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影法師は忍ばない  作者: 雨森汐也
『紫鏡』
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4.行動開始


「今年の『カゲボウシ』は法堂入ってないんだって」

「え、そうなの。お兄さんはあんなに実力があるのに。」

「今でもご活躍なさっているそうだよ」

「なんで法堂が今年は落ちたの?」

「それは分からないよ。でも」


「法堂ってすごく執念深いし、どちらかと言えば『怪奇』だよねーー」




法夢が長谷川家のセッティングされた食卓の誕生日席に座り、五人と向き合っていた。

珠城は壁に寄りかかって負傷した左足をかばっている。

「ーー法堂先輩が消えた?」

法夢の話した事を反芻し、眉をひそめる琴彦。

法夢は無言で頷く。そしておもむろに、口を開いた。

「兄貴が消えたのは一昨日の夕方からだ」

話によると、一昨日の昼間までは法堂兄は家に居た。しかし夕方ーー陽が傾き始めた頃から野暮用があると言い出し、行方をくらましていた。

「初めのうちは家族もあんまり気にしていなかったんだがな。"不可解"な事が起きて、俺は一昨日から兄貴を捜している。」

「その"不可解"な事ってのは?」

淀が訊ねる。

少し間を置いて、法夢は答えた。

「家の鏡が全部割れた」

一瞬、その場の空気に緊張が走った。

誰も視線は合ってはいないが、全員が全員底知れない不吉な何かを見つめている様だった。

「そ、それは……"不可解"というより、"不吉"だね……」

アキが淀みながら言う。

「クッチはベランダから見てただけなんだけど、あの『怪奇』は何なんだい?」

玄一は我慢し切れなかったのか、ミートパイを六人分に切り分けて既に自分の分を半分食べ切っていた。

五人の複雑な目線を浴びて、ようやく「どうぞ?」とミートパイを差し出す。

「別に食欲は無いんだがな……」

「ま、食える物はタイミング良く食べる主義だ。頂こう」

「わーいおいしそ〜」

「後でゆっくり食べる」

「……はあ」

結局、淀とアキだけが食べただけに終わった。

「まあそんなため息吐くなよ。で、どうなのさ?」

玄一が完食して空っぽになった皿を片付けながら法夢に促す。

「その『怪奇』なんだが」

法夢はちらり、とベランダを横目に見る。目線を戻して続けた。

「珠城が相手していた奴らは事ある毎に出てきたがーーあの鏡の奴が出たのは、今日が初めてだったな。」

「ほう」

琴彦が相槌を打った。

「『怪奇』が絡んでるとは俺も最初のうちから考えていたが、何せ歴代『カゲボウシ』の中でも実力の高かった兄貴だ。その辺の『怪奇』なんて目でもないと思っていたんだが、な」

法堂兄の事を語る法夢の口ぶりは皮肉が含まれていた。普段であればこのまま口調は変えずにいるがーー今回は違った。

「どうやら勝手が違うようだな」

落胆のような、静かなため息が法夢の口から漏れる。

法夢の様子を見て一度首を捻ると琴彦は全員を見据えた。

「淀、珠城。念の為にもう一回白庭先輩と氷魚先輩に連絡を取れ。

俺は時詠社殿に行ってくる。

恐らくだが、法堂先輩の行方は鏡の『怪奇』が関係しているだろう。」

「クッチは何すればいい?」

長谷川家を出て行こうとする琴彦に玄一が声を掛ける。琴彦は二、三瞬考えて

「夕飯でも作ってくれ」

と、言い残したのを最後にリビングから消えた。

「わたしハンバーグがいいなあ」

アキが笑顔でリクエストすると、玄一はぼやいたがすぐ作業に取り掛かる。

「また肉か……」

「あ、玄一さん長谷川家今玉ねぎ切らしてる。」

ケータイを耳からずらして珠城がカウンターの奥に居る玄一に呼び掛ける。そして再び耳にケータイをあてがうが、留守電を伝えるメッセージだけが虚しく流れただけだった。

「じゃあ買い物行ってくるわー」

「ん、付き合うよ」

珠城と玄一がブレザーを羽織り、長谷川家を後にしていく。

残ったアキは暇そうにテーブルに寝そべった。

「な〜んか、こうやって皆んなで集まって一つの事やるって昔みたいだね〜」

「お前らは変わらないな」

「俺も『カゲボウシ』に選ばれてればお前らみたいな未来があったのかもしれないのか。」

法夢の一言に、淀が顔を上げる。

「そうでもないさ」

「俺たちだって、少し『怪奇』の事が分かる位しか他の人と変わらない。逆に『怪奇』と渡り合う力の無いお前だって『怪奇』の事は多少知ってるだろ」

「結局あんまり変わりはないんだーーただ」

一度、淀は黒椅子にもたれて長谷川家の白い天井を仰いだ。

「お前が羨ましく思える時があるんだよ、時々」

淀は静かに、ケータイを耳にあてる。

法夢も自分の手元を眺めて、小さく呟く。

「どうだかな」

アキはその声を聞き逃してはいなかった。

「もう弟君は『カゲボウシ』の事恨んでないの?」

法夢は鼻で笑うと、首を小さく振った。

「『怪奇』を生み出した身になって、ここ何年かで自分と向き直してみたんだ。もうあんな馬鹿な真似はしないさ」

『カゲボウシ』に選ばれなかった事に逆恨みし、嫉妬して、自分が『怪奇』を生み出してしまった事。法夢の脳裏に過去の自分が浮かんだ。

「弟君、くさい」

「言っとけ」

その時、淀の電話がようやく繋がった。

「あ、白庭先輩ですか?あの、今日の祝賀会はーー……え?それはーーああ、はい。分かりました、ありがとうございます。」

二人が心配そうに淀に詰め寄る。

淀は呆然とした顔で二人に電話の内容を告げた。

「今日の祝賀会は中止になったって、法堂先輩から昨日連絡があったらしい。白庭先輩デート中で殺されるかと思った。」

「……昨日、だと?」

午後六時、外は完全に夜の世界と化していた。




「家中の鏡が割れた……どう思う、玄一さん」

近所のスーパーで手短かに買い物を済ませた珠城が不意に、玄一に訊いた。

「どう思うってなぁ」

顎をぽりぽりと掻きながら、夜の暗闇に呑まれていく空を見上げて白い息を吐く。

「俺はもうなんか、『カゲボウシ』になったせいで『怪奇』の仕業だとしか考えられないんだ。だから正確な判断は出来そうにないな。」

夜空を見上げる瞳に、傾いた上弦の月が写っていた。

「ま、仕方ないわ」

珠城も諦めたように白い息を吐く。

「『カゲボウシ』はどんな言い訳にでもなるけど、思考を縛られる事だってある。

それに囚われずに生活して大人になっていく事が私たちの生き方なのよ」

でもそれって、

「普通の人とあんまり大差ないんじゃないかって高校で思ったんだ……」

珠城の通う学校、櫻ヶ丘学園はこの町から電車で一時間は掛かる東京の閑静な場所にある。

無論、『怪奇』とも無縁な世界で生活していた。

しかしそれでも彼女は変わらなかった。

珠城は高校生活を思い返すように月夜を眺める。ややあって、玄一に向き直した。

「ごめん、話が逸れたね。ええと何だっけ」

「『紫鏡』」

「あ、そうそうむらさーーき?」

珠城の問い掛けに返してきた声は玄一のものではない。なら一体、その声は何処から?

珠城は迷う暇も、考える暇も無かった。ふと気付けば自分の身体が先ほどの紫の腕に鷲掴みにされていたのだ。

「珠城!」

異変に気付いた玄一が腕を伸ばす。

しかし、僅かに手が届かずに珠城はアスファルトに平行に浮かんでいた鏡の中へ、引きずり込まれた。

鏡の『怪奇』はすくっと起き上がり、逃げようとするーーが、目の前に火球が飛んで急停止した。

「まあ待てよ」

地面に炎が僅からながら立つ中、スーパーの袋片手に玄一が立ち塞がる。

「クッチはタマっころみたいな女の子でも助ける超絶紳士だ。残念だけど見逃しはしないな」

じり、じりと玄一が距離を少しずつ詰めていく。

珠城と同じように炎の中に手を沈め、刃のない柄を取り出す。

一瞬、後退していた鏡の『怪奇』が「刃のない刀でどうするつもりだ」と言わんばかりに止まった。

挑発のように口角を吊り上げ、こちらに来いとジェスチャーする。姿勢は完全に構えに入っていた。

鏡の『怪奇』は、珠城と対峙した時と同じように片腕だけが玄一の方へ向かう。玄一の身体を鷲掴みにするべく大きく振りかぶった。

にやり。

玄一がそれを見て更に笑う。再び柄を炎の中に沈めてーー刀を生成せずにもう片方の手から赤い祝詞(のりと)の描かれた札を投げ付けた。

札は紫の腕に貼り着く。その瞬間、閃光が走った。

焦げる臭いと、硝煙が漂う。

玄一はその先を睨む。暗闇に、紫に光る何かが見えた。もう片方の腕と鏡だ。

姿勢を崩して柄を消す。はあと脱力して座り込んでみると、咄嗟に地面に置いたスーパーのレジ袋に煤が少しだけ付いていた。

「(逃げられた)」

すると、夜の闇に紛れて蝙蝠とカラスが玄一の肩に留まった。

蝙蝠の上に几帳面にカラスが立っている。明らかにアンバランスだ。

しかしそれもいつもの事だと思いながら、玄一はすっと鏡の『怪奇』が怪物が逃げた方向を指差した。

「俺は帰ってハンバーグ作ってるよ」

返事のつもりなのかカラスが「かあ」と鳴く。二匹はまた飛び立つと、やがて見えなくなった。




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