第三十七話 魔霧の森の隠れ家 ①
仕上がった分だけなので、短めです。
真っ白な霧が、視界を塞いで気流が渦巻くと、杜若の体勢がガクンと一気に降下した。
『駄目だ! 精霊が消えてしまった! アレクシリス、魔法が使えない! 結界が! 墜ちる!!』
杜若が絶叫して、急激に落下していく。杜若の結界が消えてしまったと同時に、重力に引かれ落下していく。こんなスピードで墜落すれば、全員無事に済むはずがない。
杜若の竜体が空を切り、香澄は風圧で息も出来ないほどだった。
もう、森の木々の先端が目の前に迫っていた。
香澄は、離れてしまったと思っていたバーミラス達も、同じ様に落下していくのを、視界の端にとらえたが、どうする事も出来ない。
香澄の肩から、皓輝が空中に飛び出した。ブワッと黒い霧が視界に広がり、青竜の巨体ごと香澄とアレクシリスを包み込んだ。
とっさに、香澄はバーミラスに騎乗したメイラビアとリックスも落下している事を皓輝に伝え、助けてくれるように呼びかけた。
『香澄様、こちらだけで精一杯です!』
「お願い!皓輝、助けて!!」
『香澄様、いけません! 無茶です!』
香澄は、皓輝に命令した形になり、それを皓輝が従う為に魔力が大量に必要になった。香澄は身体から、ごっそり魔力が無くなるのを感じて意識を失いそうになった。
黒い霧が二手に分かれて、杜若と、バーミラスを包んだ二つの球体になり、森の木々を、なぎ倒しながら、ゆっくりと地上に降りて霧散した。
アレクシリスは、腕の中の香澄が急激に体温を失っていくのを感じた。香澄の顔色は真っ青で、薄っすら開いた瞳の焦点が合わない。
「香澄?!」
「アレクシリス! 香澄様を運ぶ! 退け!」
青年の姿をした皓輝が、杜若の背中の香澄とアレクシリスに駆け寄った。
「お前は、皓輝なのか?」
「香澄様は、鉛色の竜を助ける為に無茶をされた! 今、僕の力は弱っていて、香澄様の魔力を使っているんだ! 香澄様の魔力が枯渇しかけている。治癒魔法の繋ぎ目が!」
アレクシリスが、香澄の身体を見ると、所々薄っすら血が滲んできている。香澄の呼吸は浅く、荒くなってきた。
「治癒魔法で、魔力を注げば …… !」
「アレクシリスの治癒魔法では遅い! 間に合わなくなる!」
「では、どうしろというんだ?!」
「香澄様を連れて『隠れ家』に連れて行く!」
「『隠れ家』だと?!」
「説明している時間がない。僕を少し置いていくから、必ず迎えに来て!」
皓輝は、それだけ言うと、ブワリと霧状になって香澄を包み込んで森の奥へと去ってしまった。アレクシリスは、腕の中の香澄が一瞬で奪われた事にショックを受けつつ、杜若の背中の鞍から降りた。杜若は竜体から青年の姿になり、アレクシリスと同じく、皓輝が香澄を連れて去った方角を見ていた。
まだ、陽が高い時間なのだが、魔霧の森の中は、静かな暗闇に包まれていた。白い霧は、すべて森の上空に流れていき、空を覆い渦巻いているからだ。
『ちゅん。』
「は?」
アレクシリスの左腕の肘辺りに、拳より小さな黒い塊がくっ付いている。
アレクシリスは、腕を軽く上げて、目をこらした。すると、腕に丸々とした小鳥がいる。小鳥のくせに、猛禽類のように目つきが鋭く、濡羽色の翼と紅い瞳をしている。
『ちゅん。』
「 …… 皓輝、なのか?!」
『ちゅん。ちゅん。ちゅん。』
「か、杜若、これが何を言っているのか分かるか?」
「多分、『ちゅん。』と言っているな」
「こんなモノを残して、皓輝は、どうしろと …… !」
アレクシリスは、片手で前髪をくしゃりと握りしめた後、はっとして、杜若に尋ねた。
「リックス達は?! バーミラスだって墜落したはずだろう! 無事なのか?!」
「こっちだ! 気配がする …… 」
杜若は、走り出そうとして、立ち止まった。杜若の足先の空間がゆらゆらと揺らいでいる。
「アレクシリス、俺から離れるな! 空間が歪んでいる場所がある。歪みに触れただけで何が起きるかわからない!」
「ああ、了解した!」
『ちゅん。』
杜若の先導で、木々の間を空間の歪みを避けながら歩くと、倒木の中心地に鉛色の塊が見えてきた。
「リックス! バーミラス! メイラビア!無事か?!」
森にアレクシリスの声が響き渡り木霊した。
「 ………… 返事がない。杜若、急ごう!」
「アレクシリス、あれを見ろ!」
アレクシリスが杜若の見ている方角を確認すると、上空で渦巻いていた霧が、臨界点を超えたように、ゆっくりと高度を下げ始めていた。
「杜若、結界魔法は何とか使えそうか?」
「アレクシリスの魔力を借りれば何とか …… 」
「あれだけの魔素の霧が、一度にのし掛かって来れば、無事に済む保証は無い! 急げ!」
「ああ、こっちだ!」
アレクシリスと杜若は、森の木々の間を右に左に縫うように駆けて行った。歪みを避けながら出来るだけ早くバーミラスと合流しなければならない。
『ちゅん。ちゅん。ちゅん。』
小鳥の皓輝は、アレクシリスの腕に意地でも張り付いたままだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
もう少しだけ森の中にいます。
ファルザルク王国が遥か彼方で遠い!




