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影法師は忍ばない  作者: 雨森汐也
『紫鏡』
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3.カゲボウシ

周囲を紫色の亡霊のようなものーー『怪奇』に囲まれた青年は、茶髪混じりの髪を揺らしながらじりじりと後退していた。

「(ここは一本道。退路はない……か)」

県内の私立高校の制服。ブレザーの色は淀のものに似ていたが、ネクタイは金色と緑の斜めストライプだ。

黒いマフラーが北風に吹かれて暴れている。

「(いや…….俺は戦う必要が無い。)」

「(俺は『カゲボウシ』じゃないんだ)」

「(だから今は、この場を切り抜ける事だけをーー)」

一歩、青年が動こうとした時だった。

「んぶっ!」

青年の頭を踏み付けて、長谷川珠城が颯爽とその場に現れた。

青年の頭を飛び台代わりにして、再び跳躍。着地する間に『怪奇』の一体を蹴り付けた。

「やあ弟、ご無沙汰してるねぇ」

「俺の名前は法夢だ」

不機嫌そうに頭をさすりながら青年ーー法堂法夢は自分に背を向けて仁王立ちをしている珠城に言う。

「そりゃ悪い。淀いわく、私は頭がスッカラカンだからね。うっかり名前まで忘れそうになったよ。ま、君のしでかした事は昔から一秒たりとて忘れた事は無いけどねーー」

珠城は不敵に笑いながら地面に片手を付ける。

珠城の手を中心に、地面にディープブルーの水溜りが広がっていく。すると、珠城の手がゆっくりと沈んでいった。

「きみはちゃーんと、『カゲボウシ』に逆恨みした事を覚えているかな?」

「……その節は、悪かったよ」

ばつの悪そうに呟く法夢。

しかしその言葉を聞いた瞬間、珠城は初めて法夢の方を振り向いた。

その顔は、無邪気に笑っている果てしなく楽しそうな顔だった。

「おや、ちゃんと反省してるとは成長したねえ。ただの能なし鷹かと思ったんだけど。」

珠城が腕を一気に引き抜く。その手には、一本の刀があった。

柄頭の飾りである青いリボンが風も無いのにはためき、白銀の刃が、鈍く光る。

「それでは弟、きみは特等席でゆっくり堪能したまえ。」

刀を横に一振り。

びゅん、と風を切る音が聞こえると、その刹那に珠城は駆け出していた。




どんな世界にも折衷案というものがあり、

中立的な存在がある。


カミサマとヒトの間にも中立的な存在があった。

ヒトの世界の境界とカミサマの世界の境界の間にある『(さかい)』という場所にに身を置くカミサマとヒトは、一方的な世界の構図を変える為に霊的な存在を否定せず、尚且つ自分の力で困難を乗り越えようとするヒトを選び、『怪奇』を退治する力を授けた。


それが今にも受け継がれている、『カゲボウシ』。

制服姿で刀を片手に持つ彼女ーー長谷川珠城も『カゲボウシ』の一人だ。









「よっと」

薙ぎ払いで複数の『怪奇』が烏有に帰す。死角から飛んできたものには回転蹴りで応じる。そこから派生した動きで今度は縦に身体を捻り切り刻む。

珠城の殺陣によって『怪奇』の数もかなり減ってきている、しかし住宅街の狭い道であるが故になかなか退路は確保出来ずにいた。

「メロス、こいつら何なの?」

《と言われてもだな。ワタシには分からん》

「あんた、『怪奇』の専門家とか言ってなかったっけ?」

きっ、と顔をしかめて法夢の右脛にローファーをぶつける珠城。法夢の口からまた悲鳴が上がった。

《誰かを蹴ってもワタシは傷付かんよ、タマキ》

「大体、"メロス"ってなんだ……」

掠れた声で法夢が聞くと、珠城は襲いかかってきた『怪奇』を切りながら答えた。

「このお喋り靴の事だよ!」

ーーと、珠城が左足を主軸に方向転換しようとした時だった。

「痛っ!」

それまで片足でバランスを取るのも悠々とこなしていた珠城が、よろけて転倒したのだ。

身体の何処かに走った激痛に顔を歪める。

《タマキ、すまない。》

「あんたのせいじゃないよ」

珠城の左足のローファーには、指の親指大くらいの紫色の爪が刺さっていた。

「ーーッ、珠、前だ!」

法夢の叫び声に弾かれるように顔を上げる。

珠城の目の前には、片手に鏡を持ったドラム缶程の大きさの紫の腕が浮遊してはやいた。

小指の爪が無い片腕が、珠城を捕らえるべく迫る。

珠城は右足を立てて、咄嗟に刀で防御の構えを取る。

「来なさいよ、力比でもしましょうか」

口では強気でも珠城の額には玉のような汗が吹き出していた。

紫の腕と、珠城の青い刀がぶつかる。

力の拮抗が発生して珠城が何度かよろける。

「ぐぐ……ちょっとマズいかな。」

珠城の汗が腕の部分にある金ボタンに跳ねた時だった。

「タマちゃん!」

アキの声がすると、珠城と法夢を突風に吹かれた紅葉が帯状になって包み始めた。

風圧にあおられて腕が後退すると、既に二人の姿は無かった。その代わり、錫杖が物凄いスピードで迫っている。

紫色の腕は錫杖を受け止める事が出来ずに真ん中を貫通されて、消えた。

《……どうやら逃げたみたいだな》

お喋り靴、メロスがぽつりと呟く。

鏡を持った腕と、その他の『怪奇』は錫杖が琴彦の手元に戻った頃には消えていた。

「タマちゃん、大丈夫だった?」

紅葉の帯に包まれてワープした先は、長谷川家の屋根の上。座り込んで爪を引き抜いている珠に紅葉色の梓弓を抱えているアキが、心配そうに訊ねた。

「何とか。ごめんねアキ。助かったよ」

よいしょ、と爪が抜けると珠城は左足をさすった。

「アホ、何が力比べだ」

直後、琴彦の錫杖が珠城の脳天を叩く。

錫杖の先端にぶら下がる輪が揺れて、ちりりんと美しい音がした。

「痛い」

爪を落としそうになる珠。制服姿で錫杖を持つ琴彦はどこかマッチしていてまるで説法を垂れる法師のようだった。

「お前はただでさえ力が無くて、メロスに頼ってるというのに。自分の力量は自分で分かっておけ。」

「ちえー、分かったよぉ」

子供のように拗ねる珠城から離れて、琴彦は錫杖をじゃらん!と豪快に一回鳴らした。

その後珠城の隣に座り込む法夢の顔を、灰色の瞳で覗き込んだ。

「さて、法堂法夢。説明をして貰おうか」

「悪いが俺はお前の事は元クラスメイトだとは思ってはいないからな。『カゲボウシ』に逆恨みした、ただの人間だ。」

「ああそうさ、俺は人間だよ」

法夢も、突き刺すような灰色の瞳を睨み返す。

「だからお願いしたいのさ、『怪奇』退治の専門家様にな。」





次回すごく長いです。

ご了承ください……

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