第三話 強制遊覧飛行
香澄が、アレクシリスの不機嫌の原因とも言える『隠れ家』での数日間を、つらつらと思い出していたのには理由がある。
王都の上空に着いてから、杜若は高度をある程度保ちながら、ゆっくりと旋回し始めたのだ。
目的地のファルザルク城を避けて、王都をぐるりと大きな円を描きながら飛んでいる。道を歩く人の姿が、はっきりと確認出来るかなりの低空飛行だ。
四階建ての大きな建物の屋上に、大勢の人々がいて、歓声を上げたり、こちらを指さして興奮していた。あれは、まさか観光客だろうか?
杜若の風魔法は、香澄達に何一つ不快な思いをさせない。物珍しい異世界の王都の風景を、ゆっくり上空から見られるのは楽しかった。しかし、香澄は、もうお腹いっぱいな感じになってしまった。ぐるりぐるりと何周目なのか数えるのをあきめた頃、杜若はファルザルク城に向かって飛び始めた。
香澄は、強制遊覧飛行が、やっと終わったのかと息をついた。すると、背後のアレクシリスがクスクスと機嫌良く笑っている。
「さすがに、王都を何度も周回するのは飽きましたか?」
「あ、や、その、急いでるはずなのに、なかなかお城に向かわないから、どうしたのかと思いまして …… 」
香澄は、そんなに自分の態度が、分かりやすかったかと反省した。
杜若の斜め右後方を、鉛色の竜のバーミラスが飛んでいる。竜騎士のリックスが小柄なので、メイラビアが後ろに座わっていた。
そして、斜め左後方を、濃い緑色の竜が飛んでいる。契約竜は、常盤と呼ばれていた。契約者はアレクシリスの副官だという。
彼らは、大使館から魔霧の森の異変の連絡を受けて、アレクシリス達の捜索にやってきた竜騎士だった。魔霧の森のアレクシリス達を発見して合流し、『隠れ家』までやって来たのだという。副官の彼は、香澄に人好きする笑顔を見せながら、フレデリク=アゼル=ダンブレッドと名乗った。
ランスグレイルは、フレデリクと一緒に常盤に同乗していた。こちらも、後ろにランスグレイルが座っている。香澄は、自分も後ろに座っても良かったのではないかと思ったが、今更な話しだった。
「竜騎士は、余程の非常時以外は王都の上空を最低十周してから帰還するのが規則なのです。観光客への配慮ですが、この数日は、緊急事態ばかりで、周回飛行をする竜騎士がほとんどいなかったので、特に念入りに王都を周ってから帰還するように、王太子殿下の厳命があったのです」
「王太子殿下 …… 」
「マリシリスティア=サンドラ=ファルザルク。私の姪で、ファルザルク王国の女王太子殿下です。香澄に竜騎士団の制服を着てもらったのも、観光客に不審に思われない為です。竜騎士団以外の人物が竜の背にいると、どうしても目立ちますからね」
『見習いの竜騎士を一緒に乗せて飛ぶことは、よくあるからな』
杜若も、アレクシリスの機嫌が直ったのがわかったのだろう。会話にくわわってきた。
「では、メイラビアさんは、目立ってしまっているのですか?」
「メイラビアは、問題ありません。彼女は、何度もあの服装で飛んでいますから。何でも、彼女を見ると幸運になれる。という噂を『ファルザルク観光局』が、広めているそうです」
「『ファルザルク観光局』?」
「王太子殿下の発案で、王都観光の広報を主に、観光客の苦情処理と観光施設の指導まで、幅広い業務を担当する政府機関です。殿下が言うには、二重、三重に利益が出る機関だとか …… 」
「 …… そうなんですか」
ランスが、びっくり箱みたいな女性だと言っていたと、言いかけて止めた。香澄も学習能力は一応ある。
「 ファルザルク城の上空を、竜騎士が飛行するのは禁じられています。『囁きの森』、竜騎士団の契約竜の寮の裏手に、飛行場があるのでそこへ着陸します」
そうして、杜若はファルザルク城を大きく迂回した。なるほど、アレクシリスの説明通り、お城は色々な素材や様式で建てられた建物の集まりで、複雑に組みあがっていた。
城の裏手、崖地ギリギリに建った、石造りの広いテラスを持つ、焦げ茶色の屋根の三階建ての建物に近づいていく。建物の中心は少し高い塔になっていて、ドーム状の屋根になっている。どうやらテラスが飛行場で、着陸地点のようだ。陸上競技場くらいの広さのあるテラスの中央に、フワリと、杜若は着地した。
アレクシリスは、安全ベルトを外して、ヒラリと鞍から降りて、香澄に手を差し出した。香澄は、慌てて安全ベルトを外すと、アレクシリスに少し持ち上げられて、下ろしてもらった。
香澄は、広い石畳みの飛行場のテラスに立ち、今さらながら、異世界にいるのだと実感が湧いてきた。
「ちゅん。」
「えっ?」
「な …… !」
アレクシリスの右肩に、ずんぐりむっくりとした小鳥が止まっている。紅い鋭い目つきと、真っ黒な羽根をしている。コテッと、首を傾げようとして、身体ごと傾いてしまった。
「おまえ、皓輝ね」
「ちゅん。ちゅん。ちゅん。」
香澄は、一目でそれが皓輝の一部だとわかった。
「香澄、わかるのですか?」
「『主従の誓約』のおかげです」
アレクシリスは、自分の肩に乗る小鳥を捕まえようと、手を伸ばした。
すると、小鳥皓輝はパタパタと小さな翼を羽ばたかせて、その手を逃れた。そのまま、ヨタヨタと飛んで、香澄の差し出した手の上に着地した。
「ちゅん♪」
「それと、なかなか意思疎通を図れなかったせいで、魔霧の森の嵐が収まっても、香澄をすぐに迎えに行けなかったのです」
アレクシリスは、忌々しそうに小鳥を睨んだ。
香澄は、足元にすり寄ってきた黒猫皓輝に、小鳥皓輝をどうするのか尋ねた。
すると、無理して吸収するより、分離したままで、小鳥皓輝を成長させてみたいと返事がきた。まだ、黒猫皓輝とオリジナルの融合が安定しきっていないのも理由らしい。
「ちゅん。ちゅん。ちゅん。ちゅん。」
「香澄、ソレは何と言っているのですか?」
「 …… その、アレクシリスさんが、察しが悪くて苦労したって、言ってます …… 」
アレクシリスの周りが、ヒヤリとした空気に包まれた。顔を見ると安定の王子様スマイルで表情には出ていないが、かなりご立腹のようだと、いくら鈍い香澄にもわかった。
「ちゅん。ちゅん。」
「 ……なっ!」
「香澄?」
「ちゅん。ちゅん。ちゅん!」
「 ………… 」
「わかりました。ソレは、私の悪口を言っていますね」
「ち、違います …… !」
香澄は、真っ赤な顔をしてアレクシリスに反論した。
小鳥の皓輝は、香澄に『こいつは、香澄様の恋人なの? 』『番を心配する竜のようで、すごく鬱陶しかった!』と言ったのだった。
契約竜の寮だという建物の扉が開いて、巫女装束の飯田亜希子が飛び出してきた。香澄の姿を見つけて駆けよってきた。
「香澄さん! 良かった! 無事なのね?」
香澄が駆けよってきた亜希子を視認したとたん、目前に黒い壁が現れた。青年皓輝の背中だと、すぐにわかったが、何故、立ちはだかるのだろう?
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