第二十四話 『死者の王』
蘇芳は、半分ほど飲んだカップを置くと、香澄に優しく問いかけた。
「香澄様、お身体のお加減はいかがでしょうか? 」
「まだ、貧血っぽいですが、大丈夫です。アレクシリスさんが治癒魔法をかけてくれたおかげで、 ………… 」
「香澄様?」
「あ、いえ、無理をしなけば、もう大丈夫です …… 」
香澄は、脳天気に蘇芳の前で、治癒魔法を話題にしてしまって後悔した。自分が瀕死の状態から助かったのは、リングネイリアの亡骸に残された魔力のおかげと、アレクシリスから聞いていたからだ。
あの夢が本当なら、蘇芳はリングネイリアの父親だ。娘の死と深く関わる香澄を、本心ではどう思っているのか急に不安に思えてきた。
蘇芳は、 最初から香澄を『鍵』だと言っていた。
竜王リングネイリアが『禁断の秘術』を行い、香澄を召喚したならば、色々な事を蘇芳は知っているはずだ。アレクシリスは言葉を濁したが、リングネイリアの死の真相も謎のままだった。
ただ、香澄はその事を、あまり知りたと思っていなかった。何故なら、ランスグレイルはリングネイリアの仇として、香澄を殺そうとしたのだ。それ程までに恨まれるとは、どんな悲惨な事実があったのか、知る覚悟が必要とされるだろう。
香澄は、面と向かってリングネイリアの事を蘇芳に聞く勇気は無かったが、聞きたい事は沢山あった。
蘇芳は、少なくとも初対面から好意的に香澄を、竜族の町に招いている。香澄の存在は、よほど重要な意味があるのだと考えるのが自然だろう。
「蘇芳さん、初めてお会いした時、わたしを『鍵』だとおっしゃってましたね」
「はい。 …… これからお話しいたしましょう。今から話す事は …… 我々だけの秘密にしていただきたいのです。他の者には聞かせたくないので、警護の者を下がらせて、周辺には結界を張らせていただきました。 …… 事後ですが、ご了承下さい」
「蘇芳さん、そうまでして、秘密にする必要があるお話だというのですか? 」
「 …… 香澄様の御身の …… 安全の為です」
「わたしの、安全ですか?」
蘇芳は、深く息を吐き出してから頭を振った。額に手をやり黙りこんでしまった。ずいぶん顔色が悪く、眉間に深い皺が寄っていた。隣に座る黄檗を見ると、同じく顔色が悪く、額に汗をかいている。
「蘇芳さん? 黄檗さんも、大丈夫ですか?」
「 …… ええ、大丈夫です」
「 …… 」
力なく蘇芳は答えたが、黄檗は返事すら出来ない様子だった。
香澄は、隣にすわる藍白が、普段に比べて静かなのと、二人の体調がおかしいのに何も言わないのが気になり目線を向けた。
すると、藍白は、カップを手に持ったまま、飲み干した紅茶のわずかな残りに視線を落として、ぼんやりとしていた。何か、考え込んでいるのか、香澄が見詰めているのに気がついていない。
香澄は、藍白に声をかけようといた時、蘇芳がいきなり、頭をローテーブルに付きそうなくらいに下げた。
「 …… 香澄様、どうかお願い申し上げます。藍白と『飯田亜希子』という『迷い人』に、会いに行っていただきたいのです。香澄様が知りたい事は、全て彼女が、 …… 『死者の王』が教えてくれるでしょう」
「はあ?! 『死者の王』 ??」
異世界転移してから今日まで、必要に迫られて色々な人々に関わった。
しかし、『死者の王』とは、まるでゲームのラスボスか何かの様な呼び名だ。 おまけに、蘇芳は遠回しに質問に答えるのは、自分ではなく、『死者の王』だと言ったのだ。
普段の香澄なら、『飯田亜希子』と『迷い人』の重要な情報を聴き逃したりしなかった。しかし、冗談みたいな『死者の王』のフレーズに、香澄は冷静さを失った。
香澄は、ふつふつと沸き上がる怒りに頭が熱くなってきた。蘇芳がケンカを売るのなら、買ってやろうじゃないか! と、思うくらいに、今の香澄は精神的な疲れから短気になっていた。
先ほど、状況を整理した事もあって、これ以上のイベントは慎んでご辞退申し上げるつもりだ。もし、蘇芳達に何かを頼まれたら、事前に考えていたのだが、速攻で断るつもりだった。
「香澄様、お願いいたします」
「蘇芳さん、申し訳ございませんが、お断りいたします。嫌です!」
「香澄様、時間がありません。すぐに、藍白と出発して下さい。ファルザルク王国から、アレクシリスが戻ってきたら、貴女はあの『管理小屋』に一年間は閉じ込められて、出られなくなるでしょう。あの場所は、竜族でも基本的に不可侵なのです。王弟でもあるアレクシリスは、女王の命令に忠実に従います。それでは、何もかも、間に合わないのです!」
「蘇芳さん、待って下さい!ろくな説明もなしに、すぐに出発しろって言われて、行けるはずはないです! それに、アレクシリスさんに何も言わずになんて、そんなこと出来ません …… えっ、王弟?? アレクシリスさんが?!」
香澄の頭の中を、疑問符が飛び交っていた。香澄は、公爵が貴族制度の王家に次ぐ地位というくらいの知識しかない。身分制度の無い国に生まれ育つと、貧富の差は感じても、身分の差を感じる機会は少ないのだ。
しかも、治癒魔法で、ずっと魔力通じてアレクシリスの人となりを感じていたせいで、香澄の好感度はかなり上がって身近に感じていたのだ。
「彼の名は、アレクシリス=ヒンデル=ハイルランデル、爵位は公爵です。彼は、臣籍降下したとはいえ、ファルザルク王国のアレクサンドリア女王の異母弟です。竜騎士団では、団長を務める竜騎士でもあります。そして、『落ち人』の『管理者』は、代々竜騎士団長の責務です。別に、彼は香澄様に親身になって行動しているわけではありません。『管理者』の義務だから、香澄様を保護しているにすぎません。ですから、女王の命令があれば、貴女様を処分する決定が下されても、迷わず従うでしょう」
黄檗も、蘇芳と同じ様に香澄を説得しようとする。
「香澄様、ファルザルク王国の手の内から、逃げるのに、アレクシリス不在の今が好機です!」
「え、と、アレクシリスさんって、そんな地位の方だったのですか? しかも、わたしを処分って …… ! ええっと、つまり、蘇芳さんはわたしに、ファルザルク王国から逃げろとおっしゃるのですか?」
「その通りです! 香澄様は『死者の王』の元にお逃げ下さい」
「そうです! 『死者の王』の元に …… !」
香澄は、考え過ぎて頭痛がしてきた。アレクシリス達は、別に情報を隠そうとした訳ではないと思っている。少しずつ話していき、受け入れられる様にしていくつもりだったのだろう。
だが、香澄は勝手に、そんな配慮もすっ飛ばして、あり得ない状況にどんどん陥っている。そう、彼らは悪くないはずだ。
しかし、香澄自身も、トラブルに巻き込まれまくっているのは、不可抗力だと思っている。
そして、突然の蘇芳達の提案を受け入れるほど、香澄は彼等を信頼していなかった。
「嫌です! 訳もわからず、知らない事だらけで逃げたくありません。アレクシリスさんには、少なからず、怪我の治療をしてもらった恩もあります。蘇芳さん、アレクシリスさんが戻ってきたら、話し合いを一緒にして下さい!」
藍白が、睨み合う香澄と蘇芳の間に立ちはだかった。香澄に向き合い、両手をとり膝をつき潤んだ瞳で見上げてきた。何度も言うが、普段の香澄なら、そんな藍白を見たら、きっと真っ赤な顔になって、心拍数が上がるだろう。だが、今日の香澄は疲れから、女子力が底をついてしまい、邪魔だ! 退きなさい! と、考えていた。
「香澄ちゃん、お願いだから、僕と一緒に『死者の王』の元に行こう。アレクシリスに、義理立てする必要なんかないでしょう。あいつだって、仕事で香澄ちゃんに関わってるだけだし、逃げたからって、責任は蘇芳達や竜族全体がとる話だよ。だから、安心して、一緒に行こう!」
「無理! 藍白、納得いかないよ」
「そんなに、そんなに、 …… 僕よりもアレクシリスが好きなの?」
「はい?!」
香澄は、真剣な顔で藍白が言ったセリフに一瞬、頭が真っ白になった。
「藍白? きゅ、急に何を言い出すの?」
「僕は、本気だよ。香澄ちゃんが好きだよ。アレクシリスなんかに、負けないくらい香澄ちゃんを、愛してる …… !」
香澄は、目眩がしてきた。腰に引っ付いた皓輝が、さりげなく支えになっていたから倒れなかった。皓輝は、居間のソファーに座ってからずっと、黙って成り行きを見詰めていたのだ。
「……香澄ちゃんの為ならば、僕はどんな事でもやり遂げるよ! だから、結婚して!一緒に『死者の王』の元に逃げよう!」
変だ。藍白も黄蘗もおかしい。そういえば、思慮深そうな蘇芳も発言に違和感がある。
ーーーー 混沌だった。
違和感、何がどうとはっきり言えないけど、とにかく変だ!
藍白は、『死者の王』について、一言も香澄に告げた事はなかった。
それが、まるで駆け落ちしようという様に、急に『死者の王』の元へ向かおうとしている。香澄の感覚が、この状況は異常だと告げている。
「だから、勝手に決めないで!!」
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