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影法師は忍ばない  作者: 雨森汐也
『紫鏡』
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1.高校生たち

かつてカミサマとヒトが共生していたこの世界で、ヒトの暮らしや風習にカミサマの霊力が宿ったものを『怪奇』と呼んだ。

しかし時代が流れるにつれて、ヒトは霊的なものを現実と夢想に区別し始めた。自分たちで生きる術を編み出して、カミサマに対する感謝の気持ちを忘れ出していたのだ。

それでも尚、カミサマに縋るーー自分たちの力では呼び起こせない、"チカラ"をカミサマに求めるようになった。


そこでカミサマも、ヒトとの世界を結界で分けた。自分たちの力を絶対にヒトに渡さないようにして、ヒトの負の感情に漬け込み、『怪奇』という怪物を創り出してヒトを襲わせた。身勝手に利己的に"チカラ"を求めた罰として。


現代になった今でも、『怪奇』は存在した。

ヒトの感情とカミサマの霊力が存在する限りは消えないのだ。


それを退治する役目を持つ者ーー

それが『カゲボウシ』だった。








私立高校に通う高校生は同世代から見て敷居が高い。前に、長谷川珠城(はせがわ たまき)はこう言われた事があった。

珠城の周りで私立高校へ通う高校生は少なかったのも影響して、彼女が良いところのお嬢様だと思われているのだろう。

しかし彼女はそうは思わなかった。事実、珠城は私立高校櫻ヶ(さくらがおか)学園に通っているが敷居が高いのは校舎と身なりと字面だけだと考えている。

「私は高級な人間じゃない。庶民派ヒーローよ」

それが珠城の口癖で、差別の嫌いな彼女の信条でもあった。

その証拠、証拠かどうかは分からないが、踵の部分に大穴の開いた靴下を履いて白いソファーに寝転がりながら漫画を読み耽っていた。

「あのよ、お前」

そこへ、コンビ二のビニール袋にお菓子の詰め合わせを大量に入れたものを抱えた鳴神琴彦(なるがみ ことひこ)が帰ってくる。

「ん?なあに琴彦。お帰りなさい、寒かったでしょ?」

ま、罰ゲームなら仕方ないよね。珠城はウィンクを琴彦に悪戯っぽく見せて漫画の世界に戻った。

琴彦は細身で背丈の高い、鈍い灰色の瞳の青年で、彼は至って何の変哲も無い県立高校のブレザーの中にパーカーを着込んでいた。

「本当に私立高校通ってんのか?よく分からないけど有名なところなんだろ。」

「いやいや、学校名なんてただのブランドだよ。私はこの通り、何も変わらなかったんだから」

ふんぞり返って言う珠に、琴彦は

「じゃあその大穴は何だ」

リビングの机の上に荷物を置いて苦言する。

漫画を閉じ、ソファーの上で胡座をかく珠城。

「仕方ないでしょ、今日たまたま手に取ったのがコレだったの。」

白を基調としたフロア、台所とはカウンターで仕切られているこの部屋は、長谷川家のリビングだ。

「言わせて貰うが珠城、私立でも県立でも靴下に穴が空いたらまず捨てると思うぞ。」

そこに割り込んできたのは、上の階にある珠城の部屋で勉強していた淀貴人(よど たかひと)だ。深い紺のブレザー、大きな校章の付いた制服姿で、有名な進学校のものだ。

「言い換えると、ちゃんと細かいところまで整えろって事だ」

淀が分厚い日本史の史料で頭を叩くと、珠城の口から甲高い悲鳴が漏れる。

「あにゃっ、い、痛い!」

珠城の抗議も気にせず、納戸からリビングにあるものと同じ黒い椅子を取り出してきた琴彦の手伝いを始める淀。

「ちょっと、何て事するのよ。このか弱い女の子の頭に鈍器をぶつけるなんてーー私がバカになったらどうするの!琴彦も何か言ってやって!」

「普段から刀を振り回す女の台詞だと思えんがな」

「元からスッカラカンの頭を叩いて何の問題がある。」

琴彦と淀は満更でもない顔で言った。

「ああ、畜生。分かったわよ。捨てれば良いんでしょ、捨てれば」

ヤケになって靴下を脱ぐと、その手から靴下がぱっと無くなった。

「タマちゃん、直してあげるよ〜」

珠城の手から靴下を掠め取ったのは、白い肌に温厚な顔立ち、そして艶のある黒髪をポニーテールにした秋山(あきやま)アキだった。

「アキ。いや、さっすがぁ」

機嫌の悪かった珠の顔が、明るくなる。

アキは青のブラウスにクレスト柄の、地元県立高校の制服のポケットから小型の裁縫セットを取り出して、ニコニコ笑いながら大穴の修復に取り掛かった。

「今日は先輩達が来るんだから〜、身だしなみはきちんとしないと〜。」

「え、えへへ。確かにその通りだね」

アキに言われて恥ずかしがる珠城を前に、琴彦と丹木が顔を合わせて肩を竦めた。

「アキとなるとすぐにコレだ」

「いや分からんよ」

そう言って台所のカウンターからひょこりと顔を出したのはアキと同じ学校の男子制服を着た、瞳のぱっちりとした青年だった。

片手には出来立てのミートパイがある。

ブレザーもセーターも着ておらず、ネクタイを緩めてワイシャツの袖をまくっている。

珠城に言わせてみれば、「料理男子」だ。

「お、来てたのか玄一。」

「玄一さん、最近連絡取れるようになったからね。それに料理出来るし、今日みたいな日にはぴったりだと思って」

「クッチ、イケるだろー。」

自らを「クッチ」と名乗り、ミートパイ片手にドヤ顔するのが未小島玄一(みこしま くろいち)。カウンターに半分隠れているので分かりにくいが、背丈は琴彦と丹木の中間でなかなかに大きい。

「で、何が言いたいんだ玄一。」

リビングの黒椅子にどかっと座り丹木が玄一に尋ねる。

「クッチ的には"先輩"が来るからタマっころがニコニコしてるんだと思うぞ」

琴彦と淀がもう一度顔を合わせて、「成る程」と声を揃えた。

「だって、もう半年も会ってないのよ!」

興奮して琴彦に掴み掛かる珠城。先程の騒ぎは何だったのか、瞳の奥がキラキラと輝いていた。

「今日という日を何度待ち侘びた事か……」

はぁ、と珠城が陶酔したところで琴彦の一本背負が見事に決まった。


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