兄妹コンプレックス2!? 再び始まる渚の日々 予告編
お久しぶりです、鳥羽ふしみです。兄妹コンプレックスの続編という形で、渚の高校卒業までの日々を書いていきたいと思います。ではでは、ごゆっくり。
僕は果たして、あの日からどれぐらい成長できたのだろうか。
引きこもりだった妹に、僕の思いぶつけたり。
妹と銀との間で生じた喧嘩に、お節介ではあったが、口出しをしたり。
新入りでクソ生意気な加奈子と、仲良くなったり。
つい最近のように思える出来事だが、もう過去の思い出となりつつある。
近所の小さな公園に咲き誇る……いや、とても誇っているとは言えないか。僕は今にも枯れてしまいそうな桜の木を見ながら、ぼんやりと色々なことを思い出していた。
まだ春休みのはずなのに、ここの公園には人っ子一人いない。自分だけがこの世界に取り残されたみたいに、僕は午前中の陽射しを浴びながらベンチで黄昏る。
ここのベンチは特等席で、いつ行っても空いていて、僕のことを優しく迎え入れてくれるのだ。
「……」
春と言えば、これから始まる新しい生活や出会いに胸を弾ませ、毎日が楽しくて仕方がなく思える季節。
らしい。
生憎僕は、春という季節をそんなふうに思ったことはない。
新しい生活も出会いも何もかも、僕にとっては関係のないことだ。
学校に行っても誰とも話さず、バイトに行ってもおっさんの相手ばっかしてる。そんな僕にも、これから新しい何かが待ち受けている、などと期待してもいいのだろうか。
いや、そんな淡い期待をするのなら、最初から期待なんてしないほうが良い。
だって、期待をしなければ、裏切られることはないのだから。
楽しそうにお喋りしながら、公園の前を過ぎ去っていく一人の少女が目に入った。
……え!?
驚きのあまり、ベンチから立ち上がる。
幻覚かと思ったので、何度も目を擦ってからもう一度少女を確認。しかし、どう見てもあの少女は、一人で喋ってるようにしか見えない。
「ほうほう、なるほど。つまり君は、うんこ味のカレーとカレー味のうんこなら、うんこ味のカレーを選ぶ。そういうことですね?」
さきほどの可愛い声とは打って変わって、今度は男みたいな低い声で少女は言った。
「いかにも。案外美味しいものなのだよ。うんこというものは」
少女は二回、三回と頷くと、いきなり目を大きくして自分の右手で自分の頭を叩いた。
「ふーん……って! 食べたことあるんかい!」
「……」
あれは一体なんなんでしょうか?
一人二役でノリツッコミをしているのは分かる。
けど、何故それをこんな野外で披露する必要があるんだ?
もしかして新手の変態とか?
そうだな。さっきからうんこがどうとか言ってるし、きっとそうに違いない。
僕はそっと変態少女から視線を外して、何事もなかったように真顔でベンチに座ろうとした。
が、ベンチへと向かう際に、足音をたててしまったので、変態少女はこちらに気づいてハッとした顔をした。
「……」
「……」
「……見ましたか?」
ここからそう遠くはない距離で、立ち止ってこちらをガン見。一方僕は、一生懸命気づかないフリをして誤魔化すも、なかなか少女は視線をそらそうとはしない。
やがて僕のほうへと近づいてきて、顔と顔とがくっついてしまいそうなほどの至近距離で、もう一度聞かれた。
「見ましたか?」
「……はい」
怖い怖い怖い。そして近い近い近い。
心臓がドキリと跳ね上がり、自分の顔が一気に赤くなっているのが分かる。
「見なかったことにしてください」
「そんな無茶――」
顔の真横に少女の右足があった。風が遅れてやってきて、僕の髪をなびかせる。
目にも留まらぬスピードで、この少女はハイキックをやってのけたのだ。
もう僕はガクブル状態で何度も頷き「忘れます、忘れますから!」と、その圧倒的力の前にひれ伏せた。
恐ろしい……一体どこの軍隊で鍛え上げられたら、こんな技を習得できるというのか。
まさしく人間兵器。
僕が今、生きているだけでも御の字というべきだ。
「そ、それじゃあ失礼しまーす。はは、あはは……」
ゆ~くりと距離をとって、少女の攻撃範囲内から脱出したその瞬間、猛ダッシュで逃げた。逃げて逃げて逃げまくった。
それはもう人生で、ここまで本気で走ったのは初めてなんじゃないかと思えるほど、僕は走ったさ。
サバンナでライオンに命を狙われた小動物の気持ちが、ちょっと理解できたような気がする。
身の危険が迫った時に初めて、生き物ってのはその本領を発揮するものなのだろう。
「はあ……はあ……はあ……」
吸って、吐いて、を十回くらい繰り返してようやく僕の呼吸は整い始めた。
身も心もボロボロであった僕は、お年寄りみたいな頼りない足取りで、やっとの思いで家に到着。
「酷い目にあった……」
玄関で乱雑に靴を脱ぎ捨てると、ちょうど出かけるところだったのか、リビングからやけに綺麗な洋服に身を包んだ妹の姿が。
「ん? どうしたの、そんな怖い顔しちゃって?」
「お前には関係ねえよ。なんだ? これから出かけるのか?」
ムスッと頬を膨らませて、僕に向けて暴言を吐き捨てる。
「はあ? 何その態度。まじ意味わかんないんですけど。あたしが出かけるのかって? ふん、それこそあんたには関係ないでしょ」
「あっそ。気を付けろよな、もしかしたら途中で変態に遭遇するかもしれないから」
「変態? ちょっとどうしたの? さっきから何か、今日の兄貴変だよ?」
一瞬僕は「今日の兄貴は変態だよ?」
とでも言われるのかと身構えたが、そんな心配は無用で、妹にしては珍しく僕の事を心配してくれているようだ。
「大丈夫だ。問題ない」
「いや、そうは見えないけど……ま、まああんたがそう言うなら、別にいいけど」
「そんじゃ、行ってらっしゃい」
「行ってきます……」
腑に落ちない様子の妹を見送り、自室へと戻る。途中何度か階段から転がり落ちそうになってしまうあたり、僕の足はそうとう疲れているようだ。
部屋に入ってスマホを確認すると、一通のメールが入っていた。
「お、加奈子からだ」
ざっと文章に目を通してみると、その内容はこんなものだった。
『件名:学校はいつから始まるかしら?
別に先生の話を聞いていなかったとか、そういうことではなくて、ただ単純に私があの時、あの担任の先生から聞いた話が事実かどうかを知りたいだけなの。
もちろん、あなたとお話がしたいわけではないから、勘違いしないように。
あなたは私に学校が始まる日にち、時間を教えてくれればそれでいいのよ。
決して他意はないわ。
それでは、返信待ってるわよ』
「うわぁ……」
これは典型的な彼氏ができない女が打つメールの文章だろ。
だいたい、こんだけ念を押されちゃ、鈍感な僕でもすぐに分かる。
要するに、僕に会いたくて会いたくて震えていたわけだろ、加奈子は。
相手をしてやるのは別にかまわないが、もし万が一そうじゃなかった場合、僕はどの面下げて加奈子とバイト先なり学校なりで、話せばいいんだか。
そう考えるとだな、ここは無難に要求されていることだけ実行したほうがいい。
「四月……一日……だよ、っと。送信」
これでようやくひと段落区切りがついたと、スマホを放り投げてベッドに飛びこんだその刹那、スマホが煩く鳴り響いた。
「……まさか加奈子か……? いや、それにしたって返信速すぎだ」
誰からのメールか気になったので、急いでスマホの画面を確認。
「……こいつか」
『件名:やっほー!
お元気ですか、お兄さん。うちは元気です。
うちに会えなくて寂しい思いをしているであろうお兄さんのために、こうしてメールを送らせていただきました。
どうですか?
元気出ましたか?
それでは今から凛ちゃんと遊びに行くので、失礼します』
「どいつもこいつも、性格に難ありだな」
返信することなくスマホをぶん投げて、ベッドに腰掛ける。
僕のアドレス帳にはほとんど友達は登録されていないので、もうこれ以上迷惑なメールが来ることはないだろう。
ふう、と小さくため息をついて、横たわった。
いい感じに眠気がやってきたので、お昼ご飯の時間まで昼寝をすることに決め――
スマホの電話が鳴った。
「あぁぁぁぁぁぁぁ! あっきからうるせえな! 何か用かよ!?」
乱暴に画面をタッチして、応答する。
「いきなり何よ!? なんで切れるわけ!? ほんと最低、妹相手にマジ切れとかありえないから」
電話越しに荒い息遣いが伝わってきて、妹が怒っているのは明明白白だ。
やっちまった。
てっきり銀からの電話かと思ったから、つい勢いあまって怒ってしまった。
「あ、……いや悪い。勘違いしてたんだ。だからその……お前に怒るつもりはなくてだな……」
「言い訳とかうざい。今すぐ死んで」
「し、死ねはちょっと言い過ぎだろ!? そっちこそ死――いや、お前は生きろ。愛してる」
「え!? ちょ、ええ!? やめてよそういうの! この変態! シスコン!」
ふ、ちょろいぜ。
もう、昔の僕とは違うのだよ。
妹と数々の喧嘩を繰り広げてきて、ようやくここまでたどり着いた。
要するに、妹を怒らせてしまった時は「愛してるよ」と一言告げれば、妹の機嫌は一気によくなるのさ。
「なあ、凛子……僕はお前のこと、愛してるぜ?」
「バカ!」
ぷつんと電話がきれて、待ちに待った静寂が訪れる。
「これでようやく寝れる……」
加奈子に銀に妹。
僕の日常はこんなおかしなやつらによって、少しずつ変わり始めたのかもしない。
加えて、さっき出くわした変態少女だ。
もしかしたら……僕の高校生活最後の一年間は、穏やかでない日々になってしまいそうだ。
大学生というのは、なにかと忙しいもので、更新が以前より遅くなってしまうと思います。すいません。感想、レビュー、ブックマークしてくれた皆さんには、感謝してもしきれませんね。