来栖渚の独り言、お兄ちゃんの独り言。
短い話ですので悪しからず
妹とのちょっとしたいざこざがあったものの、特にいつもと変わらない日常を送っていた。
家の中で妹とすれ違っても、互いに言葉を交えることなく素通りしたり。
行ってきます行ってらっしゃいの挨拶もなく学校へ登校したり。
まあそこら辺はいつもと大して変わらない。変わらないんだが、やはり、僕らの関係は変わってしまったのは確実だ。
よそよそしいとかそんなレベルではなく、もう完全に妹は僕の事を他人として扱うようになっていた。
あんな酷いことを言ってしまった手前、それも仕方のないことではあると思うが、どうにもさみしいものでな。
妹と深く関わらなくなってしまっただけで、こんなにも生活が空虚なものになるとは。こんなんだったらあんなこと言わなきゃよかったと思う自分がいるのは否めない。
けど、言葉とは決して取り消すことのできない、いわば誓約のようなものだ。それなのに今さらになってやっぱあれはなしで、なんてことは不可能だろう。
だけどどうか、僕の愚痴に少しばかり付き合って欲しい。
そうだな……いっそのこと、妹なんていなかったら、僕が兄でなければ、なんて考えたりもする。両親を恨むではないが、なぜ僕は一人っ子として生まれてこなかったのかと疑問に思う。
いや、それはちょっと言い過ぎたかな。
でもこれは僕の独り言であって、誰に言うわけでもない。だったらそれぐらいは許されてもいいのかも。
「……」
僕は今、バイトから帰ってきて部屋にいる。家族全員帰宅済みで、当然妹は僕の真上の部屋にいる。同じ屋根の下で生活して、同じご飯を食べて、それなのにこんなにも遠い存在となってしまった。
これはあの時と一緒だ。そう、妹が引きこもりだった時とな。
けれども、それと決定的に違うのは、毎日顔を合わせているところか。顔をあわせても、目があっても、何も話さない。だったらあのまま妹は引きこもりだったほうが、いや……僕が歩み寄ろとしなければ、僕を好きになることなどなかったのかもしれない。
さきほどから無意味な憶測ばかりしている。結局は全てそもそも論であり、何一つ解決の糸口になるものがない。
まさしくネガティブシンキングそのもの。もういい加減やめよう、こんなことは。
もう、妹のことを考えるのは――やめよう。
ベットに思いきりダイブして、僕はしばらくボーっとした。こういう一人の時間は大切で、なにかと多感な高校生にかかせない。
喜びや悲しみ、その日あったことを反芻し、そしていつのまにやら眠りに落ちる。翌日には一人悶々していたことなど忘れて、また新しい時間が動き出す。
人間とは常に進化しているというか、変化しているというか、とにかく昨日の自分と今日の自分とではまったくの別人なのだ。
同じような存在でありながら、互いは決して重ならない。
それはまるで、恋人のような関係。
あの人のことは何でも知っていると思いあがり、だがその実は、知っているようで何も知らない。要するに知ったかぶりってやつか? ちょっと意味が違うけど。
所詮恋人といえど他人であることには変わりない。そしてまた、僕は僕でありながら、決して僕の全てを知り得ているわけではない。
なにやら複雑な話ではあるが端的にまとめるのであれば、自分のことすらよく分からないのに、他人のことが分かるはずがない、ということだ。
僕は大きな勘違いをしていた。兄である僕ならば、妹のことなど分かって当然。しかしそんなことはなく、僕には妹のことなど何も分からない。
それに加えて、兄であるからとかそんな下らない理由で自らの首を絞め、挙句の果てにこの様である。
笑えるだろ?
はは、今笑ったやつぶっ飛ばすから覚悟しとけよ。
こんなの全然笑えねえよ。それならまだ、ローカル局の番組でも観たほうが幾分かマシってもんだろう。
いや、別にバカにしてるわけではないので悪しからず。これはただの例えってやつだから。
「はあ……」
これで今日何度目のため息か分からないが、盛大に口を開いてため息を漏らす。ついでにあくびも。
もう寝てしまおうかと思ったところに、突然のメール着信音が響き渡った。僕の友達が少ないのはもう周知の事実として、差出人は誰だろうか。
アドレス帳には両親と妹、そして琴乃さんと向坂と銀と……あとは加奈子だ。十本の指で数え上げられてしまうほどのこの少なさ。これはいよいよもって笑えない。
……これ自虐ネタだから笑うとこ。はい、みんな笑ってー。
と冗談はここまでにしておいて、いい加減メールの確認でもしよう。
机に携帯が置いてあるので、ベットから起きて歩かなければいけない。たったそれだけの作業をめんどくさいと思ってしまうあたり、僕はかなりのダメ人間である。
「よいしょ……」
重たい腰を持ち上げて、タラタラと机に向かう。携帯を手に取って、少しだけ緊張感をもって携帯の画面をのぞいた。
いやね、なんで緊張してんだよって思うかもしれないけど、普段まったく携帯としての役割を果たしてくれないもんだから、別に携帯が悪いのではないが、少なからずのワクワク感みたいなものを禁じ得ないのですよ。
ボッチの人ならではのあるあるだろう。
これが末期状態になると、メールも電話もきていないのに、携帯が光ったと錯覚してしまうという始末。
どうかそうならないためにも、僕は声を大にして言いたい。
友達は大切にしろ、とな。
これまた随分と話がそれた。いい加減確認しよう。
「なになに……おっ、加奈子だ」
どうやら加奈子がメールを送ってきたみたいで、その内容を見てみると――
『放課後、屋上』
という、偉い短い文章であった。
よもや告白されるのかも、などとは思わない。だって、そうだとしたらもうちょっと心をこめて文章を打ち込むだろうよ。
これでは、果たし状ではないか。
「……嫌な予感する」
見なかったことにしようかと思ったが、それでは後々面倒なことになる。
仕方がない、とりあえず明日は言われた通りにしよう。
携帯を再び机に放り投げ、僕はベットに入る。そうして気づいた時には、僕は深い眠りについているのであった