな……」
「マシ……ですか。まあ、人は誰しも多面性を持つ存在だと思います。今日見た一部分だけで、人を判断できるほど、わたしは傲慢なつもりはありませんから大丈夫です。」
「ははは、だがノックスは素直にあのまんまだからな」
「あのまんま……もしや残念イケメンで魔術研究オタク気質?」
「おわっ?! 当たってる!」
「当たって……」
香澄は、初見でプロファイルが出来るような能力は無いが、長年の経験と勘で人を見る目はあるつもりだ。異世界の事情や常識はまだまだ知らない事だらけだが、どうやら人の心の動きに大きな違いはなさそうだ。
香澄達がそんな会話をしている間に、もふもふ精霊はデデンと仰向けになって魔道具の上で寝てしまった。その姿と光る枠と文字も、段々と薄くなってすっかり消えてしまった。
「健康診断ですか?」
「そうだよ。そろそろ診ておいた方がいいからな。そこの木の根元に座って、そう、そこだ。幹に背中を預けてリラックスしてくれるかな」
遊帆は、テキパキと香澄に指示した。大きく傾いたリクライニングチェアーのような木の根元に身体を横たえる様に座った。
香澄が見上げた視界一杯に、木漏れ日がキラキラと輝きながら降り注いだ。葉ずれの音がサラサラと囁いてくるように香澄を包み込んでゆく。
ほわぁ、癒される……。
自然に肩の力が抜けて、思わず深呼吸をしてしまう。優しく風がそよぎ、香澄の髪を撫でていった。身体がじんわり温かくなってきて、血のめぐりが良くなってきたような気がした。
「遊帆さん、この木の根元って凄く癒される気がします」
「ああ、魔力を養分に育つ木なんだが、不思議だが過剰な魔力だけを吸い取りバランスを整えてくれる作用がある。精霊が宿っていて、その精霊が優しいからだと言われている」
「優しい精霊の木?」
香澄は心の中でありがとうと言ってみた。どういたしましてと返ってはこなかったが、フワリと風が頬をなぜた気がする。
「バイタル計測っと………………うん。リングネイリアとアレクシリスの魔力はきれいに馴染んだようだな。これで、新陳代謝が進めば完全に香澄ちゃんの身体として機能するだろう」
「魔力と身体の代謝は関係があるのですか?」
「この世界の成り立ちに魔素は切っても切れない。だから世界の常識も多少違う。万物は魔素を必ず必要とし、それ故に魔力と関連がある。だから、医療も基本的に魔力と関係が深いんだ。今から詳しく講義する時間は無いが、焦らずこの世界に徐々に慣れていけばいいと思うよ」
遊帆は、悪ふざけ無しの真面目か表情で香澄にそう言った。
「完治まで、あとどれくらいかかりますか?」
「代謝が早い血液は毎日少しずつ作られ入れ替わるし、代謝が遅かったり入れ替わる事のない細胞もあるが、そこは経過観察するしかないな。日常生活を送るのに不自由ない段階を完治とするなら、もう完治している。だが、念のため一ヶ月くらい魔力や体組織も安定した状態が続けば、安心していいと判断出来るだろう」
「瀕死の状態から完治まで、ひと月しかかからないなんて……」
「魔術で身体の欠損すら治癒出来る世界だからなぁ……。ただ、内科的要因の病気は複雑で原因が判っても治癒出来ない病気も多い。だから、不調を少しでも感じたら、すぐに言ってくれ。ところで、香澄ちゃんって、いろいろと秘密がありそうだな」
「……えっ?!」
香澄は、魔道具のもふもふ精霊が隠匿した内容を、遊帆がなんらかの方法で知ったのかもしれないと焦った。
「まあ、秘密もいい女の魅力の一つなんだからいいじゃないか。それに、自分に不利になりそうな情報は、この世界じゃ誰にも言わずに隠しておくのが正解だ。俺にだって、誰にも言えない秘密があるんだぜ」
「秘密……」
遊帆は器用にウインクをした。時にはイラっとさせられるが、香澄は遊帆の気安さに救われている部分がある。
だが、そんな遊帆にも秘密があるのは本当の事だろう。それが何かを深く考えると、……香澄は小さく背筋が震えた。
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