2.異変
「しかし遅いな、先輩方」
時刻は夕方五時を回った。
午後から長谷川家に集まり、三日前に成人式を迎えたばかりの先輩方の祝賀会を開こうと準備を始め、玄一がミートパイを作り始めた。お菓子の買い出しを誰が行くかとポーカーをして、見事に惨敗したのが琴彦。
そして全て(アキが珠城の靴下を縫い終わるのも含めて)が終わったのは午後三時半。彼らの言う、先輩方が来る三十分前だ。
「ミートパイ君が冷めるぅ」
本来ならば先輩方の座る黒椅子に各々が座っている。玄一はミートパイしか見ておらず、淀はつまらなさそうな顔で英単語帳をめくり始めた。
「珠城」
頬杖をついていた琴彦が心配そうにケータイを眺める珠城に声を掛ける。
「氷魚先輩とは連絡付かないのか?」
「……ダメそう」
珠城はがっくりとうな垂れた。
「あぁ、もう、半年間も待ってたのに……氷魚先輩……」
「他の先輩はどうでも良いのかよ」
「淀は白庭先輩が心配なんでしょう?」
「だっ、うるせぇ」
淀が頬を赤らめて珠から顔を背ける。
「ほーら淀は、すぐ表情に出るんだからさっ」
不敵に笑って淀をおちょくるが、珠城の心は複雑だった。
今日招くのは、先ほどから説明がある通り二十歳になる先輩達。
彼女たちが背負う『役目』は二十歳で義務が終わり、後は『権利』になる。
その節目である成人を祝うのは後輩の大事なイベントの一つだ。
他の先輩方は成人式前に招いたと聞いた珠城は、今日にブッキングする事は無いと踏んでいた。
「(考えたくはないけどーー『怪奇』の被害に遭った可能性もあるのよね。)」
しかしその考えを、珠城は頭からすぐに消した。
「(だ、だって氷魚先輩達よ。どれだけ『怪奇』を相手にしてきたか分からないけど、そんな簡単にやられる人達じゃない。それに何か不測の事態が起きたなら私に連絡が来るはずよ)」
「あ、ねぇねぇ。」
そんな中、自慢の艶髪のポニーテールを揺らしながらアキが言った。
「弟君に聞いてみるっていうのはどう?」
全員の目線がアキに集中する。気にせず、アキは朗らかに続ける。
「ほら、法堂先輩も来るでしょ〜?弟君なら兄弟だし、何か知ってるんじゃない?」
法堂法夢。招かれる先輩方のリーダー格である人物の弟で、珠達とは同世代だった。
「確かにそれは名案だが」
英単語帳を閉じて、淀が立ち上がった。
「しかし仲の悪い兄弟で有名だ、簡単に行くだろうかな……」
琴彦は灰色の瞳でミートパイを見つめる。
その瞬間、珠城の瞳が何かを捉えた。
「上手くいくかどうかは分からないけどーー」
珠城はソファーの近くに投げ出したスリッパを拾い上げ、ベランダの戸を開ける。
長谷川家は二階にリビングがある構造だ。ベランダからは外の通りがよく見える。
「法堂弟はすぐに確保出来そうだよ。」
スリッパを履くと、スリッパは彼女の黒のブレザーに金ボタンが映える櫻ヶ丘学園の制服に似合った黒いローファーへと姿を変えた。
「メロス、行くよ」
《うむ》
何処からともなく、男の声が聞こえた。
次の瞬間、珠城はベランダから大きく跳躍して夕闇に包まれる町中へ繰り出した。
次回から戦闘入ります。