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ロリコンじゃない、シスコンだ その③

「髪形よし、服装よし、時間よし……っと」


準備は万端だ。待ち合わせの時間まであと一時間くらいか。

ここから駅までは十五分くらいだから、まあ今から行けば余裕だろう。

洗面所を後にして、玄関へと向かう。


「あ、財布忘れたわ」


「はあ」と、ため息をついてから自室へと引き返す。

こういう肝心な時に限って、僕はヘマをするんだよな。


中学の修学旅行でも、僕は替えのパンツを忘れて三日間ノーパンツで過ごしたのはいい思い出だ。

それだけじゃない。高校生になって初めての体育祭で、僕の体操着と間違えて妹のブルマを持って行ってしまったこともある。

当然そんなもの穿くわけにはいかないので、必然的に僕はサボらざるを得なかった。

こうして思い返してみれば、今でこそ笑えるが、その当時の僕からしてみれば笑えないだろう。


お、財布発見。


……さて、そんな苦い経験は記憶の彼方に追いやって、今日は目一杯楽しもう。

そして、しっかりと僕の気持ちを確かめるんだ。


そんなふうに意気込んでいると、階段を下りてきた妹と遭遇した。

普段であれば、適当な話をふったりするんだが……。前にも言った通り今はちょっと気まずくてな。

でもここで無視するのはどうかと思うし、軽く話かけてみよう。


「よ、よう凛子。今からどっか……出かけるのか?」


ピクんと身体を反応させて、妹は大袈裟に手をぶんぶん振り回す。


「え? ええ!? あたし? あ、ああ……別にそういうわけじゃない、かな? ちょっとリビングで一休みしようかと思って……」


そんなに動揺されたら、こっちまでつられてテンパっちゃうじゃねえか。

落ち着け、落ち着くんだ僕。平常心……平常心……。


「そ、そうか……そいつは失礼したな。まあ……ゆっくりくつろげよ、んじゃ……」


どうにか妹をやり過ごし、素早く階段を下りようとした僕だったが、背後から妹によって呼び止められる。


「ね、ねえ?」


歩みを止める。そして振り返って妹に聞いた。


「何か……用か?」


おいおい、もうちょっと自然な感じで会話できないもんなのか。

妹も妹だが、僕も僕だ。あんな加奈子の一言に動揺しまくってどうする。

別に僕らはシスコンでもなければブラコンでもない。それなのに何を意識してるというのか。


もうやめだ。普通に戻ろうじゃないか。


「あのさ、凛子。なんか最近僕たち、ちょと変じゃないか? 何て言うかさ……お互いがお互いを意識し過ぎてるというか……。とにかく、いつもみたいな感じに戻ろうぜ? な?」


「そ、そそそそそうだよね!? あはは……なんかあたしたち変だよね。あたしは別に、あんたのことなんて好きでもなんでもないし、むしろどうでもいいしっ! だから、うん。いつも通りに……しよっか」


そこまで言わなくても良くないか?

いや、まあそうはっきり言われちまえば、僕としてもすっきりしたけどさ。


僕は不機嫌な顔のまま、妹の様子をうかがった。

きっとそこには、生意気で意地の悪い笑みを浮かべる妹の姿があると思った。


けど、そんなものはなかった。

代わりにあったのは、どこか苦しそうな表情をした妹の顔であった。

なにかに耐えるように自分の身体を抱き寄せながら、消え入るような呼吸をする。

僕は慌てて駆け寄り、妹に言った。


「お、おい!? 大丈夫かよ? 具合でも悪いのか!? ああ、ちょっと待ってろ! 今すぐ救急車呼ぶから!」


妹の具合が悪いとなると、ここまで焦ってしまう兄。

我ながら、こればっかりはシスコンと言われても仕方ないと思う。

妹は僕の腕を掴んで、弱り切った声で言う。


「べ、別に大丈夫だから……そういうのじゃなくて……とにかく、あんたに心配されるようなことじゃないから。もう行っていいよ」


「ほんとに……大丈夫なのか? そこまで言うなら、僕はもう出かけるけど……」


不安に思いながらも妹の顔をのぞきこむと、いつもと変わらない明るい笑顔を輝かせていた。


「ばーか。あたしはあんたが思ってる程やわじゃないのよ。いいからさっさと行きなさいよっ!」


ドン、と僕の背中を押して、妹はリビングではなく、自室へと引き返していった。

その足取りはやはり、少しだけ重そうに見えたので、僕は妹に向かってこう言った。


「今から出かけるけど、なんかあったらすぐ電話しろよー?」


「はいはい。ほんとにあんたって面倒な男だよね……」


それお袋にも言われた気がする。そんなに僕ってめんどくさい男なのか?


「その癖あたしがこんなんなっても全然気づかないし……鈍感過ぎだっつうの」


「ん? 何か言ったか?」


「うっさいっ! さっさと行けっ! このバカ兄貴っ!」


何を怒ってるんだ? こいつ。


「悪かったな、こんな兄貴で。じゃっ、もう行くからな」


後ろから酷い罵声を浴びせられている気がしたが、きっとこれは幻聴なのだろう。


「そのまま出かけて一生帰って来なきゃいいのに」


違う、これは幻聴。


「ていうか、あたしの兄貴じゃなくなればいいのに……な」


それはどうかと思う。さすがの僕でも傷ついたぞ?

ただ、今の言葉だけは、どこか本心で言ってるような気がした。

本当にそう思っているわけじゃなく、けどどこかそうなって欲しいとも思っている。


そんな拒絶と願望が入り混じった、複雑な気持ち。

とは言っても、妹の考えてることなんざ分からない。分かるわけがない。

そう思った僕は、特に深く考えることはせず、予定より少し遅くなったが、家を出ることにした。


腕時計を何度も確認して、今か今かと加奈子が来るのを僕は待った。

はたから見たら、さぞ滑稽な姿だったろう。だが他人にどう思われようが関係ない。

何て言ったって今日は加奈子とのデートなんだからな!


楽しみだなぁ……ワクワクし過ぎてよだれがでそうなほど楽しみだ。


「やだぁ……なにあの人一人でニヤニヤしてるんですけど……」


「うっわ、まじきも。見ないほうがいいよ」


……別にきもくないし。

まったく、最近の若いやつらはすぐにキモイだの死ねだの言う。

そんな汚い言葉ばっか使ってると、心まで汚くなっちまうぜ?

とか向坂のやつが言ってたっけな。


確かに正論だ。間違ったことは言っていない。けどどうも気に食わんな。

向坂がどんなにいい名言を残したしても、きっと僕の心に響くことはないのだろう。


なにも向坂に限った話ではないな。

成功者の語ること全てが名言となり、逆に失敗者の語る全ては迷言となる。

これが世の中の真理ってやつだ。嫌な世界だよ、まったく。


「なにをそんなに難しい顔をしているのかしら?」


「うおっ、いきなり話しかけんなよ……びっくりするじゃないか」


後ろを振り向けばそこには、上は白いブラウス、下は黒いスカートで身を包んだ加奈子の姿があった。

白と黒をあわせるのは王道中の王道のファッションだな。それにしても、やはり可愛い。

ジャージ姿でもさまになるのだから、もはや何を着ても同じなんじゃないか。

僕がそうして全身を隈なく眺めていると、加奈子は低いトーンで話しだす。


「女の子と会う時は、まず最初に服装を褒めるべきなのではないかしら?」


おお、そういうものなのか? 今度からそうしよう。


「似合ってるな、その服装」


「……それだけ?」


え? まだなんかあるの?

物欲しそうな顔をして、なにかを待っている加奈子。デート初体験な僕はなにをすべきか見当もつかず、しばらく考え込む。が、当然何も思いつかないのであった。

すると、加奈子はいつにも増して機嫌の悪そうな顔になり、スタスタと僕の前を歩いていったしまった。急いでその後ろをついていく。


「わ、悪い加奈子……僕こういうの初めてだから……。だけどさ、せっかくのデートなんだし、仲良くやってこうぜ?」


足を止めて僕を一瞥し、相変わらず機嫌は悪そうではあったが、僕の言葉には同感したみたいだ。小さく頷いてから加奈子は言った。


「そ、そうね。私としたことが……ごほん。きょ、今日はせっかくので、で、で」


で、で、で?

両腕をピンとさせて、体を強張らせながら何かを一生懸命言おうとしている。


「デート……なのだから……その……楽しみ……ましょう……」


「そうだな。お前の言う通りだよ」


こんなに慌ててどうしたんだ、こいつ。

僕がデートという単語を口にした瞬間に動揺し始めたけど……。

そうかなるほど。こいつもそれなりに緊張してるんだな。


そりゃそうか。僕はすっかり忘れていたが、加奈子は元々メイドだったんだ。

だから当然、恋愛やら遊びやらにかまけているわけにもいかなかったのだろう。

もしかしたら、いや……きっと僕と会えるのを心待ちにしてくれていたのだろう。


そうと分かれば、今日は加奈子を楽しませてやろうじゃないか。

僕は隣を歩く加奈子に向かって、こう言った。


「さっきはさ、お前が僕に何を求めてるのか分からなくて黙っちゃったけど、今なら分かる気がするんだよ」


加奈子はこちらを向いて立ち止り、ニヤニヤと笑いながら言う。


「あらそう。それなら言ってごらんなさい」


僕も負けじと笑い返して、加奈子の耳元で小さく囁いた。


「今日のお前も可愛いよ」


「わわわわわ、は、反則よっ! そんな、そんな耳元なんて……ずるいわ……」


加奈子はスカートの袖をギュッと握りしめ、真っ白な頬を紅潮させていく。

視線があっちにいったり、こっちにいったりと、動揺しまくりである。

そんな可愛らしい姿を見ていると、なんだか心が温まる。


「さっ、今日はどこか行きたいとこあるか?」


僕もいくら経験がないと言っても、行く場所ぐらいは予め決めてある。

けど、いちよう加奈子に行きたいとこがあるか聞くべきだろう。それが紳士というものだ。

しばらく黙りこんでいた加奈子は、ふとなにか思いついたような顔をする。


「どこかあるのか?」


そう聞いてやると、パンと両手を叩いてこう言った。


「土手に行きましょう」


土手? なんでまたそんなところに。

僕も加奈子も足立区住みなわけだが、ていうか北千住なわけだが、駅からそう遠くはない場所に土手がある。


そこは地元民ならよく行く場所で、デートで行くようなところではないはず。

確かに散歩するにはもってこいだし、おまけに風もあるから意外と涼しかったりする。


だけどなにも、今日そこに行く必要あるのか?

ちらりと隣の加奈子を見れば、キラキラと目を輝かせて僕の返事を待っていた。


「ほんとに……そんなとこでいいのか?」


念のためにもう一度聞いてみるも、その答えは変わらず――


「土手に行きましょう」


というわけだ。別に断る理由もないし、僕は加奈子の提案を受け入れた。


「分かったよ、じゃあそこに行こう」


「そうね、どうしても土手に行きたいわけではないけれど、まああなたがそう言うのであれば、私としても断る理由はないわ」


「いや、お前が行こうって言ったんだろ?」


「なにか言ったかしら?」


「いいえ、なんでも……」


なんか僕が土手に行きたくて仕方がない人みたいに話を進められてるけど、違くない?

反論してもいいけど、こんな加奈子の様子を目の当たりにしたら、ねえ?


口調こそ冷静な感じだが、その実は違うのだろう。

身体は正直だな、なんて言葉があるけど、まさしく今はそれだ。

加奈子は僕の手を取って、早く早くと言わんばかりにその歩みを進めていく。


ちなみに言っとくが、身体は正直だな、って言葉は決してえっちぃゲームやえっちぃ動画を見て覚えたわけじゃあないからな? 勘違いしないように。


ていうか今思ったけど、加奈子は僕の手を握って歩いていて、僕は加奈子に手を握られているわけだ。

つまりこれは、僕たちは手をつないで歩いてるってことか?


いやでも、これは僕が一方的に加奈子に握られてるだけだから、そういうわけじゃないのか?

うーむ、分からん。やっぱ恋愛って難しいな。ここは一つ加奈子に聞いてみるか。


「なあ、加奈子? ちょっといいか?」


「なにかしら?」


「今僕たちって、手つないでるのか?」


「手? つなぐ?」


いったん歩くのを中断して、加奈子は自分の手を確認する。

そして僕と手を交互に見ながら、何かを考え始めた。


「あ、あのお……加奈子さん? どうかしましたか――」


「わわわわわっ、ご、ごめんなさいっ! つい浮かれていたものだから……そ、その……」


初めて知ったけど、加奈子はまじで慌てると、わわわわわ、と言うみたいだ。

この反応は……正直そそる、じゃなくて! もっと他にやるべきことがあるだろうが、自分。


「いやいや、お前が謝るようなことじゃないよ。むしろその、嬉しかったよ? 僕は。お前と手つなげて」


僕がそう言うと、加奈子は両手で顔を隠し、その場でしゃがみこんでしまった。


「お、おい? 大丈夫かよ?」


「へ、平気よ……少し気が動転していただけ。それより……今のは、ホント?」


しゃがみこんだまま顔から手を放し、上目づかいで僕を見ながら言った。

さっぱり言ってることが分からなかった僕は聞き返す。


「ほんとってなにが?」


加奈子は頬を膨らませて、今度は語気を強めて言った。


「だから! 私と手をつなげて、ホントに嬉しかったのかって……」


なんかちょっとずつキャラ変わっていってない?話し方もいつもと違うような。


「そりゃ、まあ……嘘ついたって仕方ないだろ? ほんとだよ……」


相手の勢いに乗せられて、なんだか僕まで恥ずかしくなってきた。

やべえよ……恋ってこんなに胸がトキメクものなの?

いかん、いかんぞ渚。意識したら負けだ。あくまでも冷静を装うんだ。


「そ、そう……なら良かったわ。少し私も、緊張しているみたい。その……お花を摘みに行ってくるわね」


「あ、ああ分かった。行ってらっしゃい」


加奈子は商店街の近くのコンビニに入っていく。


ふう……僕も少し落ち着こう。

そうだな……加奈子がトイレに行ってる間に、飲み物でも買っておこう。


僕も加奈子の入ったコンビニへと入り、ペットボトルのお茶を二つ購入した。

しばらく待っていると、加奈子もコンビニから出てきた。


「お待たせしたわね、ってあら?」


加奈子は僕が手に持つお茶を見て不思議そうな顔をする。

そして僕も加奈子の手にぶら下げられた袋を見て驚いた。


「「あっ」」


どうやら僕は、やってしまったようだ。


「あなたもお茶を買ったのね?」


「あ、ああ……」


…………しばしの無言。


「四本になってしまったわね……」


「そうだな……なんていうか、ごめん」


どちらが悪いわけでもないが、とりあえず僕は謝っておいた。

横目で加奈子をチラ見すると、僕と同じように申し訳なさそうな顔をしていた。

悲しい顔した加奈子を見ていると、ズキズキした痛みを胸に感じる。


「しょうがないな」


そう一言つぶやいてから、僕は加奈子の髪を優しく撫でて、続けて言った。


「別にお茶なんて、何本あろうが困らないだろ? むしろ多けりゃ多いで喜ぶべきだ。今日も暑いし、どうせすぐに飲み干せるよ」


「そ、そうよね。……ふふっ、なんだか落ち込んで損したわ。責任とりなさい?」


「責任って……僕のせいなの?」


「愚問ね。間違いなくそうよ」


「そうかい、そいつはすいませんでしたね」


「誠意が感じられないわ、やり直しなさい?」


「申し訳ございませんでした、お嬢さま」


「よろしい」


色々とツッコミたい要素が満載だが……まあいいさ。やっぱり僕らはこうでなくちゃな。

どこからともなくこみ上げてくる、この笑いたいという衝動を抑え……きれなかったわ。思わず僕は声をあげて笑い出してしまった。

そしてそんな僕の様子を見て、加奈子も含み笑いではあったが、笑うのであった。

僕らはまだ恋人じゃないけど、でももし、僕らがそうなれたとしたら、恋人らしさなんかよりも、今みたいな僕たちらしさを求めるのだろう。


「ようやく着いたか……」


土手に到着してすぐに、僕らは二人してベンチに腰掛ける。

川や草や風の匂いを感じながら、日が沈むまで二人で話す。二人きりで話す。

その瞬間には、他愛もないことだと思うのかもしれない。

けどその思い出は、いつか必ず輝く時が来るのだろう。


結局僕は、加奈子が僕のことをどう思っているか、そして僕が加奈子をどう思っているか、話すことはできなかった。

だけどきっと、今はそれでよかったのだと思う。

僕はまだ、加奈子のことで知らないことが多すぎる。

この気持ちを告げるのは、まだしばらく先の話しになりそうだ。


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